15、夢の都

長い歴史を持ち、ギリシャやペルシャとは全く別の文明を築いてきたエジプト。だがその栄光も王であるファラオの力が衰えると共に衰えていった。。私達は砂漠を越え、大変な苦労をしてエジプトに到着した。だがエジプトの支配は予想していたよりもはるかにたやすいことであった。強大な帝国ペルシャを破ったということで戦う意欲は失っていたのか、それとも初めから私達を神の使いと見たのか、さしたる抵抗もなく、ファラオの住む宮殿へと案内された。私とアレキサンダーは宮殿内の一つの部屋に通された。そこは狭い出入り口があるだけで窓は一つもない。

「アレキサンダー、これが罠だったらどうする。たった二人で宮殿までついてきてしまって軽率すぎたかもしれない」
「心配するな、エジプト側は降伏を申し出た。俺達を神の使いとしてもてなそうとしている」
「口では何とでも言える。せめてカッサンドラかプトレマイオスでも一緒に来てもらえばよかった」
「俺が王と認められ、神の使いとしてもてなされる時、隣に立って欲しいのはお前だけだ、ヘファイスティオン。俺は他のやつらを心の底から信用しているわけではない。本当に信頼でき、共に栄光を分かち合えるのはお前一人だ」
「僕は栄光や名誉など欲しくはない。ただ君の役に立ち、君の側にいられれば・・・」
「お前は本当に欲がないな。だが俺の名誉や栄光はお前と一緒だ。お前はいつも俺のそばにいてくれた」

数人のエジプト人が私達の通された部屋に入って来た。王に仕えているただの召使であろうにその身につけている衣装や飾りのきらびやかさに驚いた。金、銀、色とりどりの宝石・・・彼らの衣装だけではない、この部屋もよく見れば様々な装飾品で目も眩むような輝きを見せている。国は衰え、たやすく降伏したとはいえ、この国の財宝は故郷のマケドニアはもとより、ギリシャ中の財宝を集めても到底かなわないに違いない。

「この衣装にお召し替えください。アレキサンダー王。ファラオは貴方を正式な後継者とするよう申しております」

一人の男が私の前で跪いた。私とアレキサンダーを間違えているようである。

「私は王ではない。アレキサンダー王は私の隣にいる。間違えるな」
「まあ、そう怒るなヘファイスティオン。お前は俺と同じぐらい王らしく見える。この者が間違えても仕方ないだろう」

アレキサンダーはうれしそうに笑い、差し出された衣装に着替えた。エジプトの太陽の王、ファラオと同じ衣装。それを身につけたアレキサンダーはまさしく太陽の王であった。続いて私も別の男に差し出された衣装を身につけた。それはアレキサンダーの物と同じくらい金銀宝石で飾られた豪華なものであった。

「よく似合うよ、ヘファイスティオン。俺達はこの国で太陽の王として迎えられたのだ。素晴らしいと思わないか。さあ行こう。今のファラオが待っている」

私達はまばゆい光の中を歩いていった。宮殿の長い廊下は装飾品で光り輝いている。私達は栄光と名誉の光に包まれながら静かに歩いて奥へと進んでいった。




エジプトに滞在した数ヶ月は私の人生の中で最も幸福な時期だったかもしれない。やがて私達はナイル川の河口、海の見える場所に新しい都市を作ることにした。ギリシャやペルシャなどからつれてきたたくさんの技術者や設計士、それらの者の監督は私が任された。私はアレキサンドリア、まだアレキサンダーには話していなかったが新しい都市をそう名づけることに決めていた、そこに泊り込んで新しい都市の建設に情熱を傾けた。アレキサンダーは全てを私に任せてくれていた。彼自身は元のファラオのいた王宮で、前の勢力と新しい勢力、それらの調整に苦心して忙しい日々を送っていた。私達はなかなか会って話をすることはできなかったが、私にはアレキサンダーがどのような都市の建設を夢に見ているか手に取るようにわかった。離れていても私達は同じ夢を共有している。アレキサンダーの夢を私は設計士に伝え、それを技師が形にしていく。少しずつ出来上がっていく夢を日々目の前に見て確かめる。これほどの幸せはないであろう。やはり私は戦いよりもこうした仕事が向いているのかもしれない。破壊よりも建設、人を殺すのではなく生かす仕事、それでアレキサンダーの役に立てるならこんなにうれしいことはない。



数ヶ月が過ぎた。アレキサンドリアは今までに見たどの街よりも美しい都市になった。王宮、神殿、そして普通の商人や職人が住む家や裏通りですら美しく整えられ、たくさんの人が住むようになった。私は出来上がった街の裏通りを好んで歩いた。街に住む誰もが私が通りかかると頭を下げ、微笑を浮かべてくれた。私も微笑み返す。ほとんどの者はギリシャ語は知らず、私もエジプト語は片言程度なので会話をすることはできないが、お互いに通じ合うものがあった。



ある日、私は裏通りの宝石店で一つの指輪をみつけた。海に沈む夕日と同じ深い色の宝石。なかなかこの土地には来られないアレキサンダーにこれを見せて夕日の色を伝えようか。私はその店にいる商人に話しかけた。

「素晴らしい指輪だ。もっとよくみせてくれ」
「これはヘファイスティオン様、あなたはやはり御目が高い。これに目をつけられましたか」

商人は流暢なギリシャ語で答えた。

「この色は美しい。だが値段も高いのだろうな」
「お気に入りでしたら差し上げます。どうぞお持ちください」
「どれぐらいする。今はたいして持ち合わせがないが後で必ず払いに来る」
「いいえ、ヘファイスティオン様、貴方でしたらお支払いはいりません」
「それではお前が困るだろう。見たところかなりの価値がありそうだ」
「これはこの店においてあるものの中で最も値打ちがあります。だからこそ私は前から貴方に差し上げたいと考えておりました。貴方とアレキサンダー王が来られるまでこの国は荒れ果てていました。商売などやっていれば絶えず盗賊に狙われ、家族とも離れて各地を転々としてきました。ところが貴方方がいらしてから、盗賊は全て逃げ出し、新しい街はどこよりも安全な場所となりました。私だけではありません。この街に住む者、いやエジプトに住む全ての者が貴方とアレキサンダー王を神の使いと思っております。この指輪につけられた宝石は身につけた者に強い力を与えると言い伝えられています。神の使いである貴方に受け取っていただき、どうか私達を守って欲しいのです」
「私は神の使いではない。ただの人間、王の側近として命令を受け、ここで働いているだけだ」
「それでも貴方は私達にとって神の使いです。どうかお受け取りください」



アレキサンダーがアレキサンドリアに来た時、もう都市はほとんど完成していた。私は真っ先に彼を宮殿に案内した。そこのバルコニーからは海がよく見える。私達はしばらくの間海に沈む夕日を何も言わずに見つめていた。

「裏通りを少し歩いてみただけだが、素晴らしいよ、ヘファイスティオン。俺が夢に見た、思い描いていたとおりの都市だよ。アレキサンドリア、俺とお前の夢の都だ」
「気に入ってもらえてよかった。王である君に気に入らないと言われたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていた」
「俺とお前は何年一緒にいるんだ。お前がいいと思ったものは、俺も気に入るに決まっているだろう」
「しばらく離れて暮らしていたから心配だった」
「離れた場所にいても俺達が見る夢は一緒だ。だけど寂しかった。お前が隣にいてくれないと・・・」
「僕も寂しかったよ、アレキサンダー」

私はアレキサンダーの体を抱きしめ口付けをした。

「ちょっと待て、ヘファイスティオン。お前はここでは俺よりも顔が知られている。こんな人目につくところではまずいだろう。早く寝室に案内しろ。そこも俺の好みにあうように作ってあるのだろう?」
「気に入ってもらえるかどうか心配だ」
「気に入らなかったら今夜はお前を寝かせない。いや気に入っても寝かせはしない。ずっと離れていたから寂しかった」
「君は他にもいろいろいるだろう」
「いるけどやっぱりお前ほどの相手はいないよ」
「僕はずっと一人だった」
「本当か!悪い、すっかり忘れていた。俺のところにいた女、少しはお前に回しとけばよかったな。いろいろいたんだけど忙しくてあんまり抱く暇もなかった」
「僕の方も忙しかったし、それに女を抱く気にはなれない。なんとも思っていない見ず知らずの相手を抱くなんて僕には耐えられない」
「相変わらずお前はまじめだな。それなら俺以外誰とも寝たことないのか?」
「僕が愛しているのは君一人だけだ」
「俺も本当に愛しているのはお前だけだ」



私達は寝室へ行った。特別に作らせた大きなベッドの上で私達は心ゆくまで愛し合った。私も彼も何度も達していた。それでもお互い満足できずまたすぐに求め合っていた。

「ヘファイスティオン、お前の体はまだたくさん傷が残っている。あの戦いの時のものか」
「たぶんそうだと思うけど、君だって傷だらけだ」
「お前は今幸せか」
「幸せだよ」
「今まで散々苦労させてきた。でももう二度とあんな大変な思いはさせない。新しい都市アレキサンドリアはお前のおかげで素晴らしい都市になった。これから先第二、第三のアレキサンドリアを作る時、この都市はきっと見本になる。お前は素晴らしい才能を持っている」
「第二、第三のアレキサンドリア・・・・」
「ああそうだ。エジプトでの支配は固まりつつある。次は再びペルシャに戻ってダレイオス王と決戦をし、そしてその次は・・・

アレキサンダーの性格はよくわかっていた。彼が決して一つの場所には留まることができないということを・・・わかっていながら心のどこかでは求めていた。エジプトで私達は神のようにもてなされている。素晴らしい夢の都もできた。もう遠征は止めてここで一緒にずっと暮らそう、彼の口からそんな言葉が出ることを密かに願っていた。だけど夢の都ができあがった時、彼の目は別の場所を見てしまい、心はまだ見ぬ土地を求めてさまよう。夢の都は夢の中にしかなく、また戦いの日々が続く。私は商人からもらった指輪のことを思い出した。力を与えてくれるという指輪、あれがあればこんな私でも少しは強くなれるだろうか?


                                                 −つづくー



後書き
 久しぶりの長編再開なので、なかなか思うように書けず、何度も書き直していました。ヘファイスティオン、せっかく幸せになりそうだったのに、王の夢が別のところにあるので、また遠征についていって苦労しそうです。


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