(42)破壊と建設

私達の遠征隊は、様々な戦いを繰り返しながら先へ進んだ。部族民の激しい抵抗にあい、村ごと焼き払いそこに住む男全てを殺したこともあれば、なんの抵抗もなく歓迎すらされる地域もあった。この頃になると私はすべての行動をアレキサンダーと共にするというわけにはいかなくなってきた。戦闘で目立った働きのできない私はむしろ補給部隊の援護や、征服した後、土地の領主との交渉に行かされることが多くなった。数日ぶりにアレキサンダーと会っても、ただ次に行く場所の指示を受け、急いで旅立たなければいけないことが多くなった。彼の天幕を訪れても、そこにはバゴアスをはじめとする宦官や、指揮官などが絶えず出入りし、落ち着いて話すことすら許されない雰囲気があった。

「ヘファイスティオン、今度は数日前に戦いのあったこの場所へ行って欲しい」

私の前に差し出された地図には、山や川、渓谷などの位置と集落が記入されただけで、もはや地名はほとんど記されていない。昔ミエザで習ったペルシャ帝国の主な都市からは遥か遠くに来ていて、もはやこの場所までペルシャの支配が及んでいたのか、どういう名前で呼ばれている土地なのかすらわからないところまできていた。

「ここに新しくアレキサンドリアを作る」

アレキサンダーが地図上の場所を強く指差した。

「このあたりは気候もいいし、土地も肥沃で作物がよく取れるはずだ。また道を阻む大きな谷や峠もない」
「しかし、この村は抵抗が激しく・・・・」
「拠点となり、豊かな実りが期待できる土地ほど抵抗は大きい。お前は見ていないから知らないだろうが、最後の一人になるところまで抵抗していたので、男は全員皆殺しにした」
「アレキサンダー、住む者もない村へ行って私に何をしろと・・・」
「言葉遣いに気をつけてくれ、今この天幕には多くの者が出入りしている。いくらお前と俺の間柄とはいえ、けじめをつけなければならない」
「王よ、私には何を命令されるおつもりですか」
「ここへ行って新しい都市を作る」
「しかし・・・この土地の住民は殺され・・・村も焼き払われたと聞いております」
「全く新しい都市を建設し、そこにこの遠征隊の中から希望するものを住まわせる。ここは必ずこれからの拠点となる。しっかり頼む」
「都市の建設が終わった後、私はそこの総督として残るのですか?」
「それも考えている・・・・・」
「待ってください、もう一度私にも戦いに参加し、指揮官として・・・・アレキサンダー・・・昔僕達は一緒に戦うと約束し・・・」
「クラテラス、カッサンドラ、プトレマイオス、クレイトス・・・フィロタスとパルメニオンが死んでも、指揮官として活躍できる人間はいくらでもいる。まともに兵を動かせず、信頼もされない人間に隊を任せるわけにはいかない。話はこれで終わりだ。一緒に行く者はもう選んでいる。暗くなる前にここを出発しろ」
「アレキサンダー!」
「これは王の命令だ。早く行け!」

アレキサンダーの顔は険しかった。

「イスカンダル王、近くの村の族長が王にお目にかかりたいと来ております」

バゴアスがアレキサンダーに話しかけた。

「そうか、何か持ってきているか」
「かなりの量の貢物をラバに載せて運んでいるようです」
「思ったとおりこのあたりは拠点となる。すぐここに通せ」
「お待ちください、髪が乱れております。少しお待ちください」

バゴアスはアレキサンダーの髪に香油を塗り、ゆっくりと梳り始めた。その滑らかな手の動きは、愛を確かめる時と全く変わらない。今目の前にいるアレキサンダーに王の表情はない。愛する者に身を任せ、恍惚としている男の表情だった。

「では、私はこれで失礼いたします」
「ヘファイスティオン、そこでの滞在は長くなる。気に入りの宦官ともしよかったら女も連れていけ」
「宦官だけ連れて行きます。女を連れていく気はありません。王よりも先に子ができるわけにはまいりません」
「愛妾として女を選ぶのも悪くないぞ。誰でも気に入った女がいたらを・・・・気にしなくても俺のバルシネはとっくに子を産んだ」
「私は多くの者を愛することはできません。じきに暗くなります。失礼します」

逃げるようにしてアレキサンダーの天幕を出た。夕暮れが迫っている。私はあわてて旅の支度を整えた。もう1日ここに留まってもいいのかもしれないが、少しでも早くバゴアスのいる場所から離れたかった。彼の私を見るあの勝ち誇った表情はどうだろう?卑しい奴隷の身だからこそ王の愛を独占できる喜びは格別のものらしい。私は宦官も前から側にいた一人だけを連れ、あらかじめアレキサンダーが都市の建設のため選んでいたものを率いてその場を離れた。





「ヘファイスティオン様は私のことを思って他の宦官や女をお連れにはならなかったのですか」

夜、宦官の少年が私の体に身を摺り寄せ、甘えるような声で聞いてきた。

「そうではない、私の立場で多くの宦官や女を連れてきたら、面倒なことになるからだ。王の側に仕えることを拒まれ、出世の道が閉ざされた男が多くの者を愛し、子を作るわけにはいかないだろう」
「イスカンダル王は誰よりも貴方を大切に思い、貴方の出世を望んでおられます」
「気休めはやめてくれ、奴隷の身で何がわかる。余計なことは言わずに、ただ気分よく寝られるようにしておくれ」
「もうしわけございません・・・では、失礼いたします」

彼は指と舌を使い、的確に私の体の中心を刺激した。その動きは教えられてできるというようなものではなかった。彼ら宦官は男として生きることができず、その情熱も愛も何もかも主君として仕える者にしか向けられない。全ての思いをかけて愛そうとする気持ちが舌の先から伝わってくる。熱い息遣いが、胸の鼓動の高鳴りが、いやでも私の体へと響いてくる。バゴアスもまた毎夜このようにしてアレキサンダーを愛している。その心は私とは比べものにならないほど熱いのかもしれない。

「もし、私が戦死したら、お前はどうするのだ?」
「すぐに後を追います」
「私が本当に愛しているのはお前ではない」
「かまいません。王がお側にこられるその日まで、少しでもお役に立てれば・・・」

答える声に少しの迷いもなかった。バゴアスも同じ問いかけに同じ答えを返すのだろうか?いや、彼は私よりもずっと自分の方が愛されていると思っているかもしれない。勝ち誇ったあの目は・・・私は宦官の少年の柔らかな腰に手を添えた。

「もう充分だ。横になれ」
「はい」
「私は愛する者にしか、このようなことはしたくない。お前を愛している」
「ヘファイスティオン様」

同じ言葉を今アレキサンダーもバゴアスに向かって言っている。そして同じ行為を・・・私は少年の柔らかな体に自分の熱い塊を埋め込んだ。軽い呻き声が聞こえた。熱い塊は私の体を激しくゆすぶらせ、息を荒くした。これでいい、これでいいはずなのに、何を私は求めているのだろうか?





数日後、アレキサンダーから手紙が届いた。私はそれを誰もいない場所で開いた。


愛するヘファイスティオン、

お前はもうアレキサンドリアに到着しただろうか?俺達の都市、アレキサンドリア。今お前は目の前にはいないけど、すぐそばにいることには変わりない。

俺達はミエザで教えられた。男同士、真に愛し合う者は、ただ快楽を分け合うのではなく、その徳も知恵も勇気も魂も何もかも分け合い共にするものだということを・・・俺達は同じ一つの魂を持って生まれた。だがその体と才能は別々のものを与えられている。ヘファイスティオン、神、ヘファイストスは神々の中で一番醜かったが、素晴らしい鍛冶の才能を与えられた。お前もまた戦いではなく、建設に才能を発揮できる。エジプト、アレキサンドリアでのお前の働きぶりはまだ俺の記憶に残っている。俺がヘラクレスの血を引き、戦いを繰り返す力を与えられているのなら、お前はヘファイストスにより、再生の力を与えられている。

俺達は離れた場所にいても、一つの魂を共有し、同じ夢を見ている。素晴らしいことだと思わないか?俺が戦いで道を切り開き、遠くへ進み、お前が新しい都市を再生させる。アレキサンドリアは素晴らしい街になる。生き残った者とマケドニア兵がそこに暮らし、やがてたくさんの子が生まれる。新しく生まれた子は、今までのように一生同じ土地に縛られて働くだけではない。畑を耕す才能がある者は畑を耕し、牛を飼う才能がある者は牛を飼う。戦士になって戦ってもいいし、他の土地で技術を学び技師になって街の建設にかかわってもいい。学問が好きな者のためにアカデミーのような場所も開く。アレキサンドリアに生まれたものは、その才能と希望によって、どのような人生も選ぶことができるんだ。素晴らしいと思わないか?これは遠くに旅をしたヘラクレス以上の偉業だよ。俺にはただ戦いに勝つための才能しか与えられていない。その土地に新しい都市を建設するのはお前の役目だ。

昔、先生に教えられた。男同士の真の愛は世界を手に入れ、新しい国を作り出すと・・・今、俺達はその中にいる。お前の仕事を楽しみにしている。


アレキサンダー

君の夢は壮大過ぎて、僕には掴みきれない。会いたい、会ってただ話したい。僕は弱い人間だから君の温もりをいつも感じていたい。


書きかけの手紙を慌てて破り捨てた。

「ヘファイスティオン様、アレキサンダー王に渡される手紙はありますか?」

手紙を運んだ使者が聞いた。

「何もない。また都市建設の計画ができたら詳しい報告をすると伝えてくれ。」
「かしこまりました」
「思っていた以上に大きな仕事になるかもしれない。できれば一度王にもこの土地に足を運んでいただきたい」
「わかりました。必ずお伝えします」

私は連れてきた設計士や技師を呼び集めた。

「ここには、今まで見てきた街とは全く違う街を建設することにした。街の中心には市場と学問所を作る。街全体は城壁で取り囲み、少し離れた場所に神殿も建設しよう。このあたりは土地が肥沃だから多くの人間が住むことができる。近いうちに王が見に来るかもしれないので、その時までにしっかり計画を考えておくように・・・」
「ヘファイスティオン様、まさかエジプトのアレキサンドリアのような・・・」
「それ以上の都市になるかもしれない。アレキサンドリアと名づけるのだ。その名に恥じぬようにしなくては・・・・」
「かしこまりました」

アレキサンダーの壮大な夢は私には掴みきれない。だがその一部なら実現させることは可能かもしれない。エジプトのアレキサンドリアの街並みが、脳裏にはっきりと蘇った。


                                                  −つづくー


後書き
 ヘファイスティオンは軍事的才能よりも、むしろ外交や補給部隊、都市の建設など才能を発揮したそうです。たくさんあるアレキサンドリア、そのうちのいくつかにはヘファがかかわっていたのではないかと想像してみました。ただたくさんあるアレキサンドリアの中で、その後も栄えたのはエジプトのアレキサンドリアだけのようなので、その他の都市は大きく発展する前にアレキサンダーの本隊が遠くへ行ってしまい、中途半端なまま残されてしまったのかな、とも思いました。
2006、11、24

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