20、秩序

突然アレキサンダーは私の天幕の中に入ってきた。薄い布を一枚身にまとっただけの姿であった。

「急いでいる、早くしてくれ」

バゴアスとの会話がずっと聞こえていた私には彼の意味することはすぐにわかった。傷ついた少年を抱くことはできないから、代わりに私で欲望を満たそうというのであろう。私は服を脱ぎ、寝台の上に横になった。

「香油はどこにある」
「枕元に置いてある」
「早く貸せ」

彼は香油の入った小瓶を私から奪い取ると、それを直接私の体の中に注ぎ込んだ。そしてためらうことなく、私の体の中に彼のモノを突き刺した。私は悲鳴を上げかけたが、懸命にその声を押し殺した。口付けも愛撫もなくいきなりの挿入、私の体も心も彼を受け入れるための準備が何もできていなかった。香油で潤されたのは入り口のわずかな部分だけだったのか、彼が動くたびにからからに渇いた肉の壁はこすれてひりひりと傷んだ。私の体も心も激しい悲鳴を上げているのだが、彼は少しも気づいていない。頂点に達した欲望を解放させるため、より激しく動いていく。むき出しにされた壁は皮をはがれ血を流していく。それでも私は懸命に痛みをこらえ、ただ彼の欲望が終わるのを待った。

「悪かった、血が出ている」
「たいしたことはないよ」
「バゴアスのことがずっと気になっていた。あいつはまだ15だ。俺達がアキレスの神話に夢中になったり、隠れてこっそりキスしていたような歳で、あいつは家族を奪われ、欲望の対象にされていた。俺がちょっと傷の手当てをしてやっただけで、涙を流し続けた。今も怖がってふるえているに違いない。そばについていて抱きしめてやりたい」

私はアレキサンダーを抱きしめた。

「君はやさしいな・・・僕は大丈夫だから彼のそばに行ってやればいい」
「お前は本当によく俺の気持ちがわかってくれる」

私は、ものわかりのいい友人のふりをした。長い付き合いで、どういえば彼が喜んでくれるかわかるようになっていた。彼はすぐ身につけていた布をまとい、私の天幕から出て行った。

「待たせたな、バゴアス、心配したか。これでもうすっきりしたから安心して寝られる」
「イスカンダル王、お休みになられるのでしたら、私は別の場所に行きます」
「どこへいく、同じベッドで寝ればよいだろう」
「私がダレイオス王のお側にいるのは、お相手をする時だけでした。終われば必ず自分用の寝室に戻りました」
「私はよくヘファイスティオンやカッサンドラと同じベッドで寝た。私の国では愛し合う者はそうしている。お前はもう奴隷ではない。私はお前を愛している。だからここで寝ればいいだろう」
「もったいないお言葉です。私のような者にそれほどのお心使いを・・・」
「お前はまだ子供だ。何も心配せず、子供の心に戻ってゆっくり休めばよい」
「ありがとうございます」

私の体はひりひりと痛んだ。痛みを感じながらも彼の体液は私の中に残り、よりいっそう深い交わりを求めていた。奴隷の少年に対して限りない優しさを見せる彼は、神のような残酷さで私の体を傷つけ、苦しめていく。気がつくと私はバゴアスに対して呪いの言葉をつぶやきながら、自分自身を慰めていた。




朝、まだ暗いうちからアレキサンダーに起こされた。

「早く支度をしろ、ヘファイスティオン。今日は忙しい。昨日、奴隷や宦官とそうでない者を区別しておいたな。何人ぐらいいた?」
「奴隷や宦官は5人ぐらいだった」
「それならば40人以上を磔にしなければならない」
「ちょっと待て、昨日と言っている事が違う。取調べをして罪のある者だけを処刑するはずではなかったのか」
「裁判などすれば全員自分は悪くないとうまいこと言い逃れを考えて、処刑を免れるだろう。ダレイオス王を殺した罪は全員にある。すぐに処罰をしなければ、逆に俺達が神の怒りに触れる」
「どうして急に考えが変わった。ダレイオス王のことだけではないだろう。あのバゴアスのことで腹を立てているのか」
「そうかもしれない・・・無抵抗の少年をよってたかって力ずくで陵辱し、守ろうとする者は一人もいなかった。神が愛したであろう少年をだ!許すことはできない」
「君の気持ちはわかったよ。だけど全員を処刑するつもりなら、バゴアスにしたことの罪は問わない方がいい。ダレイオス王を、主君を裏切って殺した罪で裁けばいい。君は王だ。王として、個人的な感情ではなく、誰もが納得できる裁きをしなければ、兵士達は不満を持つようになる」
「やっぱりお前は俺の片腕だよ、ヘファイスティオン。俺が感情的になってもお前がいてくれるからすべてうまくいく」




その日のうちに捕らえた者の中から奴隷や宦官を除いて全員が処刑された。そのやり方は今まで見たことのないほど残酷なものであった。足を開かせて磔にし、両足の間から長い槍を貫き通すという屈辱的な方法で殺された。彼らは苦痛に顔を歪めて絶叫し、おびただしい血や汚物が流れ出た。私は見ていられなくなり、何度も目をそらした。数人の処刑が終わったあと、アレキサンダーはバゴアスを連れて私の側にきた。

「ヘファイスティオン、もういい、お前はバゴアスを連れてこの場を離れろ」
「君はどうする」
「俺が命令を下した。最後まで見ていく」
「それなら僕も・・・」
「バゴアスにこれ以上残酷な光景はみせたくない」
「わかったよ、君の天幕のところへ戻っている」

私はバゴアスを連れてその場を離れた。処刑は天幕を張っている場所からはかなり離れた場所で行われていたが、それでも叫び声やうめき声は遠くまで聞こえた。戻る途中でカッサンドラにあった。

「やっぱりお前も見てられなくて逃げてきたか」
「アレキサンダーにこの少年のことを頼まれた」
「いったいどうしたんだ。あんなやり方で全員を処刑するなんて正気じゃない。アレキサンダーは気でも狂ったか」
「そんなことはない。あれでいいんだよ。彼らは主君を裏切って殺すという大罪を犯した。それ相応の罰を受けるのがとうぜんだろう」
「本当にそれだけか。そいつに原因があるんじゃないのか。近くで見れば噂よりも遥かにきれいな顔をしている。アレキサンダーが最初に目をつけなければ俺のものにしたかった。アレキサンダーはもう夢中になっているのだろう。あのアキレスでさえ、女が原因でへそを曲げた。アレキサンダーもこいつのためならなんだってやるだろう」
「へんなこと言うな。バゴアスは怯えている」
「この怯えたような純情そうな顔にだまされるな。こいつはあれだけたくさん女や宦官がいるダレイオス王の後宮で王の寵愛を独り占めにしたやつだ。どんなテクニックを使うのか、一度試してみたい」
「いい加減にしろ、カッサンドラ。下手なこと言うとアレキサンダーに告げ口されるぞ」
「お前が言うのか」
「僕が言わなくても、そういうことをいいたがる連中はいくらでもいる」
「お前もだんだんアレキサンダーの側近らしくなってきたな。10年前、仲間の中で一番オドオドしてアレキサンダーのそばを離れなかったやつとは別人のようだ。まあがんばれよ。お前がしっかりしていてくれれば俺たちも安心だ」




自分の天幕に戻り、バゴアスも中に入れた。今までずっと黙っていた彼が初めて口をきいた。

「ヘファイスティオン様、私はここで何をすればよろしいですか」

こうした口の利き方や外ではまったくしゃべらないというやり方で、改めて彼は奴隷だったのだと思い直す。マケドニアにいた子供の時も、遠征の時も奴隷は常に身近にいたが、特にその存在を意識したことはなかった。私は男でも女でも奴隷に夜の相手をさせることはもとより自分の身の回りの世話をさせることもなかったので、こうして二人っきりになると相手は子供と思っても妙に落ち着かない。

「何もしなくてよい、じきにアレキサンダーも戻ってくるだろう」
「イスカンダル王は素晴らしい方です」
「ああ、彼は素晴らしい王だ」

長い沈黙が続いた。バゴアスは私が話しかければ短い言葉で答えるが、自分からは決して話そうとはしない。何度も同じようなアレキサンダーを褒め称える会話だけをして暗くなった頃、ようやく彼は戻って来た。酷く疲れているようで顔色も悪い。

「あいつらに一体何がわかるっていうんだ!慈悲深い王になれ。俺は充分慈悲深い王だよ。ヘファイスティオン、お前はわかってくれるよな」
「アレキサンダー、酔っているのか」
「俺のやり方のどこが残酷だ!長年仕えてきて信頼されている立場で王を裏切るのは残酷ではないのか!身を守ることができない子供をよってたかって犯してズタズタに引き裂きことは残酷ではないのか!勝手なこと言うな。俺は血に飢えた残酷な王とののしられてもいい。神に代わってこの世界に新しい秩序をもたらす」

バゴアスと二人がかりでアレキサンダーを彼の天幕まで運び、衣服を脱がせ、夜着に着替えさせた。アレキサンダーは私の手をつかんだ。目には涙が溢れている。

「ヘファイスティオン、お前は俺のことわかってくれるだろう。いまこの世界には秩序がない。神の力も及ばなくなっている。俺はもっと遠くまで行って、新しい世界を、新しい秩序を作らなければならないんだ。わかるか、そのためには血が流れることもある。戦いも必用だ」
「わかるよ、アレキサンダー、君はやさしいから許せなかったんだろう。僕には君の気持ちがよくわかる」

私はアレキサンダーを抱きしめ、髪をなでた。彼は激しく泣いていた。そんな私達の姿を、バゴアスはぼんやりとした表情でみつめていた。彼は自分がどうしたらいいかわからないでいた。



                                             ーつづくー




後書き
  アレキサンダーはある意味残酷な王である部分もあるけど、彼の心の中では倫理観とか正義感はしっかりと根付いていてそれなりの秩序を持って(彼の内面では)行動していたのではないかと思います。ヘファイスティオンに対しても自分勝手だけど、彼を自分の一部のように感じている・・・こう考えて許しています。2005、9、21



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