25、東方へ
新しい遠征の旅が始まった。次の目的地はバクトリア、土地のほとんどが険しい山地や荒れた台地からなり、いくつもの部族にわかれてそれぞれの族長が支配していた。ダレイオス王が亡くなり、ペルシャ帝国の支配が衰えると各地で反乱が起きるようになる。アレキサンダーはマケドニアからきた兵士以外にも、ダレイオス王の支配下にあった軍隊も引き連れてバビロンを後にした。遠征に参加したのは兵士だけではない。バビロンで結婚した者は家族を連れていた。奴隷、宦官、後宮の女、商人、職人、貴族・・・バビロンにいたありとあらゆる階層の人間が行動を共にし、人数は数十万人になった。私達は動く帝国となって移動していた。
「バクトリアは険しい山岳地帯が続く。ヘファイスティオン、ここから先は山岳地帯に慣れた兵士だけを連れて行こう」
「わかった、すぐに連れて行く者とそうでない者を選び出す」
「お前はどちらだ。お前も厳しい寒さの土地には慣れていないだろう。俺の代わりとしてここで待っていてもよい」
「いまさらそんなこと言わないでくれ。君の行く所はどこへでも行くつもりでいるのに・・・」
「そうだったな、お前はいつも一緒だ」
「バゴアスはどうする?」
「彼は置いていく。宦官は戦うことはできない」
「君の身の回りの世話は誰がする?」
「お前がしてくれればよい。バビロンに来る前はずっとそうしていた」
バゴアスがアレキサンダーの前に跪いた。
「アレキサンダー王、私はバクトリアへは連れていってはもらえないのですか?」
「バクトリアの道は険しい山道が続くし、途中でいつ部族民に襲われるかわからない。戦えない者を大勢連れて歩くことは危険だ」
「いざとなれば私も戦えます。10歳の時まで、父の周りにいた者から厳しい訓練を受けていました」
「それは10歳の時までだろう。その後お前は剣を持ってはいない」
「戦いはできなくても、王のお世話ならできます。貴方はいまやアジアの王なのです。それ相応の者を一緒に行かせてください」
「戦場で俺は先頭に立って戦い、返り血を浴び、自分の身なりに構っている暇はない。お前は必要ない!」
「わかりました。ここでお待ちします」
数千人の兵士だけ引き連れ、私達はバクトリアへと向かった。カッサンドラやプトレマイオス、クレイトスなど前からの仲間はもちろん一緒である。だがアレキサンダーは一番人数の多いペルシャ人の傭兵の総指揮を私に任せた。
「なぜ、カッサンドラやプトレマイオス、クレイトスなどを選ばないで僕に・・・」
「お前が一番信用できるからだ。それに他の誰かを選べば、また争いが起きるが、不思議とお前のことだけは皆が認めているようだ。争いが起きない」
他の仲間が私を認めているわけではない。ただアレキサンダーが私に目をかけているから、他のものは不平も言わないだけである。実力ではカッサンドラやプトレマイオスの方がずっと上であることはよくわかっていた。それでも私はアレキサンダーの期待を裏切らず、アキレスの隣にいるパトロクロスのように戦わなければならないのである。左手にはめてある大きな宝石をつけた指輪をそっと見た。エジプトのアレキサンドリアで商人からもらった物、力を与えられると聞いたが、それは本当だろうか。もしそうだとしたら今こそその力を与えて欲しい。
夜、私はアレキサンダーの天幕へ行った。連れてきている従者や奴隷が小数なので、天幕も小さくて質素な物を使っている。
「アレキサンダー、王である君が僕と同じ大きさの天幕で寝るなんて・・・」
「これなら他のものと見分けがつかないだろう。派手な天幕でなど寝てみろ、王がここにいると敵に教えてやるようなものじゃないか。いつ襲われるかわからない、油断はできない。ヘファイスティオン、一緒に寝てくれ」
「アレキサンダー」
「うれしいよ、こうしてお前と二人っきりで過ごせるなんて・・・だからバゴアスは置いてきた」
「・・・・・」
「本当はバゴアスぐらいは連れてくる余裕はあった。下手な兵士よりあいつのほうがよほど身が軽くすばしこい。だけど連れてきたらお前と二人きりにはなれない。バゴアスの身の上には同情する。だが俺はだんだんあいつが重荷になってくる。ペルシャの王が代々どういう暮らしをしていたか知らないが、俺はやっぱりマケドニア式の暮らしの方があっている。ああもきっちり奴隷という身分をわきまえながら、しかも完璧なテクニックのやつを相手にしていると、そりゃ、最初はいい気分になるけど・・・だんだん自分が何者なのかわからなくなってくる。やっぱり俺にはお前が必要だ。お前がそばにいてくれるから俺はアキレスになれる」
「アレキサンダー・・・」
「お前は不器用で弱くて相手をするのもへたくそでテクニックも何もないけど・・・それでも一番愛しているのはお前だ。もし、明日死ぬということがわかっていたら、俺は最後の夜は必ずお前を抱く」
テクニック、不器用・・・彼は私の苦しみには少しも気づいていない。私の心と体は傷つき、抱かれるたびに怖ろしい苦しみと苦痛を味わっているというのに・・・抱かれることは拷問と同じに感じながら、それでも体を差し出しているのである。快楽を追求したり、テクニックを使ったりする余裕などまったくない。
「ヘファイスティオン、愛している」
アレキサンダーが甘い声で囁き、唇を重ねてきた。その言葉と行為は私にとっては死刑の宣告と同じもの・・・激しい苦痛に耐えなければならない、微笑みを浮かべながら・・・
狭い天幕の中、香油の匂いが充満した。私は服を脱いでその時を待つ。体も心も震えている。彼の手が私の体の敏感な所に触れる。目をつぶり、体を丸めた。指が中に差し込まれるのを感じる。不思議と痛みはない。
「ヘファイスティオン、苦しかったら言ってくれ。お前はほんの一瞬だけど酷く苦しそうな顔をする時がある。もしかしたら俺が酷くお前を傷つけているのかもしれない」
「そんなことはない。君から与えられるものはどんなに苦痛でも僕には喜びだから・・・」
彼の指が私の体の中をかき回す。香油が染み渡り、内部が充分に潤っているのが感じられる。続いて彼のものが差し込まれても少しも痛みは感じられなかった。粘液と香油が溶けて絡まりあい、赤くただれた皮膚をやさしく包み込んでいる。その中でこすりあわされるたびに、深い快楽を感じられた。私も自ら腰を動かして刺激を求め、そして一緒に果てた。痛みや苦痛は一度も感じなかった。
「よかったよ、ヘファイスティオン、お前は最高だ。最後の夜でなくとも、毎晩お前が欲しい」
翌日、部族民の襲撃があり、激しい戦いとなった。だが私にはもう怖れるものはなかった。険しい山の中、敵はどこからどう攻撃してくるか、兵士達をどう動かせばいいか、すべて私には見えていた。味方にほとんど犠牲を出さず、私達は圧勝した。数日後、別の部族にも襲われたが、その時も味方に被害はでなかった。私とアレキサンダーは慣れない山岳地帯の戦いでも勝ち進んでいった。左手につけた指輪は日の光を受けて光り輝いていた。
−つづくー
後書き
その時の気分や状況によって感じ方は随分違うだろうな、と思います(え、そんなことはないかな)
特に敏感で感じやすい人にとっては・・・
2005、10、18
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