19、寵愛
捕らえられたダレイオス王の従者は50人ほどであろうか。全員縄で縛られて私達の前に突き出された。アレキサンダーは一人一人の顔を見ながら大きな声でゆっくり話した。
「お前達は王の従者でありながら、主君であるダレイオス王を手にかけ、財宝を奪って逃げようとした。神をも恐れぬその行為、私が神に代わって処罰する。ここにいる全員に死罪を申し渡す。明日の朝、日の出とともにマケドニアのやり方で処刑を始める」
その場にいる全員が驚きの声をあげ、叫んだ。誰もがダレイオス王を殺したのは自分ではなく、他の者であると主張している。だがその中でたった一人、泣き喚くことも叫び声をあげることもしない者がいた。歳若い、まだ少年といっていいぐらいの年齢の彼は整った美しい顔をしている。この大混乱の中、微かに微笑みすら浮かべている。アレキサンダーも彼に気づいて話しかけた。
「お前は私の言った言葉がわかっていないのか。私は全員処刑すると言ったのに、何故微笑んでいる」
「あなたの言葉は理解できます。ただ一つお願いがあります。私を美しい姿のまま殺してください」
「どういう意味だ」
「私は家族や家族同然に暮らしてきた者が、無残な方法で殺されるのを見ています。耳や鼻をそぎ取られ、あるいは生きたまま火に焼かれ・・・どうかそのような殺し方だけは・・・」
「お前、名前はなんという、歳はいくつだ」
「バゴアスです。15になったばかりです」
「バゴアス・・・宦官か・・・わかった、宦官や奴隷だった者は殺しはしない。明日もう一度取調べをする。バゴアス、お前はダレイオス王に仕えていたのだろう」
「はい、ダレイオス王にはたいそうよくしていただきました」
「今日からお前が仕える王はこの私だ」
「かしこまりました。イスカンダル王」
「イスカンダル?」
「はい、私達はあなたのことをこうお呼びしていました。あなたのお噂はずっと前から聞いておりました」
「そうか、それならそのように呼んでくれればいい」
アレキサンダーは私の方へ戻ってきて言った。
「この少年の縄をほどいてやれ!それからお前はカッサンドラなどと一緒に捕らえた者の取調べをしてくれ。よく言い分を聞いて、本当にダレイオス王に手をかけた者やそれを計画した者だけを処刑する」
「さっきまでは全員を処刑すると・・・」
「俺は怒りに任せてとんでもないことをするところだった。あの少年がこの中にいてくれてよかった。なんて美しく、また誇り高いことか・・・彼は神ゼウスが愛したガニュメデスの生まれ変わりかもしれない。手荒いことはするな」
私はバゴアスの目の前で剣を引き、縄を切った。微笑を浮かべた美しい顔は目の前で何をしても少しも変わらなかった。アレキサンダーはバゴアスを連れ、自分の天幕の方へ歩いていった。
50人もの人間を取り調べるのにはたいそう時間がかかる。カッサンドラは怒って、奴隷や宦官だけ分けておけばいいと言ったのでそのようにしてそれぞれの天幕に戻った。公平な裁判をしようと思えば一晩でできるものではない。アレキサンダーもそれぐらいのことはわかるだろう。彼の天幕に近づくと話し声が聞こえる。そうか、今夜はあの少年を相手にするつもりか。仕方なく私は自分の天幕に戻った。アレキサンダーとすぐ近くに天幕を張っていたため、話し声はすべて聞こえてしまう。こんな近い場所に張ったことを後悔した。
「イスカンダル王、お食事は本当にこれだけでよろしいのですか?」
「ダレイオス王はよほどたくさん食べていたようだな。私はこれくらいで充分だ」
「ダレイオス王はたくさん食べる方というわけではございませんが、食卓にはたくさんの種類のもの、珍しいものが並ぶことを好みました。旅の時には王が好まれる食材が手に入りにくく、料理人は苦労していました」
「私は出されたものはなんでも食べる。ここの料理人は苦労が少なくていいだろう」
「そうですね。ではそろそろ寝具の支度をさせていただきますので、こちらの方にお座りください」
「寝具など整えなくてよい。どうせすぐに乱れてしまう。それよりも早くお前の体を見せてくれ。新しい王に仕えるのはいやか」
「いいえ、イスカンダル王、先ほどまで、命はないものと覚悟しておりましたが、こうして助けられ、さらにあなたのような偉大な王に仕えることができて・・・私は幸せです」
話し声は途切れた。いまあの少年が服を脱ぎ、アレキサンダーを受け入れるための準備をしているのだろう。バビロンでは彼は毎晩のように違う女や宦官を抱いていたが、こうすぐそばでやられては、いやでもその姿を想像してしまう。ダレイオス王のお気に入りというだけあって確かにバゴアスは美しかった。あれほど美しい顔立ちの少年を見たのは初めてだった。アレキサンダーが神話の美少年を思い出し、夢中になるのも無理はない。そうなると当分私の出番などなくなるだろう。アレキサンダーの性格はよくわかっているが、それでも他の者への寵愛がすべて聞こえてしまうのはやりきれない。明日は天幕の位置を少し変えよう。
「どうしたこの体は!」
「もうしわけありません。ダレイオス王が殺されてからは、秩序も何もなくなり、自分の身を守ることができませんでした」
「他の者に乱暴されたのか。酷い傷だ・・・鞭で打たれたのか」
「申し訳ありません」
「お前が謝ることではないだろう。そこに横になれ」
「寝具が血で汚れてしまいます」
「かまわぬ、明日洗えばよい。早く横になれ」
「こんな体でも、抱いていただけるのですか」
「いや、傷が治るまでお前を抱くことはできない。手当てをしてやる」
「それならば私は失礼します。王に傷の手当てなどしていただくわけには参りません」
「私は戦場で多くの兵士の傷の手当てをしてきた。命令だ!言われたとおりにしろ」
すすり泣きの声が聞こえた。バゴアスが泣いているのか。
「傷口がしみて痛いのか。少しの辛抱だ。この薬はよく効く。明日にはだいぶ楽になる。そんなに泣くな」
「申し訳ありません・・・私は今までこのような・・・・」
「長い間辛い思いをしてきたのだな・・・泣かなくてもよい・・・これからはずっと私がお前を守ってやる。もうけっして辛い思いはさせない。いくつの時、お前は宦官になった」
「私が10の時、陰謀により家族は皆殺され、私は奴隷として売られました。その時です。初めは宝石商人が私の主人で、そのころはよく客に貸し出されていました。客のすることの意味もわからず、私はされるままになっていました。その後、ある宦官が私に目を付け、高い値段で買われて後宮に連れて行かれました。後宮に行ってもすぐに王に会えるわけではありません。何ヶ月もの間、年上の者から礼儀作法を習い、それでやっと王の前に出られるようになるのです」
「10といえば私は私はミエザの学舎で学び、剣術の訓練をしていた頃だ。その時、ヘファイスティオンやカッサンドラ、プトレマイオスなどと出会い、夢中になって話をし、稽古に励んでいた。そんな歳でお前はすでに苦難の人生を歩み始めたのか」
「ダレイオス王にはとてもよくしていただきました。でも王が殺されてからは周りにいた者に毎晩のように乱暴され、少しでも抵抗すれば激しく鞭で打たれました。私は疲れ果て、早く死が訪れることを望んでいました」
「そして私達の隊に捕まった。だからお前はあの時、静かだった。ダレイオス王が死ななければお前は王の寵愛を受け、豊かな暮らしをすることができた・・・それが私との戦いで・・・すまぬ、再びお前を不幸にしたのはこの私なのだな。この傷の一つ一つ、私がつけたのと同じだ」
「もしこの傷があなたにつけられたものでしたら、私は喜んでその痛みに耐えることができます。イスカンダル王、私はあなたに出会え、あなたに仕えることができることは、神が与えてくれた恩寵だと信じています。あなたに仕えられる私は幸せです。身分の低い奴隷である私がこのような言葉を口にすることをどうかお許しください」
「バゴアス、私はお前を奴隷とは思っていない。神が特別にガニュメデスの生まれ変わりを与えてくれたのだと思っている。私は神にこの出会いを感謝し、一生お前を大切にすると誓う」
「イスカンダル王、私は幸せです・・・私は誰よりも幸せな者です・・・・」
「また泣いているな・・・もう泣かなくてよい・・・」
二人の話し声を聞き、私はいい知れぬ不安に襲われた。バゴアスのアレキサンダーに対する想いは王に対する敬愛などというものではない。そしてアレキサンダーも彼をただ身の回りの世話をし、夜の相手をする奴隷とは思っていない。この二人の間には、私ですら入れないほどの強い絆ができるに違いない。昔、カッサンドラの強さに激しく嫉妬した。今は神にすら選ばれるであろうバゴアスの美しさに激しく嫉妬している。
−つづくー
後書き
美少年バゴアスについては、「アレクサンドロスと少年バゴアス」の本をかなり参考にして書きました。ただ年齢は本や映画のイメージよりも少し若く、15歳に設定し、また性格なども後で話の中で本や映画とはかなり違う役割を果たしてしまうので少し変えてあります。
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