(46)報告
「ヘファイスティオン、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれと言いたいところだが、すぐにでも話が聞きたかった・・・それに・・・」
アレキサンダーの手は、すぐさま私の胸元へと滑った。王の天幕に私一人が呼ばれ、バゴアスも他の従者も誰一人他にはいない。二人で向かい合って座れば、彼の手は早急に私の胸を探った。
「骨の硬さが指でわかる。さぞ苦労したのだろう」
「あの土地では、医師も知らない熱病にかかることがある。強い毒を持つ生き物、激しく変わる天気、水も安心しては飲めない。何もかも注意が必要だ」
「この体を見ればよくわかる。お前も熱病にかかったのか」
「一度かかった。おそらく同じ病だと思う、数人の兵士と従者を一人失った」
「すぐに新しい宦官をお前のためにつけよう」
「いや、宦官はもういい。身の回りの世話をするだけだったら、誰か適当な小姓を一人つけてくれ・・・・」
「宦官ではだめなのか?」
「彼らは愛される以外に生きる術を知らない。王の寵愛を得ることだけに全てをかけ、仲間を恨み妬んで時には陰謀を張り巡らす。愛される以外に生きることを知らない彼らを身近に置けば、私はまた同じ過ちを繰り返す」
「過ちとはどういうことだ!」
彼の手は私の体の中心を強く掴んだ。痛みでのけぞり、小さな呻き声をあげた。私はアレキサンダーの両肩を掴み、顔を真正面から見た。
「私を見る彼の目が余りにも真剣だから、彼を愛してしまった」
「悪いことではないだろう。俺もまたバゴアスを愛している。お前にはできるだけ高い地位を与えたい。地位のある者が多くの奴隷や妾を持つことは誇るべきことだ。お前など少な過ぎるぐらいだ」
「ただの奴隷として、当然のことをさせているだけだと思っていた。寵愛してやらなければかわいそうだという気持ちからだった。だけど、小さな体を抱き、少しずつ彼が喜びを感じているのが自分の肌に伝わり、私も本気で愛するようになった」
彼は私の顔をじっと見た。そして唇を近づけてきた。舌を絡ませる深いキス。握られた部分が熱くなり、自分の意思とは関係なくビクビク動いているのを感じる。
「ヘファイスティオン、お前は正直だ。だが奴隷を本気で愛して何が悪い?俺もまたバゴアスに夢中になっている。なぜこれほど彼に魅かれるのか。あいつには心があるからだよ。心を失って生きるようになっても仕方のないほどの酷い目にあいながら、あいつは奴隷とされながらも心もプライドも少しも失っていない。お前もまたその宦官に心が残っているのを感じて、愛するようになったのだろう?昔のように、俺だけに夢中になれとはもう言わない。俺達はもう長い間、王と側近としての役割を背負って生きているんだから・・・」
彼の指は私の内部へと侵入してきた。腰をくねらせ、喘ぎ声を上げながらも、必死にそれをこらえた。
「待って、アレキサンダー、私はまだ、君にいうべきことをすべて報告していない」
「そんな報告は後からゆっくり聞く。数ヶ月の間、離れ離れになっていたんだ。体がお前を求めて唸っていた。バゴアスだけでは、俺は決して満たされない」
「私は君を裏切った!医師が止めるのも聞かず、病気になった奴隷をずっと抱きかかえ、自分も熱病にかかり生死の間をさ迷った・・・」
「ヘファイスティオン・・・・」
「わかっていながら、彼を見捨てることができなかった。せめて自分の腕の中で死なせてやりたかった。その時私は君のことを忘れていた。冷静に判断すれば、そんなことをして自分が病にかかれば、君にどれだけの迷惑をかけるか考えもせずに・・・私のとった行動は間違っていた・・・・間違っているのはわかっていた・・・それなのにどうしても・・・」
アレキサンダーは私の肩を抱き寄せた。そして頭を下げ、胸に顔をこすりつけてきた。しばらくして嗚咽が聞こえてきた。彼は泣いていた。泣きじゃくっていた・・・
「アレキサンダー・・・どうして・・・・」
「わからないのか!お前を失うことを俺がどれだけ怖れているか・・・偵察に行かせた後、どれだけ心配して帰りを待っていたか。どうして奴隷のことまでお前が心配する?悪い人間のところに売られて、もっと酷い目にあい、命を落としていたかもしれない。お前が大切にしてやっただけでも充分幸せだったはずだ。どうしてそこで同情した!自分の任務を忘れたのか!」
「・・・・・」
「お前は優しすぎるんだよ・・・・優しすぎて誰にでも同情する・・・・でもそれで命を落としたらどうする?・・・それでお前は本当に熱病にかかったのか?」
「・・・・・」
「自分の時は他の者を先に行かせ、一人でずっと苦しんでいたんだろう。わかるよ、目に見えるようにわかる」
「一人ではなかった・・・・死んだ彼が側に付き添ってくれていた」
「お前は俺がどれほど愛し、必要としているか少しもわかっていない。わかってくれ、いい加減わかってくれよ!」
彼は泣きじゃくりながらも、力強い手で私を押し倒してきた。私の衣服を引きちぎるようにして剥ぎ取り、激しく自らの体をこすり付けてきた。彼は私の体の上で小さな子供のように暴れまわった。
「約束するよ、アレキサンダー。二度とこんなことはしない」
「本当だな、本当にもう二度と・・・・お前が大切だ・・・・誰よりも・・・・死にかけた奴隷を抱いてずっと側にいた。そんなことするのはお前ぐらいだ。彼はどんな顔をして死んでいった?」
「穏やかな顔だった・・・・」
「きっとそうだろうな・・・・お前に抱かれれば誰でも・・・この俺ですら穏やかな心になれる・・・」
「アレキサンダー、約束するよ。僕は決して君から離れて遠くへは行ったりしない」
「何度も同じ言葉を聞いている」
彼の激しさは治まった。私が肩を抱くと、彼もまた胸と腰をピタリとつけてきた。そして彼は私の足を開き、中へとゆっくり入った。あの痛みも囁き声も今は遠のいているようだった。私はほっとして腰を持ち上げ、さらに深い場所へと彼を導いた。私の体は今喜んで彼を受け入れている。
「ヘファイスティオンのインドでの偵察は以上で終わりだ。おかげでこの土地について多くの情報を得ることができた。わが軍はこれからインドへ向かって進む。何か意見のある者はいるか」
数日後、側近や指揮官などが大きな天幕に集められ、会議が開かれた。
「意見がある者と言ったって、もう王は結論を出しているんだろう。俺達はただこれからどこへ連れて行かれるか、その予定を聞かされるだけだ。どこへ行くかは王の思いのまま、ただ予定を教えてもらえるだけ、奴隷よりはましっていうだけで・・・」
「後は馬に乗っていける、荷物を持たなくていい、鞭で打たれない、尻の痛みに耐えなくていい。そんなところか、奴隷との違いは・・・」
「カッサンドラ、クラテラス、何を言っている。我が軍は今までもずっと会議で大切なことを決めてきたではないか。ペルシャのような奴隷と傭兵ばかり集めた軍隊とはまるで違う」
「その民主的な会議でフィロタスを陥れた。気の毒にな。奴隷や傭兵ばかりのペルシャ軍にいたら、あいつは殺されずに済んだのに・・・」
「おい、カッサンドロス、余計なことは言うな。インドへ行くという話はよくわかった。だが、そこには本当にペルシャのように強大な権力を持つ帝国が存在するのか?エジプトと違って、インドに大帝国が存在するなどという話は聞いたことがない。もし、国がなくただ原住民が村を作って生活しているだけの場所だったら、わざわざ軍全体が行く価値があるのか?戦利品も期待できず、偵察だけでも何人も熱病で死んでいるような場所、兵士はいやがるに決まっている」
「プトレマイオス、いい意見を言ってくれた。確かにインドには巨大な帝国の噂はない。だがこの地方には、他には育たない植物が生えている。あの像を飼いならし、牙を集めて工芸品を作っている。ヘファイスティオン、あれをみんなに見せろ」
アレキサンダーに言われて、私はすぐにインドの町で手に入れた象牙細工や香辛料などを見せた。
「これは像の牙で作られている。こっちは胡椒だ。金と同じ重さで取引されている。私はインドで直接王に会ったり王宮を見たわけではないが、村人から話を聞き、その地方を治める王の存在を聞いた。これらの交易品があるとすれば、かなりの富を蓄えていると思う」
「本当にそうか、それならば行く価値がある」
「やっかいな病気があると聞いたが・・・」
「病気のことも充分対策は考えてある。村人にいろいろな薬草を教わった」
「宦官を使って試してみたのか。結局死んでしまったそうだけどな」
「薬は間に合わず、彼を救うことはできなかった。だが私自身が熱病にかかり、薬の効果を試した」
「ヘファイスティオンの偵察は大いに価値のあるものだった。これからインドへ向かい、充分な成果が得られれば、その功績を称え、ヘファイスティオンは摂政の位に任命しようと思う」
「ちょっと待ってくれ、摂政はペラに残っている俺の父親のアンティパトロスが・・・」
「そのことについてはいろいろ噂も聞いている。いずれペラの摂政も交代せねばならないと考えていたが、それとは別にこの軍の中で摂政を決めてもいいだろう」
「アレキサンダー、軍の中に大きな序列を作るのか。ここにいるのはみんな貴族や王家に近い家柄の者ばかりで、今までの功績によって役職を与えられてきた。将軍、指揮官、千人隊長・・・・だが全てを指図するのはただ一人の王だけであって、軍隊には昔から摂政など置かなかった。マケドニア軍はいままでずっと話し合いでものごとを決めてきた。摂政など決めたら士気が下がるばかりだ。政治のことはペラに残っている連中に任せればいい」
「そういうわけにはいかない。ペラから遠く離れた場所に来ている。この中でもしっかりした序列が必要だ」
「だったらさっさと帰ればいいだろう。インドなんかへ行かず・・・俺はもううんざりだ、早く帰りたい」
「カッサンドラ、一人だけ違う意見を言うのか」
「ああ、そうだ。こんな遠征軍にこれ以上ついて行っても出世は見込めない。それよりペラにもどって政治にかかわっていた方がよっぽどましさ・・・・」
アレキサンダーの顔色が見る間に変わった。カッサンドラの首を掴み、喉を締め上げて頭を激しく揺さぶった。
「アレキサンダー、やめてくれ」
私がアレキサンダーの手を押さえると、ようやく彼はカッサンドラの首から手を離した。彼は激しく咳き込んでその場に倒れた。
「ヘファイスティオンのおかげで助かったな、カッサンドラ。お前がアンティパトロスの子でなかったら、とっくに反逆罪で処刑していたところだ。それほどこの遠征軍に不満があるのなら、今すぐペラに戻れ!ただしアンティパトロスがこのまま摂政を続けられるとは思うなよ。私の考えが変わらぬうちに、今すぐ隊を離れろ」
カッサンドラはよろよろと立ち上がり、アレキサンダーの顔を見た。だが何も言わずに天幕の外へ出て行った。
「他にもいるか!カッサンドラと同じように考えている者はこの中にいるのか!」
アレキサンダーは大声で叫んだ。だが誰も声を出す者などいない。
「全員賛成だな。私は決して暴君でも独裁者でもない。大切なことはみな会議で決めている。これほど民主的な軍隊がどこにある。これほどの大きな国を治めながら、私はまだ民主制を保っている。このような国はどこにもない。わが軍はインドへ向かい、さらに南へと進む。そのように準備しろ。よいな!」
アレキサンダーは出て行った。一斉にざわめきが起こった。私は慌てて彼の後を追った。
「アレキサンダー!」
「何が民主制だ!何が会議だ!みな自分の出世と自分の身の安全を考えているばかりだ。カッサンドラのようなやつはペラに戻ればいい。これで規律は保たれる。すぐ全軍に連絡する。出発の用意を・・・」
「アレキサンダー、落ち着いて・・・そんなに急がなくても・・・・」
「カッサンドラがペラに到着する前に、こっちはインドの王を服従させて莫大な富を手に入れていよう。そうすればさらに東へと・・・」
「アレキサンダー・・・」
彼の目は血走っていた。こうなると私が止めることなどできない。自分もまたすぐに出発の準備をしなければならない。カッサンドラの何気ない言葉が、彼の心に火をつけてしまった。だが、本当にその炎の恐ろしさを知ったのは、インドへ向かって行軍を始めた数日後であった。
−つづくー
後書き
インド偵察の報告だけにしようと思ったのですが、会議を書き出したらカッサンドラが文句を言い出したので、ペラに帰ってもらうことにしました。この人をしゃべらせると止まらなくなります(笑)このままではアレキサンダーに殺されそうなので・・・実際にもバビロンで父の弁護のために再会するわけですから、またバビロンあたりで再会させようかと・・・それにこの人がインドのジャングルや砂漠の行軍についていくというのもあんまりイメージできないです。映画ではちゃんと行っていましたが、いつもきれいにしていたし・・・
2006、12、21
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