17、想い

突然聞こえた美しくも威厳のある声、目の前に二人の女性が立っていた。後宮の女とは明らかに違う気品のある雰囲気、豪華な衣装、ダレイオス王の正式な妃かその娘だろうか。

「こちらはダレイオス王の王女、スタテイラ様とドリュペデス様でございます。王にお話ししたいことがあるそうです」

案内の宦官が紹介した。アレキサンダーは二人の姫の顔をゆっくりと見た。どちらもたいそう美しい。今まで女に全く興味のなかった私ですらその美しさに心魅かれた。

「何を話したい。なんなりと言ってみろ」
「私はダレイオスの娘スタテイラ、そして妹のドリュペデスでございます。私達はこのバビロンで今まで王女として何不自由なく育てられてきました。けれども今、父ダレイオスは戦に負け、この国は滅びようとしています。戦で敗れれば街は焼かれ、民は殺され、女たちは奴隷として連れて行かれると聞いております」

王女スタテイラは途切れ途切れになりながらも、ギリシャ語で話し始めた。その隣にいる妹のドリュペデスと目があった。射るような鋭いまなざし、私は耐え切れずに目をそらした。

「私達二人はどうなっても構いません。ですがどうかこの街に火をつけ、民を殺すようなことだけはしないでください。私達は抵抗する気持ちはありません。すべて王・・・アレキサンダー大王のご命令に従います。どうか命だけは・・・民の命だけはお助けください」
「この国の民の命と引き換えに自らの体を差し出すというのか」
「はい、その覚悟でございます」

アレキサンダーは二人の顔や体をもう一度ゆっくり嘗め回すように見ていた。私は目をそらしていた。心の中は初めて感じる暗い欲望が渦巻いていた。アレキサンダーはスタテイラの方を気に入るに違いない。それならばドリュペデスを私にくれないか。一度も男に触れられたことのない滑らかな肌、ふくよかな胸のふくらみ、そしてその体の奥にある茂みに自らの体を埋めた時どんな幸せな気持ちになるだろう。私はいままで女との経験は一度もなかった。一度もないだけにそれは突然激しい欲望となって私にとりついた。早く彼女を与えて欲しい。私はお互いの顔が見えないくらい部屋で、思いのまま彼女と交わりたい・・・

「高貴な姫よ。貴方方二人は私が今まで見たどの国の姫や妃よりも気高く美しい。私は略奪し、侵略するためにこの国に来たのではない。新しい国、新しい秩序を作るために来た。約束しよう、私は決してこの国の民をむやみに殺したり、街に火をつけたりすることはしない。そして貴方方二人も、今までと同じ暮らしができるようにしよう。我が軍の者は誰であろうと貴方方を汚すことは決して許さぬ。私もまた貴方方を汚したりはせぬ。安心して今まで住んでいた宮殿に戻られるがいい」
「偉大なる王よ、お心遣いに感謝します」

スタテイラがアレキサンダーの前に跪き、彼の手に口付けをした。続いてドリュペデスが私の前に跪き同じように手に口付けをした。私を見上げる彼女の目はさっきの鋭い眼差しとは全く違う尊敬の気持ちが込められていた。私はなんという醜い欲望に取り付かれていたのであろう。征服者として彼女を抱こうとしていたなんて・・・彼女に口付けされた手をそっと自分の頬に当て、二人を見送った。




「ヘファイスティオン、ダレイオス王の姫が気に入ったのか」
「いや別にそんなことはない。ただ気品があって美しいと・・・」
「王の娘は止めておけ、身分の高い女を下手に扱うとあとあと面倒なことになる。女ならこの後宮にいくらでもいるだろう。俺は女よりもあの宦官というものを試してみたいが・・・」
「アレキサンダー、そんなこと」
「そんなに気にするなよ。よかったらお前も試してみろ。おい、俺はさっきの宦官が気に入った。すぐに部屋の支度をしろ」
「かしこまりました。王には特別のお部屋をご用意いたします。こちらに来てください」

案内の宦官に伴われてアレキサンダーは歩いて行き、後宮の中、私は一人取り残された。元は王と宦官しか入れず優雅さと秩序があったこの場所も、今ではたくさんの兵士たちが早くも女に抱きついたり、キスしたりしている。ついたてや木で区切られた場所で交わっている者もいる。歌と音楽に混じって聞こえる笑い声や嬌声、悲鳴のような声・・・たまらなくなって後宮を後にし、宮殿の方へ戻った。





宮殿の広間にはたくさんのご馳走が用意されていたが、そこにいる者は極わずかでひっそりとしていた。みなご馳走よりも後宮の女に夢中になっているらしい。

「なんだ、お前も後宮から逃げてきたのか、ヘファイスティオン」

カッサンドラに声をかけられた。

「やっぱりお前と俺は似ているんだな。俺は女は嫌いじゃないけど、あんなふうに大勢が集められているのはいやだ。俺の体の中にはよくわからないけど東方の、ペルシャ人の血が流れている。お前もそうだろう、この黒い髪と黒い瞳、褐色の肌、同じ血だよ。今まで自分はマケドニア人と思って戦ってきたけど、ここバビロンに来て、自分と同じ髪や肌の色の女がたくさん集められているのを見ていやな気分になったよ。女だけじゃない。去勢された宦官までたくさんいて・・・なんだか自分が犯されたり去勢されたりしているような妙な気分になった」
「僕も同じだ。あの場所にはどうもなじめない」
「だけどアレキサンダーはそんなことちっとも気にしてないだろう。宦官と寝る気でさっさと行ってしまった。お前がせっかく初めて女に興味を持ったのに、その時だけ慈悲深い王になってしまったし・・・お前の気持ちなどまるでわかっていない」
「どうしてそんなことまで・・・」
「遠くで見ていてもお前の気持ちはすぐ顔に出るから・・・だけどアレキサンダーはわかってないな、全くわかっていない」
「確かにそうかもしれない」

私達はいすに腰掛け、ワインを飲み、目の前の食物を少しずつ食べながら話を続けた。

「エジプトにいた時、ずっとお前はアレキサンドリアにいたから、俺がよく抱かれてたんだけどひどかったよ。毎晩毎晩お前の自慢話ばかり・・・」
「え?・・・」
「ことを始める前にまずいかにお前が街を作るセンスがあるとか、人をまとめる才能があるとか、民に慕われる性格だとか長々と話すんだ。それでも黙って我慢して聞いていて、いざ入れられてさあこれからっていう時にも時々間違えてお前の名前を呼んだりするんだ。信じられるか?」
「僕の前ではよく君の話をしているけど」
「そうなんだよ、そこなんだよ。あいつはこっちがどう思っているかなんておかまいなしに自分のしゃべりたいことだけをしゃべる。エジプトから離れる時がまた大変だった。<ヘファイスティオンを愛しているけど、あいつは戦いに出るよりもここにいたほうが幸せになれる。どうしたらいい?>と相談された。そんなこと俺がわかるわけないだろう」
「そうだね」

私は笑った。確かにアレキサンダーにはそんなところがある。人の気持ちなど考えもせず、自分の想いだけを貫いていく。

「だけど、お前も俺も結局アレキサンダーから離れられないんだよな。愛し合っている時ですら他の男の名前を呼ぶような男に抱かれてそれでも喜んでいる。自分勝手なやつなのに他の相手を見つけることもできずにずっと待っている。どうだ、たまには似た者同志、俺達二人で寝ようか。そのほうがずっといいかもしれない」
「悪いけどそれはできない・・・・」
「それならお前はあいつが後宮の女や宦官に飽きるまで待っているのか?いつになるかわからないぞ。それともダレイオス王の姫の夢でも見ながら寝るのか?どっちにしろ大変だな」
「君も同じだろう」
「俺はお前ほど固くはない。戦場ではいろいろな相手に抱かれたし、自分から抱いたりもした。だけどこういう場所ではどうもその気になれない。早くここを出て次の戦いに行きたい。アレキサンダーは当分ここを動きたがらないだろうけど」
「次の戦いか、それがいいかもしれない」

私達は別れてそれぞれの寝室を見つけて寝た。宮殿も後宮もあきれるほど広くて使われてない部屋もたくさんある。これだけ贅沢な暮らしができるほどの財宝はどこからくるのだろうか?どの部屋も素晴らしい装飾品で飾られているが興奮してなかなか寝付かれない。ダレイオス王の姫は二人とももう寝ただろうか?あえなく断ち切られた想いはその後も長く私の心の底に渦巻くことになる。



                                            −つづくー


後書き
 ヘファイスティオン、初恋というか初めての男としての目覚めは何もわかってないアレキサンダーにあっけなく断ち切られ、他の女と寝ることはできずに(純情なので)似た者同志のカッサンドラとぐちなど言い合っています。カッサンドラ、映画ではカッサンドロスですが、映画とはかなり違った役割をさせたいので、名前も後ろの方だけ少し変えました。

2005、9,13






目次に戻る