29、陵辱(後編)

私は横になり、静かにその時を待った。アレキサンダー以外の人間とこのようなことをするのは初めてである。それも自分の意思に反して無理やり陵辱される。男としてこれほど屈辱的なことはないはずなのだが、なぜか私の心は平静を保っていた。私は自分の身に降りかかるもっと怖ろしいことを考えていた。アレキサンダーの結婚、それも正式な王妃としてほとんど名前も知られていないような部族の娘を迎える。その時私の心は平静を保っていられるのだろうか?子供のような奴隷で宦官のバゴアスをアレキサンダーが大切にしているというだけで、私の心は嫉妬で荒れ狂い、彼を受け入れるたびにのた打ち回るほどの痛みを味わった。身分の低い宦官の少年相手ですらこうなったのである。正式な王妃を迎え、やがては跡継ぎが生まれる。耐え難い事実を、表面上はよい友人、よい側近として微笑を持って受け入れなければならない。

「おい、フィロタス、何を迷っている。いやなら先に俺がやるぜ。こいつの顔をよく見ろ。自分が犯されるっていう時ですら冷静で微笑みまで浮かべている。アレキサンダーを守るためには自分を生贄にする気だろう。俺はこいつのそういうところが許せないのさ。徹底的に攻めてやれ!」
「ヘファイスティオンは平静ではないよ。体が小刻みに震えている。やっぱりやめようこんなこと。彼を傷つけるだけじゃないか」
「お前、いまさら裏切るつもりか。このことが下手にアレキサンダーの耳に入ったら俺達はどうなる?お前もどうざいだろう。何もしゃべれなくなるほどの屈辱を与えなければかえって危険だ。どけ!俺が先にやる!」

カッサンドラの荒々しい声が聞こえ、すぐに全身を貫く激しい痛みに襲われた。陵辱なので、香油を使ったりすることなどなく、直接埋め込まれた。

「うわー!・・・アアー・・・・クウッ・・・・アアー!・・・」

私よりも先にカッサンドラが呻き声をあげた。何もせずに埋め込めば彼とてそうとうな痛みを感じるはずである。私のそこは少しの潤いもなく、からからに渇いて干からびていた。少しの刺激でも皮膚や粘膜は剥がれ落ち、むき出しになったその場所は赤くただれている。拷問のようなその行為を私は懸命に声を上げずに耐えた。内部が血で満たされ、彼の痛みはなくなってきたのだろうか、激しく突き上げられた。それはもう槍を使って体の内部を突き刺されるのと同じ痛みである。耐え切れずに呻き声をあげ、やがてそれは絶叫へと変わった。むき出しになった皮膚を剥ぎ取られ、肉の内部、内臓にまで突き刺さり、かきまわされるような痛み、私はもう人間とはほど遠い生き物の叫び声を上げていた。泣きじゃくり、助けを求めていた。だが彼の力は少しも弱まらない。叫び声を上げるほど、ますます興奮は高まっていくようだった。何度も意識を失いそうになっては痛みで目が覚めた。そのたびに絶叫するという繰り返し・・・目の前が血の色で真っ赤に染まった。私の体は血だらけになっているに違いない。途中で相手がカッサンドラからクレイトスに変わったのも気がつかないまま、私は血の海の中で叫び続けていた。





「ヘファイスティオン、ヘファイスティオン、・・・・よかった、やっと気がついた」

目を開けるとフィロタスの顔が見えた。

「フィロタス・・・」
「驚いたよ。お前は実際にやられている間は気丈に耐えて呻き声すら漏らさなかったのに、終わってここに運び込んだ途端、意識を失ったまま激しく暴れ出して・・・・」
「ここは・・・・」
「俺の天幕だ。心配するな。意識を失ったお前をここまで運んできた。あいつらは目的を果たしたのだから当分何もしないだろう。傷は大したことはない。アレキサンダーには何も言うな」

傷は大したことない・・・・そんなはずはない。私は槍で内臓の奥深くまで突き刺され、血まみれになって死んだのではなかったのか。あの痛みはなんだったのか・・・

「カッサンドラもクレイトスも全く手加減していなかった。よくお前は声も上げずにずっと耐えていたよ」

声も上げずに・・・私は大声で泣き叫んでいたのではなかったのか。あの血まみれの姿は、激しい痛みは・・・すべて終わった後の幻なのか・・・・

「フィロタス、君は僕の様子をずっと見ていたんだろう。教えてくれ!僕はどうしていた、どうなっていた」
「ヘファイスティオン、落ち着いて・・・興奮しないで・・・・無理もないけどさ・・・今のお前は混乱してわけがわからなくなっているんだろう。とにかく憎むんだ。お前の体と心をズタズタに傷つけたカッサンドラとクレイトス、そしてそれを黙って見ていた俺を憎め。そこからだよ、お前今おかしくなっている。いつも正しいことを言っていても通用しない。憎まなければ・・・・」
「憎むって誰を・・・君やカッサンドラはミエザにいたころからの親友だった。クレイトスは力強くずっと尊敬していた。彼らがそんなふうに憎しみを育てていたなんてちっとも知らなかった。憎しみなんて・・・・僕はただ・・・・」
「お前はミエザにいた頃と少しも変わってない。みなで力をあわせて戦って勝利を掴んだと信じている。アレキサンダーを愛していて、どこまでも彼の望みをかなえてやりたい。お前は本当にいつまでたってもそれなんだ。周りをよく見ろ。俺達はもうあの頃の俺達じゃない。どうすれば王の信頼を勝ち得るか、どう動けば他のやつより高い地位につけるか、敵だけでなく見方同士でも毎日が争いだ。早くそのことに気づけよ!」

私の頭の中はぼんやりとかすんでいた。激しい暴行を受けたためか、それとも信じていたものが崩れた驚きなのか、すべてが白いもやの中にかすんで見える。

「僕は今どこに・・・・殺されて・・・・槍で突かれて・・・何もかも血だらけで・・・真っ白で何も見えない。ただ寒くて・・・体が震えて・・・ミエザの頃・・・・アレキサンダー・・・どうして結婚なんか・・・・いやだ!耐えられない。どうしてわかってくれないの。バゴアスのことで僕がどれだけ辛い思いをしたか君はちっともわかってないよ。・・・・僕だけを見て・・・・僕だけを・・・・」
「ヘファイスティオン!しっかりしろ、俺はフィロタスだ。お前おかしいぞ。俺はアレキサンダーではない」
「アレキサンダー、僕はこんなに君のこと、愛しているんだよ。君を守るためなら僕はどうなっても・・・・ただ君も僕のこと・・・愛して欲しい・・・怖い・・・殺される・・・・寒い・・・体が冷たくて・・・・」
「ヘファイスティオン!」

フィロタスの怒鳴り声が遠い場所から聞こえた。私は再び意識を失っていた。



                                              −つづくー


後書き
 辛いことが多すぎてヘファは錯乱状態になっています。フィロタスが急に脚光を浴びているのは「コリンの挑戦」というメイキングドキュメンタリーをテレビで見て、フィロタス役の人がけっこうきれいな顔をしていると印象に残ったため。バゴアスも少年バゴアスの本を読んだ後で急に脚光を浴びるようになったし、長い期間をかけて長編を書いていると、途中で今まで気にもしてなかった人が急に気になったりします。
2006、1、23



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