31、責め苦

「アレキサンダー、今はまだ明るい時間だし、僕は昨日酒を飲みすぎて頭が痛い。だから君の期待に応えるには・・・・」

私は勇気を振り絞ってアレキサンダーにこう告げた。カッサンドラとクレイトスに陵辱され、悪夢と幻覚にうなされた自分の体が今ここでアレキサンダーも受け入れたらどうなってしまうのか、自信がなかった。

「何を言っているヘファイスティオン。今はもう夜だよ。外は真っ暗だ。それに明日はロクサネとの婚礼の儀式がある。いくらお前を愛していても、こうやって二人きりで会うことはしばらくできない」

アレキサンダーの言葉に耳を疑った。天幕の外は確かに暗くなっている。それにしてもカッサンドラに呼び出されたのは婚礼の儀式より大分前だった。あのことがつい昨日のことのように感じるが、数日が過ぎてしまったのだろうか?その間私は何をしていたのか、フィロタスの天幕でずっと悪夢を見ていたのか。

「アレキサンダー、僕は酒に酔ってその後何をしたかよく覚えていない。フィロタスのところでずっと寝込んでいたのか?」
「何を言っている。お前がカッサンドラ達と酒を飲んだのはもう数日前だぞ。そのあくる日、俺が探していたらフィロタスの天幕にいて・・・でもお前、その後は俺と一緒に族長と儀式の打ち合わせをしたり、衣装を合わせたりしたじゃないか。寝込んでなんかいなかったぞ」
「そうか、そうだったよな。ごめん、なんかずっと忙しかったから・・・」
「お前には本当に世話になっている。しばらくは会えないかもしれないけど、バクトリアを出てしまえばいい。俺が本当に愛しているのはお前だけなのだから・・・・」

数日間の記憶が全くなかった。私の意識も感覚も記憶も指揮官を失った兵士達のようにてんでバラバラの方向に走って行こうとしている。苦痛なのか、恐怖なのか、それとも嫉妬からか・・・・わけのわからないものに追い立てられ、すべてがまとまりを失っている。それなのに私の意識だけは冴え、これから起きることがはっきり見えている。





アレキサンダーの唇が私の唇に重なり、甘い囁き声が聞こえる。私の服を剥ぎ取り、少し乱暴に私をうつ伏せにして背中から押さえつける。いつもと変わらない彼の愛撫が始まる。彼にとってはいつもと同じ行為、だが無理やり犯されたばかりの私の体は、少し押さえつけられただけでも激しい抵抗を示した。彼の手が、唇が、私の背に触れるたびに激しい痛みを感じる。

「ヘファイスティオン、愛している」

アレキサンダーの手が私の手足に纏わりつき、痺れたように動けなくなってしまう。酷く寒い・・・手足は凍えるように冷たく風の音が聞こえる。

「アレキサンダー、ここはどこなんだ。僕は今どこにいる」
「お前は俺の目の前にいる。何も心配するな。俺が本当に愛しているのはお前だけだ」

酷く寒い・・・風のうなり声が聞こえる。ここはいつもの天幕ではない。

「ここはどこ」
「ここはお前がいつもいる場所だ。目をよく開けて見ろ。ここは地の果て、訪れる人間は誰もいない」
「アレキサンダー、アレキサンダーはどこ?」
「いかなる英雄もここまではたどり着けない。お前だけだ、人間の身でありながら神の領域に入ろうとしているのは・・・」
「私は貴方の領域に入ろうなどと思ったことはありません。ただアレキサンダーについてここまで来ただけです」

「ヘファイスティオン、愛している。俺はお前と一緒なら、地の果てまで、神の領域にまでいけるような気がするよ」
「だめだよ、アレキサンダー、そこまで行ってはいけない」
「もう遅い。彼には私の声も、お前の声も聞こえない。お前には何度も忠告したはずなのに・・・・」





目の前に、罪人を縛り付ける大きな柱が見えた。周りに見えるのは荒涼とした岩山ばかり。人も生き物も何も見えない中、刑罰用の柱だけが大きく見える。

「うわー・・・やめてくれー・・・たすけて・・・・」

手の甲に鋭い痛みを感じた。柱にしがみつくような形で手足を伸ばされ、手の甲に杭が打ち込まれている。続いてもう片方の手の甲、足の裏にも杭が打ち込まれ、私は絶叫した。

「フフ、お前は結構足の裏も感じやすいんだよな。いい顔している。そんなに気持ちがいいのか」

今、私とアレキサンダーのいる世界は全く違っている。アレキサンダーには私の叫び声も痛みも全く届いてはいない。私の手足は柱に杭で打ち込まれ少しも動かない。目の前に大きな鷲が飛んできた。鷲は柱に上に止まっている。どこかで話に聞いた光景が今目の前に広がっている。火を盗んで人間に与えたプロメテウスは神ゼウスの怒りに触れ、怖ろしい責め苦を受ける。彼は毎日大鷲に肝臓を食われる激しい苦痛を味わい、さらに肝臓は1日で再生して元通りになり、死ぬこともなく永遠に責め苦は続いていく。

「ヘファイスティオン、よく感じているようだな・・・こんなお前の顔が見れてうれしいよ。もっともっと感じてくれ、お前は俺と一緒に地の果てまで旅するただ一人の人間なのだから。ほら、香油をたっぷり入れてやるよ」
「アレキサンダー、お願いだ、やめてくれ!・・・・アアー」

私の体は恐ろしさでガクガク震えた。尻の穴を広げられ、そこから大量の油を注ぎこまれた。油の匂いに反応した大鷲が高い泣き声を出す。

「おねがいだ!やめてくれ!」
「いくらわめいても無駄だ。お前の声は彼には聞こえない。お前の絶叫が彼には狂乱の声に聞こえ、苦痛に歪んだ顔が歓喜の表情に見えるはずだ」

ひときわ高い声で大鷲が鳴き、私の体に飛び移った。背中を鋭い爪で押さえつけられ、尻の穴にくちばしを突っ込まれた。

「ギャー!・・・ヒー・・・・ウワー!・・・・アアー」

私はありったけの叫び声を上げている。生きたまま体を引き裂かれ肉をついばまれる怖ろしい痛み、苦痛のあまり動けない体をよじると背中に食い込んだ大鷲の爪が皮膚を引き裂いた。体の内側からついばまれ、内臓を引きずり出される怖ろしい苦痛。だが私はまだ生きている。血の海の中、体を引き裂かれ絶叫を続けてもまだ意識ははっきりしていた。どれくらいの時間が過ぎたのか、失いかけた意識はすぐにまた激しい苦痛でもとにもどってしまう。もう私の姿は人間のものではないだろう。激しい苦痛の中、けもののような叫び声が聞こえる・・・・

「プロメテウス・・・・なぜあなたは・・・」

最後にこう叫んで息絶えた。





「ヘファイスティオン、やっぱりお前は最高だ。バゴアスなど比べにならない。愛している」

目の前にいつもと変わらぬアレキサンダーの笑顔があった。私の体は、愛を交わした後に残る痛み以外は残されていない。何を見てもそれは私だけの幻覚に過ぎない。

「プロメテウス・・・・」

私は小声でつぶやいた。

「そう言えばお前、その名前を途中で言っていたな。プロメテウスがどうかしたか」
「彼は過酷な罰を受けた。岩山に繋がれ毎日肝臓を大鷲に食われてはまた元通りになる」
「ああ、その話は聞いたことがある」
「どうしてそんな酷い罰を・・・・」
「そりゃ、ゼウスに逆らって人間に火を与えたからさ。その前にもゼウスをだましたこともあるし、神を怒らせることばかりしていたから・・・」
「プロメテウスはゼウスの怒りがわかっていて、人間に火を与えたのかな」
「違うだろう、俺だったら絶対神には逆らわないだろうな、そんな悲惨な罰を受けるのはいやだから」
「悲惨な罰を受けるのは神の怒りをかったから・・・・」
「そうだよ、俺はいろいろな国と戦ってきたけど、神と戦おうと思ったことは一度もない」
「そうだよね」

なぜ、今プロメテウスと同じ幻覚を見ているのだろうか。半ば狂いかけている私に彼が伝えようとしていることでもあるのか。なぜ彼は神をあざむき人間に火を与えたのか。その答えはまだ今の私にはわからない。



                                                −つづくー



後書き
 ほとんどは嫉妬に苦しむヘファの幻覚です。幻覚だけどそこで彼はとことん苦しむ中で答えを見つけ出そうとします。
 2006、1,25




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