(48)反乱(後編)
        注意 この話も前編と同じように残酷な描写がありますので、苦手な方は
            読まないでください。

遠くから馬の駆ける足音が聞こえる。一頭だけではない。数百頭の馬がこちらに向かって駆けてくる。だが、音の様子からしてここに到着するまでには、まだ当分かかりそうだ。それを彼らに伝えるべきなのかどうか。伝えれば彼らはあせって私を殺してから逃げるかもしれない。だが、伝えなくてもすぐに気づいてしまうだろう。やはり私は殺されるのか・・・

「静かにしろ!馬の足音が聞こえる。騎兵隊がこちらに向かっている」

私は大声で叫んだ。コイノスが振り返った。

「なに!王がこっちへ来ているというのか。ならば財宝はあきらめ、お前を殺して逃げるまでだ」
「待て!私を殺したら、王は決してお前達を許しはしない。例えどこへ逃げようと必ず捜し出して一人残らず殺される」
「どこへ逃げたかなどわからないだろう」
「王の怒りの激しさをお前達は知らない。以前ダレイオス王を裏切り、死に追いやった者がどうなったか忘れたか。一人残らず捕えられ、ペルシャと同じ残虐な方法で処刑された。私が殺されればアレキサンダーは同じことをする。命が惜しいなら、私をそのまま置いて早く逃げろ」
「馬の足音など全く聞こえない。お前は命拾いしたくて嘘を言っているな」
「コイノス様、早く逃げましょう。確かに馬の駆ける音が・・・・」
「そんなもの聞こえるわけがない。気の迷いだ。早く財宝の隠し場所を言え!まだ夜明けまで時間はたっぷりある。夜道をそう早く馬が走れるわけがない」
「アレキサンダーは普通の人間とは違う!私は警告したぞ。王の怒りがどれほどのものか、私はよく知っている。二度とあのような怒りの姿は見たくない。彼の怒りは空を震わせ、大地を真っ赤に染め上げる。早く逃げろ!赤い月から血が滴り落ちている!」

この世のものとは思えないほどの激しい唸り声が聞こえた。砂嵐が巻き上がり、何も見えなくなった。馬の走る音、叫び声、剣のぶつかる音、縛られている私はただ何事が起きているのか、音で確かめるしかない。

「ヘファイスティオン様、ご無事でしたか。すぐ安全なところへお連れします」

誰かが縛られた私の体を自由にしてくれた。固く縛られ、極度の緊張と恐怖で硬直していた体に再び血が流れ出したのを感じた。指先が激しく痛み、血が滴り落ちているのを感じる。私は体を丸めた。

「しっかりしてください。すぐに安全なところへ・・・」
「アレキサンダーが来てくれたのか?」
「はい、王が異変に気づかれ、すぐこちらに向かうようにと命令いたしました」
「そうか、気づいて・・・」

激しい叫び声が次第に遠く小さくなっていった。私は再び意識を失っていた。






再び激しい悲鳴が聞こえた。飛び起きると目の前にアレキサンダーの顔が見えた。

「この声は・・・・」
「ヘファイスティオン、気がついたか?反乱は鎮圧した。生き残った者を捕え、誰が計画を考えたのか、拷問で聞き出しているところだ」
「やめてくれ・・・拷問は・・・思い出してしまう・・・」

遠くから聞こえるかん高い叫び声が指の間に響いた。絶叫が爪先に割って入り込み、じりじりともう一度残された爪を剥がそうとする。手を丸め、体を縮めて自分も叫び声をあげていた。

「やめてくれ・・・お願いだから・・・アレキサンダー・・・」
「お前をこんな目にあわせたやつらを許すわけにはいかない。同じ、いやその何倍も苦しめて殺してやる」
「止めてくれ、もういい」
「お前はここで待っていろ。誰が主犯かもう一度問いただしてくる」
「主犯はコイノスという男だ。わかっている・・・だからもうこれ以上・・・」

主犯とされた男がどのような刑罰を受けるかよりも、これ以上拷問の悲鳴を聞いていることに耐えられず、私はコイノスの名前を口にした。

「そうか、コイノスがこれを計画し・・・」
「アレキサンダー・・・彼らとて迷いがあり、私の命を助けた。心底私達を憎み、裏切ろうと堕落してこのようなことを起こしたわけではない。今まで共に戦ってきて、それがもう限界にきて・・・・」
「何が限界だ!これほど大きな謀反を許すわけにはいかない。お前がいくら止めようと俺はけっして止めない。謀反を起こした者の顔を一人一人目に焼き付けてくる。お前はここに残っていろ」

アレキサンダーは私を残し、天幕の外へ出て行った。ひときわ鋭い悲鳴が聞こえた。私には外で行われていることがはっきりと見えてしまった。王の命令で残酷な拷問を受ける謀反を起こした者達。彼の怒りは止まることを知らない。アキレウスと同じように大地を震わせ、神々でさえ、おののかせるだろう。私はただ彼の天幕の中、一人で震えているしかなかった。





翌朝、反乱を起こして捕えられた者はみな、河原へと連れて行かれた。生きて捕えられた者は13人、誰の体にも拷問の酷い痕があり、その場で殺された者の方がどれほど楽だったろうと思った。彼らは石打の刑で処刑されることに決まった。杭が立てられ、それぞれ縛りつけられた時、コイノスが大声で叫んだ。

「一つだけ頼みがある!」
「頼みとはなんだ」
「俺達の体をこの川の方角に向けてくれ」
「どうしてだ?」
「遠征の様子がよく見える。この先、遠征隊がどうなるか俺にはよくわかっている。熱病で倒れ、わけのわからない生き物の毒でやられ、蛮族の槍で突かれ、仲間割れが起き、その数は少しずつ減っていく。その様子をじっくり眺めて楽しみたい」
「そうか、ならば望みどおりにしてやろう。全員、川に向かって縛り付けろ。用意が済んだら私の合図で石を投げ始めろ。そして私の合図で止めるんだ。いいな」

全員が縛られ、たくさんの兵士が前に並び、処刑の用意は整った。

「ヘファイスティオン、辛いならお前は見ないようにしていろ」
「いや、私も最後まで見届けないわけにはいかないだろう」
「それならば、最後まで見ていろ。今より、反乱を起こし、多数の仲間を殺した者達を、反逆罪として石打の刑に処す。石を用意しろ!」

アレキサンダーの合図で兵士達は一斉に石を投げ出した。13人の絶叫する声が聞こえた。石は次々と投げられ、杭の足元は血で染まった。すぐに絶命する者もいれば、なかなか死に切れず、苦しげな呻き声を上げ続けている者もいる。

「石を投げるのを止めろ!」

アレキサンダーの声が響いた。だが呻き声もまだ聞こえている。

「アレキサンダー、まだ生きている者が・・・」
「これでいい。謀反を起こした者は、ここで永遠に喚き続ければいい。我らの行く道を見て、その罪の重さを思い知るがいい。今すぐ出発するぞ。川の浅瀬を渡る」
「アレキサンダー・・・それはあまりにも・・・」
「王よ、どうかお情けを・・・」
「彼らの息の根を止めてから・・・」
「彼らとて、私達と一緒に戦ってきた仲間です。どうかお情けを・・・」
「情けなど与えない。お前達は私達をあざ笑い、永遠にここで喚き続けるのだ。早く行け。ぐずぐずする者は同罪として、同じようにここに縛って残していくぞ」

彼の命令に隊列は慌てて前に進み出した。兵士の列の後には、女や子供、奴隷などの長い列が続く。その誰もが、死にかけた者達の苦しげな呻き声を聞きながら、前を通り過ぎるのであった。






夜になった。また今夜も真っ赤な月が出た。外に出ると随分離れた場所まで来ているのに、まだ苦しげな呻き声が聞こえた。私は数人の従者にわけを話し、処刑が行われた河原へと戻った。他の者を離れた場所に残し、一人殺された者達の前へ進んだ。呻き声はもう聞こえない。全員死んでいるはずなのに、なぜ離れた場所から私の耳にだけ、声が聞こえたのだろうか。

「コイノス、そして謀反によって処刑された者達よ。死してなお伝えたいことがあるなら、私に言ってみろ。伝えたいことがあったのだろう」

私の声だけが広い河原に響いた。

「お前達の本当の気持ちは私にはわからないかもしれない。だが、同じマケドニア人としてお前達が最後に何を望んだか、わかるような気がする」

縛られて死んでいる者の体を少しずつずらし、川の反対側へと向けた。13人、全員の位置を少しずつ動かした。

「見えるか。マケドニアは向こうの方角だ。コイノス、なぜ最後まで強がりを言う。お前が本当に見たかったのは、私達の行く先ではない。ただ故郷、マケドニアの風景だったのだろう。後少し、この遠征が終わればそろってマケドニアに帰還し、全員が英雄として迎えられたのに、なぜこんな場所で命を落とす。お前が死ぬべき場所はここではなかったはずだ。見えるか、マケドニアの景色が・・・お前達の戻るべき場所はそこだろう」

広い河原にざわざわとしたささやき声が聞こえるのを感じた。

「アレキサンダーの怒りは激しく、お前達に永遠にここでうめき続けろと命じた。だが私は敢えてその命令に背き、お前達の魂をこの場所から解放する。好きな場所に帰るがいい。お前達を苦しめ、死に至らしめた者は今目の前にいる。お前達が恨むべき相手はアレキサンダーではなく、この私だ。この顔を、姿を目に焼きつけ、そして好きな場所に行くがいい。決してこの地にとどまってはならない」

たくさんの者がすぐ側に集まっている気配を感じた。

「私達は東へと進む。お前達の嘆きや恨み、苦しみはすべてこの私が引き受ける。だからけっしてアレキサンダーだけは恨むな!」

誰かが私を後ろから抱きしめた。

「ヘファイスティオン、お前どうしたんだ?今、誰と話している?わからないのか、あいつらはみんな死んだ」
「お前達、恨みがあるならば、この私を恨むがいい。私がインドの偵察から戻らなければ、お前達はこのような死に方をせずに済んだ」
「ヘファイスティオン、しっかりしろ。俺がわかるか」
「お前達の恨みなど、私は少しも怖くはない。私が怖れていることは・・・ただ・・・言いたいことはそれだけか、コイノス・・・私は怖れたりなどしない・・・」
「お前、一体どうしたんだ?」
「彼の本当の恐ろしさをお前は知らない。また赤い月が出た。月が血で染まっている・・・赤い血がここまでしたたり落ちてくる・・・お前達、ここで何をしている、早く逃げろ!はやく・・・・」


                                  −つづくー




後書き
 年末、とんでもない場面で終わっていますが、ひとまず「神話への挑戦」はここで区切りをつけて、また違う話を書きます。
2006、12、25



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