28、陵辱(前編)
アレキサンダーの結婚の話はすぐに公表された。誰もが激しく反対したが、アレキサンダーは全く耳をかさなかった。それどころかこれ以上この結婚について何か言う者は処罰を与えるとまで言い出し、表向き不満の声は全く聞かれなくなったが、根強い恨みや不満の声があちらこちらでくすぶっていた。そんなある日、私はカッサンドラに呼び出されて彼の天幕へと向かった。その日に限ってカッサンドラの天幕は私やアレキサンダーがいる場所からかなり離れた所にあったのだが、それが何を意味するかなど全く考えもしていなかった。
「よく来たな、ヘファイスティオン。まあ中に入れよ」
カッサンドラに手招きされて天幕の中に入ると先にクレイトスとフィロタスが来ていた。私も彼らの横に座った。
「ここで何をしている」
「見ればわかるだろう。大王の結婚に不満を持つ者が集まって酒を飲んで憂さ晴らしをしている」
「憂さ晴らしなら私など招かない方がいいだろう。用がないなら自分の天幕に帰る」
「まあ、待てよ。今頃アレキサンダーはバゴアスでも抱きながら、この結婚が民族の枠を超えたすばらしいものであるという話をしているのだろう。そんな会話をすぐそばで聞いて悶々としているより、俺達と酒でも飲んだ方がよっぽどいいだろう。珍しいワインを用意しておいた。それにフィロタスが・・・・」
「俺のことを言うな・・・」
普段無口で控えめなフィロタスが珍しく強い口調でカッサンドラの言葉をさえぎった。だがカッサンドラは構わず話を続けていく。
「せっかく長い間憧れていたヘファイスティオンを連れてきてやったんだ。しかもこいつは大王の結婚話で落ち込んでいる。またとないチャンスだろう」
「何の話だ!」
「俺はずっと前から気づいていたぜ。ミエザにいた頃からフィロタスはヘファイスティオンが好きだった。だけど相手がアレキサンダーじゃ勝ち目がない。だからずっと遠くで見ているだけだった。そうだろう」
カッサンドラの言葉に私は驚いた。フィロタスもミエザでずっと一緒に学んでいた。かなり有力な貴族の息子で、ガウガメラでは父と一緒に戦いに参加した。その後彼の父は遠征から離れたが、彼はずっと私達と行動を共にしている。考えてみればカッサンドラやプトレマイオスなどと同じくらい付き合いは長いのだが、控えめな性格のため、目立つような行動はしたことがなかった。そんな彼がミエザの頃から自分を好きだったなどと言われてもすぐには信じられなかった。あの頃も今もみなの中心に立ち、みなの憧れの的になっているのはアレキサンダーただ一人、私はずっとそう思っていた。
「おい、カッサンドラ!お前俺たちが何のためにヘファイスティオンを呼び出したのか忘れたのか?フィロタスの初恋を応援するためじゃないだろう。まあ、結果としてフィロタスの想いをかなえてやることにもなるんだけどな・・・」
今まで黙っていたクレイトスが強い口調で言った。彼はアレキサンダーの父フィリッポス王の時からの側近で、私達よりもだいぶ年上である。彼は私に大きな杯を手渡した。
「まあ、とりあえずこれを飲んで少し酔っておけ。俺が言いたいことはミエザから憧れていたなんていう甘い話ではない。お前の態度によってはいろいろあるかもしれない。正気でない方がいいだろう。早く飲め!」
クレイトスから手渡された杯のワインを私は一息で飲み干した。もともと酒にはあまり強い方ではないが、この場合はしかたがないだろう。しばらくの間沈黙が続いた。
「ヘファイスティオン、お前はぼんやりしているように見えてそうとうしたたかな男だな」
クレイトスが口火を切った。
「あの野蛮人の娘との結婚、お前がアレキサンダーに勧めたんだろう。族長と長いこと話をしていただろう。アレキサンダーがちょっと目をつけたからすぐに話をつけて・・・よく考えたもんだ・・・お前は貴族階級じゃないからマケドニア貴族の娘と王が結婚してもなんの得にもならない。むしろ自分より偉くなりそうなライバルを増やすだけだ。だからアレキサンダーがマケドニアの女には興味を持たないよう自分の体を差し出したり、バゴアスのような美少年とくっつけたり、そして結婚も遠く離れた場所で野蛮人の娘と結婚させる。見事だよ。そして自分はあくまでも控えめで忠実な友として大王につき従う。俺達に比べて手柄が少なくても出世の早さは段違いだからな。お前の子や孫は間違いなく貴族、いや王族の一員として繁栄するに違いない」
「確かにそうだ。子供の頃からなぜアレキサンダーがヘファイスティオンばかりひいきにしているか不思議だったが、結局そうやっていつも計算していたってことか。今度は王の結婚の仲立ちまでして、またお前の地位はぐっと上がるかもしれない。俺達が話しかけることもできないぐらいにな。フィロタス、今のうちに告白して想いをかなえとけ。早くしないと近寄れなくなるぞ」
「ちょっと待って。ヘファイスティオンはそんなこと考えてはいないよ。いつもアレキサンダーのことばかり考えて、自分を犠牲にしてきた」
「長年の憧れで随分美しく思っているじゃないか、フィロタス。そんなに好きならお前からやらしてやるぜ。大王がさんざん使った後だけど、お前には夢のようだろう。ずっと好きだった男を抱けるんだから・・・・」
「やっぱりだめだよ、こんなこと、ヘファイスティオン、もういいからここから逃げろ!お前だってこの先どういう展開になるか気づいただろう」
確かに私もカッサンドラとクレイトスがなぜ私を呼び出したか気づいていた。彼らはアレキサンダーに取り入って他の側近には明らかに不利になるような結婚を勧めた私を恨み、その腹いせに陵辱しようと考えているのだろう。
「ヘファイスティオン!早く逃げろ!後は俺がなんとかする」
フィロタスが二人の前に立ちはだかった。今この天幕から外に出て走って逃げれば陵辱はされずにすむ。だが彼らの怒りや不満は次にどこへ向かうのか。このままでは誰かが殺される。カッサンドラ、クレイトス、フィロタス、この三人の誰が死んでも軍全体の戦力は大きな影響を受ける。戦いはまだここで終わりではない。
「フィロタス、二人の手を離せ。私は逃げたりはしない。クレイトス、カッサンドラ、もし王の結婚について不満がありそれに私がかかわっていると思うなら、今ここで思う存分私を痛めつけ、陵辱すればよい。だが決してアレキサンダーの前では不満を口にするな。彼の怒りに触れれば死罪になる。それからフィロタス、僕は今までアレキサンダーばかり見ていて、君のことは少しも見ていなかった。そんなふうに思っていてくれたなんて考えたこともなかった。だから一番先、君に抱いてもらいたい」
「ヘファイスティオン・・・・」
私はフィロタスに口付けをした。彼は今にも泣き出しそうであった。
「そんなふうに僕のこと思っていてくれたなんて、うれしいよ、とっても・・・・」
私はゆっくり衣服を脱ぎ、寝台の上に横になった。
−つづくー
後書き
陵辱というタイトルで書き始めたのですけど、そこまでいかずに途中で終わってしまいました。フィロタスの想いが思った以上に強かったので・・・・こういうのを寸止めというのでしょうか(爆)
2006、1、19
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