(47)反乱(前編)

        注意 このページにはかなり残酷な描写も出てくると思われますので苦手な方は
            読まないでください。

私達の隊は全員がインドへと向かった。兵士だけではない。それ以上の数になってしまった女や子供、奴隷や従者など、そして学者、料理人、建築士、占い師などありとあらゆる人間を連れ、数万の人間が移動する長い列になった。アレキサンダーは馬に乗って先頭を行き、そのすぐ後ろに側近からなる護衛隊、騎兵隊、長槍を持つ歩兵隊などが後に続いた。その後ろ、先が見えないほど離れて兵士以外の者の長い列が続き、私は数人の護衛の者と一緒に最後尾を行くよう命じられていた。

数日の間、移動は何事もなく続いた。後ろの方の列は遅れがちで、先頭とは別の野営地で夜を過ごすようになっていた。私は野営地に着くとすぐに遅れた者がいないかを確認するために全体を見て回った。ある大きな天幕のそばの木に数頭の馬が繋がれているのを見た。荷物の運搬用の馬ではない。騎兵隊の馬であった。もうずっと先まで進んでいるはずなのに、なぜここで騎兵隊の者が野営をしているのか。天幕をめくって中へ入った。

「お前達は騎兵隊の者であるな。なぜ隊から外れてここで泊まっている?」
「ヘファイスティオン様、申し訳ございません。一人体調を崩した者がいて、同じ列の者が一緒に残ったのです。隊長にはきちんと伝えてあります」
「そうか、まだひどいのか?」
「いえ、だいぶよくなりましたので、明日には追いつけるかと思います。どうかこのことは王には・・・」
「わかった、王には言わないようにしておく、明日には追いつくようにしろ」
「ありがとうございます。助かります」

私は天幕の外に出た。

「おい、まさか本人が見回りにくるとはな・・・」
「大丈夫だ、向こうへ使いを出したりはしない。それに王はもう川を渡っているはずだ。すぐには戻れない」

中から囁き声が聞こえた。

「ヘファイスティオン様、いかがされましたか?」

護衛隊の者の一人が私に近づいてきた。

「私の思い過ごしかもしれないが、騎兵隊の者数人がここに残っていて、どうも様子がおかしい」
「すぐ王のところに使いを出しましょう」
「いや、そこまでする必要はないだろう。ことを大きくすればこの者達が処罰を受けることになる。ただお前達は念のために彼らを交代で見張っていてくれ。そして何かあったらすぐ私に報告してくれ」
「わかりました」





夜になった。今まで見たこともないような赤い月が昇った。なにか不吉なことでもあるのだろうか。夕食を済ませた後、護衛隊の者の一人が私の天幕の中へ入った。

「何か変わったことはあったか」
「いえ、しかし・・・」
「気になることでもあるのか」
「あの者達はヘファイスティオン様に対して、かなりひどいことを言っていました。王に伝えた方がいいのでは・・・」
「いや、悪口を言われたぐらいで王に告げ口することはないだろう。私のような立場の者に対しては、皆さぞ不平や不満を持っているだろう。それでいい。王に対する不満もむしろ私に向けられた方が・・・どんなことを言っていた?」
「小声で、離れたところから聞いていましたので、はっきり全部聞き取れたわけではありませんが、ヘファイスティオン様などもどって来られなければよかった。あなたのせいでみな危険なインドなどへ無理やり行かされると・・・」

遠くで悲鳴が聞こえた。あちらこちらで続けて悲鳴やら喚き声がする。

「なんだあの声は・・・」

天幕は激しく揺れた。護衛の男は私の手を掴んだ。天幕が切り裂かれ、数人の男が中へ入ってきた。皆、戦いの時と同じように完全に防具で身を固め、手に長い剣を持っていた。どの男が持つ剣も先が血で汚れている。

「ヘファイスティオン、ここにいたのか」
「その声はお前、コイノスじゃないか」
「ヘファイスティオンだけは殺すな!他はみな殺せ!」
「何をする、コイノス!気でも狂ったのか!」
「ヘファイスティオン様、ここは私に任せて・・・・・うわー!・・・」

護衛の男は後ろから刺されて倒れた。私は剣を取ろうとしたが、それより早く数人の男に手足を押さえられた。コイノスが私の首に剣の刃を当てた。

「静かにしなければすぐにこの首を飛ばす。外に連れて行け!」
「何をする、コイノス!こんなことをしてすむと思っているのか。すぐにこの手を離せ!」
「王がいないところでも随分威勢がよくなったじゃないか、ヘファイスティオン。やっぱり摂政ともなると、違うな。だが残念ながらお前が摂政になることはない」
「何を言う。お前は王とは古くからの・・・・うっ・・・」

腹を強く蹴られ、声を出せなくなって体を丸めた。アレキサンダーよりも10ぐらい年上のコイノスは、騎兵隊の中でも力自慢の男として有名で、私も彼も子供の頃からよく知っていた。

「やめてくれ・・・これ以上のことは・・・たのむ・・・」

また耳を劈くような悲鳴が聞こえた。かん高い声は女か子供かもしれない。

「やめてくれ・・・お前がこの騒ぎを引き起こしているなら・・・どうかそれ以上のことは・・・ううっ・・・」

もう一度腹を蹴られ、うずくまった。両腕は折れそうなほど強く後ろに回され押さえつけられている。そのまま天幕の外へと引きずり出された。あちらこちらからかん高い悲鳴が聞こえる。松明を持った男達が走り回っている。

「やめろ!今すぐやめさせろ。女や子供ばかりだ。皆殺しにする気か?」
「お前の態度次第によっては、あいつらの命だけは助けてやろう」
「何が望みだ?」
「逃げられては困る、くくりつけておけ」

私の体は天幕の太い柱に頑丈に縛られた。松明を持った男の一人がコイノスに何か囁いた。彼はニヤリと笑った。

「よく聞け、ヘファイスティオン。お前の護衛隊は全員死んだ」
「全員殺したのか!お前達は全部で何人だ?」
「百人以上はいるとだけ言っておこう」
「そんなに大勢が・・・・」
「俺の呼びかけにみなすぐ賛成してくれた。誰もかれもがもううんざりしていた。山を越え、ペルシャの果てまで行って今度こそせめてバビロンに戻れると思ったら、今度はインドときた。それもこれもヘファイスティオン、お前が王を煽っているからだろう。戦いで手柄を立てることができないから、危険な偵察に行くと言い出して、実際は数ヶ月の間どこへ行っていたんだか、奴隷の一人も死んで慌てて逃げたんじゃないのか?それをさぞ遠くまで行ったように王に伝え、あわよくば摂政になろうと・・・」
「インドへ行くのが反対でこのような反乱を起こしたのか!それならばなぜ会議の場ではっきり言わない。お前もあの会議にいたはずだ。カッサンドラのように意見を言って戻ればよかったものの・・・こんなことをして女子供まで殺し・・・」
「俺たちとカッサンドラは違う。アンティパトロスという後ろ盾があるから殺されずにすんだ」
「そんなことはない。アレキサンダーは専制君主ではない。意見を言った者を殺すようなことは決して・・・」
「お前は何もわかっていないようだな。まあいい、好きなだけ王を褒め称えていろ。夜が明ける前に死んでいくのだから・・・」
「私を殺したらどういうことになるかわかっているのか!」
「ふふ・・・威勢だけはいい」

いつのまにか大勢の男が周りに集まっていた。百人以上いる。コイノスの言ったことは嘘ではないらしい。

「馬は必要な数がそろっているか」
「大丈夫です。数日前から考えて用意しておきました」
「女はあんまり欲張るな。いい女だけ選んで連れて行け。なあに女などどこでも手に入る」
「財宝がまだ見つかってないのですが」
「まったくないのか!」
「もうしわけございません」
「よく捜せ、どこかの荷物に隠してあるはずだ。おい、ヘファイスティオン、金、銀、宝石はどこに隠してある」

私ははっとした。彼らは財宝を捜している。それを持って逃亡する気だろう。上を見て月の位置を確かめた。赤い月はさらにその色の濃さが増し、血をべったり塗られたような色になっている。夜明けまでまだかなりありそうだ。百人以上の兵士がここに集まっているとすれば、夜が明けるころにはきっと異変に気づいてくれるだろう。

「財宝はまとめて運んだりはしない。途中盗賊に襲われることもある。分けて決して外からはわからないように隠してある」
「どこにあるか知っているのか」
「もちろんだ。私は大切なことはすべて王から教えられている」

嘘である。財宝はすべて王の護衛隊にいる者が分けて運び、後ろの荷車などに隠してはいない。だがそう思わせておけば、それを捜す間に助けがくるかもしれない。コイノスが笑いながら近づいてきた。

「ならばその隠し場所を早く教えるんだな。痛い目にあいたくなければ・・・」
「お前になど決して教えない」
「ならば無理やり聞き出すだけだ・・・フィロタスは拷問された時、女のようにヒーヒー泣いたとお前達はバカにしているようだが、あれは強い男だった。どれほどの拷問を受けても、ついにパルメニオンの関与をしゃべらなかった。お前にそれだけの強さがあるかな」
「何をする気だ?」
「右手と左手、どちらを先にした方がいい」
「左手にしてくれ」

とっさにそう答えた。右手を傷つけられてはもう剣が握れなくなる。

「それならば右手にしよう。手を押さえていろ」

柱に縛られた手のうち右手だけが引っ張り出された。何人もの男が手だけでなく縛られたままの体まで押さえつけた。

「これは簡単だが、かなり効き目のある方法だ。いやなら早く財宝のありかを話せ」
「分けて隠してある。一度にすぐには話せない」
「ならばそのうちの一つだけでも・・・」

私は首を振った。そして目を固く閉じた。次に何をされるかはわかっていた。指先に激しい痛みが走り、すさまじい叫び声を上げていた。その痛みは一度だけではなかった。そのたびに体を仰け反らせた。目の前に血のついた月が見える。その月に向かって獣のような叫び声を上げていた。






「まさか、爪一枚剥がされたぐらいで、気絶するとは・・・」
「こんなやつが、王の愛人としてのさばり、いい気になっているとは・・・」
「ついでだ。もう一本・・・」
「待て、話ができなくなっても困る。早く起こせ」

頭に鋭い痛みを感じ、目を開いた。水をかけられたようだった。目から涙がこぼれていた。

「お願いだ・・・なんでも話す・・・もうやめて・・・」

泣きながら口から許しを乞う言葉を口にした。

「なんでも話す・・・財宝なら・・・・」
「本当だな、よし、調べて来い。うそだったらまた痛い目にあうぞ」
「やめてくれ・・・お願いだから・・・・」

口はもう自分の意思とは関係なしに動いていた。指の先が燃えるように熱い。その手を顔の前まで持ち上げて見た。血で真っ赤に染まっている。月からもまた赤い血がしたたり落ちていた。



                               ーつづくー



後書き
 年の暮れの忙しい時期にこんな話を思いついてしまって、かなり痛そうな話ですみません。でもヘファの場合書いている本人も痛みを感じながら書いています。インド遠征、地図をよく見ると海岸から離れた北部の方にだけ行ったようなので、偵察も海は通らないというように訂正しておきました。最初、川の前辺りで反乱を起こそうかと思って地図を見たのですが、隊列が長くなっていれば、川がなくても本隊から離れてしまうこともあるだろうと、別の野営地ということにしました。
2006、12、22



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