23、贈り物

「ところでバゴアス、お前の誕生日はいつだ」

話の途中で突然アレキサンダーがバゴアスに訪ねた。

「誕生日、私のですか?」
「そうだ、お前の生まれた日がいつなのか、まだ聞いていなかった」
「私の生まれた日はもう過ぎてしまいました。私は15になりました」
「そうか、それならば明日、お前の誕生祝を買いに行こう。馬には乗れるか?」
「はい、少しなら乗ることができます」
「それならばお前専用の馬を買ってやろう。よく練習しておきなさい」
「どこかへいかれるのですか?」
「東に向かって遠征を始める。バクトリア、ソグディアナ、ヒンズークシュ山地の山岳民族・・・ペルシャ帝国の王が死んだとわかれば、反乱を起こし、攻めて来る国はいくらでもあろう。それらの国をまとめあげなければ・・・お前もついてくるか?」
「もちろんです。お伴させてください」
「ヘファイスティオン、お前も市場に一緒に来てくれるか」
「誕生日プレゼントに馬か、僕にプレゼントをくれたことなど一度もなかったのに・・・」
「そうだったか、いつもお前と一緒に誕生日を祝っていたような気がしたが・・・」
「そうだよ、僕と君は生まれた日が近かったから、誕生祝も一緒で、結局みんな君にばかり贈り物を贈っていた。僕のことなんかすっかり忘れて・・・」
「悪かった。次の誕生日の時は必ずお前になにかプレゼントをする」
「別にプレゼントが欲しいわけではないよ。ただ僕の生まれた日を君が覚えていてくれたかどうか」
「覚えているよ。お前が生まれた時に俺も生まれた。俺が覚えている限り記憶をたどっても、必ずそこにはお前がいた」
「なんだかうまくごまかされたようだ」

バゴアスがすすり泣いているのに気がついた。必死で泣くのをこらえようとしているのだが、涙があふれ出ている。

「バゴアス、泣いているのか」
「申し訳ありません。10歳で家族を失ってからは誕生日を祝ってもらったことなど、一度もありませんでした」
「こっちへこい、泣く時は俺のそばへ来いと言っているだろう。遠慮するな」
「イスカンダル王・・・」

アレキサンダーは長いすに腰掛けたまま手で合図した。バゴアスはアレキサンダーの足の間に顔を埋めてすすり泣き、その長い黒髪を彼はさもいとおしそうになでた。その姿は父親が幼い子をひざに抱いているようにも見えれば、愛を交わす前の前戯をしているようにも見えた。私は目をそらし、アレキサンダーに告げた。

「僕はもう自分の部屋にもどってもいいか」
「ああいいよ、明日市場では馬以外にも買いたい物がある。少し多めに金貨を持っていってくれ」
「わかったよ」





その日はちょうど祭りでもあったのか、市場は普段よりもさらに多くの人でにぎわっていた。アレキサンダーとバゴアス、そして私の3人は数人の兵士や奴隷と一緒に市場にきた。バビロンに来てからはちょっとした外出でも必ずこうした護衛や荷物持ちの者が一緒についてくる。それも私にはわずらわしく感じた。細い裏道を自由に歩き、街の人と気軽に話をしていたエジプトのアレキサンドリアが懐かしくなる。あの時もらった指輪はいつも身につけていた。持つ人に大きな力を与えると言われた指輪だが、いまのところ私には力を与えられているという実感はない。バビロンでの生活は何かと不自由を感じるし、アレキサンダーの側にいつもバゴアスがついているというのも気に触る。どうも彼は必要以上に涙を見せて王の気を引こうとしているようにも見える。

「アレキサンダー王、あちらで奴隷の取引をやっています。今日はまた特別たくさんの奴隷がいるようで・・・ごらんになってはいかがですか」

兵士の一人が言った。

「そうだな、奴隷も見てみよう」

奴隷の取引をしている場所は特別に大勢の人が集まっていたが、私達3人が行くとすぐによく見える特別の場所に連れて行かれた。奴隷はみなほとんど全裸に近い格好で立たされている。男と女に分けて数人ずつ並べられ、そして宦官なのだろうか、整った顔立ちの少年も数人いた。

「いかがでしょうか?アレキサンダー王。今日は特別によい奴隷ばかり集めておりますので・・・もっともお連れしているこの奴隷にかなう者は一人もおりませんが・・・本当に美しい・・・どこで見つけられましたか」

奴隷商人がいやらしい笑いを浮かべて、バゴアスの体を舐めるように見、腰に手を触れた。その手は体の中心へと伸びていく。バゴアスは苦しそうに顔を歪め、小さなうめき声をあげた。その声を聞いたアレキサンダーみるまに険しい顔つきになった。

「私の奴隷だ!気安く手を触れるな!今度同じようなことをしたら、お前のその汚らわしいものを切り取り、磔にしてさらしてやるからな!今は奴隷は必要ない」

アレキサンダーは、バゴアスの手を引き、その人ごみの中を離れた。

「バゴアス、すまない、いやな思いをさせてしまったな」
「いいえ、大丈夫です。市場で売られる時にはもっと酷い目にあいましたから」
「お前の痛みや屈辱は相当なものだったろう、俺には想像もできない」
「でもそのおかげであなたに会うことができました」
「お前のプレゼントを買うつもりだったのに、いやなことを思い出させてしまった」
「あなたのお側にいれば、辛いことなどみな忘れてしまいます」

バゴアスはアレキサンダーの腰にそっと手を回した。王は彼を抱き寄せて口付けをした。バゴアスの行動や言葉はどこまでが彼自身の本音でどこまでが王の関心を引くための演技なのかよくわからない。




市場のはずれ、あまり人のいない場所で私とバゴアスは待っているように言われた。しばらくするとアレキサンダーは一頭の白い馬を連れてもどってきた。バゴアスの背の高さにあわせて少し小さめの馬を選んである。鞍も手綱もつけ、すぐに乗れるようにしてあった。バゴアスの顔がパッと輝いた。子供のような無邪気な笑顔。彼のそんな顔を見るのは初めてであった。

「バゴアス、今日からこれがお前の馬だ」
「ありがとうございます。一生大切にします。この馬に『雪の鬣』という名前をつけてもいいですか?」
「お前の馬だ。好きに呼べばいい」
「父が一番気に入っていた馬の名前です。父と一緒に何度かその馬に乗って遠乗りしたことがありました。私専用の馬も10歳の誕生祝いで買ってもらう予定でしたが・・・すみません、昔の生活はもう忘れるつもりでしたが・・・」
「忘れる必用はない。家族との楽しい記憶まで忘れなくてよい。時々俺に話して聞かせ、思い出せばよい」
「はい、ありがとうございます。馬に乗ってもいいですか?」
「ああいいとも、少し乗って駈けてくればいい」

バゴアスはかなり苦労して馬にまたがった。そして馬にやさしく話しかけ、少しずつ歩かせている。

「バゴアスのあんなにうれしそうな笑顔を見るのは初めてだ。馬を贈ってやってよかった」
「だけど乗りこなせるのか、今まで乗ったことがほとんどないのだろう」
「彼は何事も一生懸命だ。すぐに上達する。俺も父上に初めて自分の馬を買ってもらったのは10歳の時だった。その時のうれしさは今でもはっきり覚えている」
「僕も覚えている。あの暴れ馬を乗りこなしたんだもの、びっくりしたよ」
「馬に乗るのはあれが初めてだった。俺は父上と一緒に遠乗りに出かけたことなど一度もなかった。誕生祝いだって父上は遠征にいってばかりで、その日一緒に祝ってくれた時など一度もなかった。ずっと後になってから、誕生祝だと言って遠くの国で見つけたわけのわからない飾り物などをくれるだけだった。そのうちには遠征に行ってなくても、俺と母上が住む館には顔も出さなくなり、他の女に夢中になっていた。俺はそんな父上の気を引きたくて、わざわざ一番暴れている馬にのったさ。怖くてたまらなかった。でもそんなことでしか父上に気に入られる方法はなかったから・・・俺の誕生日なんて父上はとっくに忘れていた。跡継ぎの俺よりも他の女に夢中になってその女に子を産ませようとしていたから・・・・」
「アレキサンダー」
「10歳までなら、バゴアスの方がよほど幸せな子供だった。重臣の跡継ぎで、他に男の子はいないから随分かわいがられたようだ。父と遠乗りに出かけたり母の手料理を家族みんなが囲んで食べたり・・・俺よりよほどたくさんの幸せだった子供の記憶を持っているのにそれを無理やり忘れて生きようとしていた。だから俺はバゴアスにあんなに心魅かれるのかもしれない。俺の知らない家族の記憶をたくさん持っているから」
「そうか・・・」
「バゴアスが戻ってきた。あいつ随分苦労しているようだな。しっかり教えてやらないとだめだな」

かなり大変な思いをして、バゴアスは戻って来た。だがその顔はうれしくてたまらないという笑顔である。

「よくがんばったバゴアス。もう一つ、お前にプレゼントしたいものがある」
「なんですか」

アレキサンダーは自分の指にはめていた指輪をはずし、バゴアスの手のひらに載せた。

「イスカンダル王、これは?」
「こうして日の光に透かして見てごらん。中に俺の肖像を彫らしてある。これは数日前に頼んで作らせた。お前に贈りたいと思って・・・」
「こんな貴重な物を頂いてよろしいのですか」
「ああ、お前にやる。もし俺がそばにいないときに辛いことがあったら、この中を見ればいい」
「ありがとうございます。この指輪は私が死んだ時にはぜひ一緒に埋葬してください」
「ちょと待て、俺よりずっと若いお前が何故今死んだ時の話などするのか」
「私のような体の者が、美しさを保ち、寵愛を受けられるのは数年の間だけです。その歳を過ぎ、醜くなってしまったら、どのように生きたらいいのか見当もつきません。願わくばそうなる前に、戦いに巻き込まれ、あるいは病気にかかり、死んでいきたいと思っています」
「バゴアス、俺がお前を愛したのは、ただお前の見た目が美しかったからだけではない。美しさは歳月とともに色あせ、衰えるものだ。だがお前の頭のよさ、辛い運命をたどりながらも穢れることのなかった魂の気高さ、そういったものは決して衰えたりはしない。俺とヘファイスティオンは子供の時からの親友で、お互い子供の時、10代の時、20歳の若さと活気がある時、そして今、と顔つきも体つきも変わってしまったが同じようにずっと愛している。俺達は目に見えない魂の絆で結ばれている。お前も同じだ。だからもう美しさを失った時のことなど考えるな。お前の見た目が変わっても、同じように愛することはできる」

アレキサンダーが私とは魂の絆で結ばれていると言ってくれるのはうれしかった。だが、同じ絆がバゴアスともできつつある。そして今、体を使って愛を交わしあうことがほとんどなくなった私のことをどれだけ彼が真剣に思ってくれているのか、不安は増すばかりであった。



                                             −つづくー


後書き
 ヘファイスティオンから見たバゴアスは?・・・かなり目障りな人間だったかもしれません。相手が奴隷という身分でまだ子供だからということで少しは許せる部分と、なおいっそう嫉妬にかられてしまう部分とがあって・・・2005、10、5



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