24、半神

「ヘファイスティオン様、アレキサンダー王がお呼びです。すぐにいらしてください」

バゴアスが呼びに来た。賢い彼はアレキサンダーとイスカンダルという二つの呼び名をうまく使い分けるようになった。私に対しては決してイスカンダルの名は使わない。アレキサンダーと二人きりの時だけそう呼ぶ。それもイスカンダル王と名前を呼ぶときだけ舌っ足らずのような甘えた独特の声を出す。私に対しては全く抑揚のない声で機械的に言葉を伝えるだけなのに・・・

アレキサンダーの部屋に向かう。いつもは行く途中に奴隷や宦官などがたくさん控えているのに、誰もいなくひっそりしていた。アレキサンダーの部屋の中も同じであった。彼は大きなベッドの上に寝そべっていた。

「バゴアス、今夜はヘファイスティオンと過ごす。お前は別の部屋に行っていろ。朝日が差し込む前には決して入ってくるな」
「かしこまりました。失礼します」

バゴアスは部屋を出ていった。

「バゴアスまで追い払うとは珍しいな。何かあったのか」

私は皮肉を言った。アレキサンダーは寝たまま私の顔をじっと見つめた。

「ヘファイスティオン、もっと側に来てくれ。お前だけは何があっても俺の側にいてくれるよな」
「当たり前じゃないか。もっとも君はバゴアスに夢中になって僕のことなどすっかり忘れているようだが・・・」
「服を脱がしてくれ。いつもはバゴアスがなにもかもやってくれるのだが・・・」
「まったくもう、君は着替えも自分ではしなくなったのか」

私は苦笑いをしながら彼の服を脱がし始めた。その途中で彼は私を強く抱きしめた。

「ヘファイスティオン、愛している。お前だけは俺を見捨てたりはしないよな。俺を愛してくれるよな」
「どうしたんだよ、いつもの君らしくない」
「怖いんだ・・・自分がどうなるかわからない」

まだ服を脱がせる途中であったが、アレキサンダーの体はガタガタ震えていた。私はそのまま彼を強く抱きしめた。

「震えているよ。何があったんだ。僕はここにいる、怖がらなくていいよ」
「抱きしめて、なでてくれ」
「君は時々子供みたいになるね」
「お前だけだよ、俺がこんなふうに甘えられる相手は・・・」

私はアレキサンダーに言われたとおりのことをした。強く抱きしめ、髪をなで、体に手を触れた。私にとってもそれは甘く幸せな時間であった。彼の震えはおさまってきたが、なおも激しく私にしがみつく。口付けをし愛撫を交わせばたちまち二人とも興奮して体は熱を帯びてきた。

「母上から手紙がきた」
「久しぶりの手紙だね。僕も家族からの便りを受け取った。早く返事を書かなければと思っていた。手紙にはなんて書いてあった」
「まだ、読んでいない」
「どうして!」
「一人では怖くて読めない。お前は知っているだろう。俺が子供の時どういう育ち方をしたか。母上は父上を憎んで軽蔑していた。俺は何度も見てしまった。父上が母上を無理やり犯している姿を・・・それが終わると母上は俺に向かって呪いの言葉を吐くんだ。お前はあの男の子ではない。私はアキレスの血を引き、デオニソス神に仕える者、お前もまた神の子である、あの男は今に自分の子に殺されると、俺は母上の言いなりになり、父上を殺して王位を受け継いだ」
「何を言っている。フィリッポス王の暗殺に君は何の関係もないよ」
「俺が直接手を下さなくても母上は俺に王位を継がせるために父上を殺した。早く殺さなければ、新しく生まれた王子が跡継ぎになってしまうから・・・」
「そうかもしれない、でも君は正式な王の跡継ぎなのだし、今ではペルシャ帝国を倒して広大な土地を手に入れた。君が王になったことに不満を抱く者など一人もいない」
「母上からの手紙はなんて書いてある。お前が先に読んでくれ」
「わかったよ」

机の上に封をしたまま置かれている手紙を手に取った。封を開け、中を読む。母上からの手紙はアレキサンダーの健康を心配し、マケドニアの窮状を訴え、戻ってきて欲しいという内容のものであった。

「何が書いてあった」
「君が心配するような特別なことは書いてないよ。君の健康を心配している。それからマケドニアは王が不在で、残った側近や大臣達が好き勝手なことをして荒れているようだ。僕も家族のことが心配だし、他の兵士も故郷に帰りたがっている。一度マケドニアに戻った方がいいかもしれない」
「だめだ!戻ったらおしまいだ。俺は母上の言いなりになって次は誰を殺す?気が狂ったヘラクレスは愛する我が子を次々と殺した。俺はあの母上と父上の血を受け継いでいるんだ。戻ったら気が狂って何をするかわからない。今だって自分が何をしているか・・・ただの手紙だ、たった一通の手紙で、栄光をつかんだ王から狂気に怯える哀れな人間へと転がり落ちてしまった。俺はどうすればいい?」
「戻れないなら先に進めばいい。君は神の子だ。アキレスの血を引いている。神が君に嫉妬し、栄光と同時に狂気も送りこもうとしているのなら、世界の果てまでも逃げればいい。それでもつかまったら、不安に怯えたら・・・僕を抱いてくれ。君の不安も苦痛も狂気もすべて僕が受け止める。君が狂気にとらわれそうになったら、僕を身代わりに、生贄にして神に差し出せばいい。それで君は救われる」
「ヘファイスティオン、どうしてお前はそれほどまでに俺のことを・・・」
「愛しているから・・・・君が他の誰かを・・・バゴアスやカッサンドラや他にもいろいろ・・・いくら愛しても僕ほど強くは愛してはいないよ」
「ヘファイスティオン、お前は俺自身だ。俺の半身、俺の神だ」





二人とも衣服を脱ぎ捨て、激しく絡み合った。私達が愛し合うのは戯れや欲望のためではない。それは二つに分かれた人間が再び一つになるための儀式であり、神への捧げものであり、神への挑戦でもある。お互いの体を舐めあい、こすりあい、手で触れていきながら少しずつ気持ちを高めていく。体のどの部分も、触れ合った場所は喜びに震え、溶け合い、聖なる場所へと化す。私の体の内部は注ぎ込まれた香油と自らの中から湧き出る体液で満たされ、彼を受け入れるのを心待ちにしている。私達はこんなにも満たされ愛し合っている。恐れるものなど何もない。




「愚か者め、お前は神になったつもりか、神の恐ろしさを、嫉妬深さを何も知らないようだな」




頭の中に大きな声が鳴り響いた。突然私は怖ろしい痛みに襲われた。串刺しにされて殺された人間と同じように手足は固定され、尻の穴から長い槍を通される。激しい激痛で上げる叫び声はもはや人間のものではない。槍は同じ場所ばかり何度も何度も突き刺す。前に見た悪夢と同じ感覚が再び蘇る。体の中、真っ赤にただれた皮膚の上を固い棒がこすっていやな音を出す。皮膚も肉も剥ぎ取られのた打ち回り絶叫するが槍は情け容赦なく体を貫いていく。自分の体がどうなっているのか見当もつかない。血だらけになり、ずたずたに引き裂かれながらようやく意識を失うことができた。




「ヘファイスティオン、よかったよ。お前がいてくれるから俺は救われる」

アレキサンダーの声がした。私は目を開けた。自分の体が見える、手も足も動いている、まだ生きている・・・あの感覚はただの幻影か?

「バゴアスのことは許してくれ。あいつのこともほっておけない、でも俺が一番愛しているのはお前だ。お前と一つになった時、お前は俺の不安も狂気も何もかも受け止めてくれる。お前だけだよ。こんなにも俺を受け止め、愛してくれるのは・・・」

彼は私を抱き寄せ、今度は軽く口付けをする。私は返す言葉もなく呆然としていた。なぜこうなってしまうのか?前に同じ感覚に襲われた時は、バゴアスに嫉妬し、奴隷の身代わりにされたことで体が激しく抵抗していた。今、私達は心から愛し合い満たされていたはずなのになぜまた同じ感覚に襲われてしまうのか。アレキサンダーの代わりに私が狂気にとりつかれているのか。この先ずっと愛し合うたびに同じ激痛を感じなければならないのだろうか。

「ヘファイスティオン、お前だけは俺のこと見捨てないでくれ。必ずそばにいてくれ」
「そばにいるよ。どんなことがあっても君を愛している。君を見捨てたりはしない」




「愚か者め、お前はもう狂っている。その男のそばにいる限り、お前は体も心もズタズタに引き裂かれて哀れな最後を遂げるぞ」
「それでもいい。アレキサンダーは私が守る。彼を狂わせたいのなら私を狂わせればいい。何があっても彼を見捨てたりはしない」




                                              −つづくー


2005、10、6



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