(54)罠(***)  
                注意 このページは残酷な描写がありますので、苦手な方は読まないで下さい。

私は数人の従者を連れて越えて来たばかりの砂漠へと馬で戻った。水と食糧を充分に用意したので不安はない。しばらくの間はバゴアスを捜すというよりも遅れた者、倒れている者を救い出してオアシスまで連れていくという作業で数日が過ぎた。砂漠で倒れ、死にかけていた者が私達の姿を見た時は神のようにあがめ、涙を流して喜んでいた。どれだけの者がこの砂漠で命を失ったかわからない。次第に生きている者より死んだ人間を見ることの方が多くなりながら、私達は夜の砂漠を奥へと進んだ。月明かりの中ラクダの群れが見えた。砂漠を旅して交易をしている部族だろうか。慎重に近づいた。向こうは二十人以上はいる。皆、馬の上から槍や弓をかまえた。一人の男がラクダから降り、私も同じように馬から降りた。

「あなた方は、アレクサンドロス大王の・・・・」

彼はペルシャ語で話しかけてきた。私は知っている限りのペルシャ語で答えた。

「そうだ、アレクサンドロス軍の者だ。王は寛大な心の持ち主だ。礼儀をつくせば、決してお前達の部族と戦うようなことはしない」
「実は、ペルシャ人の若者が一人倒れているのを見つけました。豪華な衣装を身につけていたので村に連れ帰り、手当てをして事情を聞きました。自分はイスカンダル王に仕えていたのだが、仲間のいやがらせで道に迷ったと言っていました」
「名前はなんという」
「バゴアス、とかそのような名前でした」
「バゴアス、やっぱりバゴアスか。死ぬか生きるかというような砂漠ですら、嫉妬にかられてそのようないやがらせを・・・戻ったらアレキサンダーにもよく言っておいた方がいいな」
「ヘファイスティオン様、どうか陛下にはそのようなことは言わないでください。陛下に知られれば、厳しい処罰を・・・」

連れて来た従者の一人が慌てて口を挟んだ。彼の親類の子がアレキサンダーの小姓の一人として仕えていた。

「わかった、悪いようにはしない。とにかくバゴアスがいるという村へ行ってみよう。案内してくれるか。もし本当にバゴアスを助けたというのなら礼ははずむ」

言いながら私は馬に乗った従者達の顔を見回した。不満がありありと見て取れる。バゴアス一人のためにここまで来たこと、彼を連れ帰れば逆に同胞のマケドニアの少年が罰せられるかもしれないという怒りと不安が感じられた。

「お前達はここから遠征軍のいるところに戻って、バゴアスは見つかったとアレキサンダーに報告してくれ。私がバゴアスを連れ帰る。彼によく言い聞かせ、けっして小姓の少年達が不利になるようなことは言わせない」
「ヘファイスティオン様、あなた一人が行くというのは危険です」
「このあたりの土地の部族は、みな我が軍に忠誠を誓っているはずだ。心配することはない。すぐに案内してくれ。アレキサンダーが心配している。少しでも早くバゴアスを連れ帰りたい」

私は自分の馬に飛び乗った。従者は戻り、私一人がラクダ隊の後について行った。





バゴアスが介抱されたという村は思ったより遠く、夜が明けた。砂漠の太陽が容赦なく照りつけ、馬が砂の上を歩きにくそうにしている。

「村へはまだ着かないのか」
「もう少しだ。ここで休む場所などない」

またしばらく進んでようやく白い家らしきものが見えてきた。私達の通り道からははずれていたが、オアシスにできたかなり大きな村らしい。ここで馬を休ませ、草も食べさせられるだろう。案内された泉で馬に水を飲ませ、自分も手を浸して飲んだ。水の冷たさが心地よい。

「さあ、もうこれぐらいで。あなたが来たことで、彼も喜ぶでしょう」

ラクダ隊もそれぞれの家に戻ったらしく、最初に話した男だけが私のそばにいた。案内されるまま白い大きな建物の中に入った。中は薄暗く、がらんとしている。階段を下りていく。

「地下に部屋があるのか」
「はい、ここは昼間非常に暑くなります。人が暮らす部屋は地下に作ってあります」

階段を下りると、石造りの大きな部屋になっていた。人の声が聞こえる。一人や二人ではない。大勢のざわめきに混じって、かすかな呻き声が聞こえてきた。

「おい、どこへ案内しようとしている!」

私は不安になり、大声で叫んだ。大勢の男達が目の前に現れた。みな大きな三日月形の剣を構えている。一人の男が少年の肩を掴み、首に剣を近づけた。

「バゴアス!」
「彼を殺されたくはないだろう。武器を捨て、我々の言うとおりにするのだ」
「彼をおとりにして、騙したのか。私をどうする気だ?」
「いや、ちょっと遠征軍について詳しい話を聞きたいだけだ。悪いようにはしない」
「彼を放せ、戦うことができない宦官なんだ」
「噂どおりだ。アレクサンドロス大王の側近ヘファイスティオンは、慈悲深い心の持ち主だから、自分にどれほどの拷問を加えられてもしゃべらないことまで、他のやつが痛めつけられれば簡単にしゃべってしまう。二人とも連れて行け!」

私の短剣は取られ、何人もの男に押さえつけられて別の部屋に連れていかれた。そこはもう明らかに拷問用の部屋でそのためのいろいろな道具が置いてあった。薄暗い部屋はカビと血の臭いがする。遠くの方で呻き声も聞こえる。私は立ったまま太い石の柱に縛りつけられ、バゴアスは血のしみがついた石台の上に寝かされた。

「この綺麗な体に傷つけるのは惜しいが、仕方がない。どこまで傷つければ、この男はいろいろ話すかな」
「やめろ!バゴアスを傷つけるな」
「ヘファイスティオン様、どうか何も言わないでください。私のためにイスカンダル王に不利になるようなことは決して言わないでください。王よ、どうか私に耐える力を与えてください」

バゴアスはアレキサンダーの顔が彫られている指輪をはずし、手の平に乗せて強く握り締めた。彼の衣服は取られ、細い手足は大きく伸ばされて動かないように縛りつけられた。白い背中にはまだわずかに鞭の後が残っている。鞭が床を叩く音が響き、その度に彼の体はビクンと揺れ、口から嗚咽が漏れた。

「やめてくれ!彼は、バゴアスは・・・わずか10歳の子供の時に去勢され、耐え難い痛みに耐えた。ここにいる誰もが耐え切れない痛みに耐え、多くの傷を受けてきた。アレキサンダーはそんなバゴアスを愛し、大切にした。もう二度と傷つくことがないようにと守ってきた。お前達は私から何を聞き出したい。拷問するなら、直接私にすればいい」
「いいだろう。そこまで言うならお前を拷問にかけてやろう。ペルシャ式の拷問がどれほどのものか、思い知るがいい」

縛られた手足を解かれたバゴアスが私の方に駆け寄った。普段隠している去勢された傷跡がはっきり見え、私は目をそらせた。

「ヘファイスティオン様」
「気にしなくていい、お前はもう今まで充分傷つけられた。これ以上傷つけられるのを見るのは私も辛い」
「でも・・・・」
「私はもう一人のアレキサンダーだから、彼の望むことを私もするだけだ」
「そいつを連れていけ。男のお前が泣き喚くところを宦官に見られたくはないだろう」
「その方がいい」





何人もの男の手で裸にされ、私の体は冷たい石台に縛りつけられた。皮の鞭のしなる音が聞こえ、何度も打たれた。声を出さずに耐えたのは最初の数回だけで、後は打たれる度に体を捩じらせ、悲鳴を上げた。

「さあ、今の遠征軍の編制を言え」
「そんなことを知ってどうする。数百人の部族民が集まって戦うのか。我々は数倍の人数がいたダレイオス軍さえ破った。今ならまだ遅くはない。私とバゴアスをすぐに解放すればこのことは王には言わない。もしこのことが王の耳に入れば、この村の住民が皆殺しになる。よく考えて行動しろ」
「鞭ぐらいなら、威勢のいいことが言えるのか」
「私達は子供の頃から痛みに耐える訓練を行ってきた。こうしている間にも、私が戻らなければ先に帰った従者の口から王に伝えられ、すぐに捜しにくる。その前に私達を解放しろ」
「鞭でだめなら、他の手段を考えるまでだ」
「私の傷跡が増えるほど、アレキサンダーの怒りも増す。お前達全員、同じように拷問されて殺される」
「フフフ、生意気な口が利けるのも今のうちだ・・・・」

松明の火が目の前に突き出された。火を使っての拷問ならギリシャやマケドニアでも普通に行われている。フィロタスの体には鞭だけでなく火傷の痕がいくつもあった。

「うわあああー!」

足の裏に熱さを感じ、私は飛び跳ねた。固く縛られた体を懸命に揺らし、叫び声を上げた。二度、三度、わずかではあるが、足に炎が近づけられ、その度に絶叫した。

「お願いだ、やめてくれ・・・・」
「軍の編制はどうなっている?」
「今から話す。だから松明は・・・・」
「フフフ、そんなに火が恐ろしいか」

「ああー!・・・ぎゃあああー」

声を振り絞って叫んでいた。次は肩だった。炎が体から離れても皮膚がこげ、体の中に火が入っていくように感じた。

「もうやめてくれ、お願いだ。なんでも話す・・・・」
「おや、泣いているのか。まさかあのアレクサンドロスの側近が、こうもあっさり降伏するとは・・・・さあ、全て話せ」

私は隊の編制も指揮官の名前もあらかたしゃべってしまっていた。話している途中も時々炎が近づけられているかのような痛みにおそわれ、叫び声を上げた。

「よし、いい子だ。このくらいしゃべってくれればいいだろう。少しお楽しみを与えてあげよう。お前達、一晩ゆっくり楽しむがいい。明日になれば、こいつはもう使いものにならなくなっている。最後の快楽を与えてやれ」
「ああー」

背中を数回鞭で打たれた。そしてすぐに後腔にザラザラした指が入れられた。縛られた足だけが解放され、私は自然に腰を動かしていた。

「こいつは宦官以上に男が好きなやつだ。少し鞭で叩けば、肉汁が溢れ出てくる。存分に楽しめ」

後腔にはすぐ男の太いものが入れられた。拷問の続きの陵辱だから、悲鳴を上げるほどにおもしろがって肉根を叩きつけるように強く差し込まれた。私のものは石台で擦られ、激しい痛みを感じた。火傷の痕、鞭の痕、後腔の引き裂かれ、熱い棒を差し込まれるような痛み、そして前と、もうわけもわからなくなり泣き叫んだ。その場にいた数十人の男に犯され、ようやく手も解かれた私は固い石台の上で意識を失った。





「フィロタス、君は強いよ。あれだけの拷問を受けても最後まで父上のことは何も言わなかった。僕はだめだ、拷問に耐え切れずに何もかもしゃべってしまった」
「ヘファイスティオン、しっかりしろ。俺はお前にすべてを託した。アレキサンダーを守れるのはお前だけだ」
「僕はもう耐えられない。助けて・・・・ああ、君は今そばにいるんだね。君の手が触れたところ、痛みを感じなくなっている。ありがとう、僕は君を助けられなかったのに・・・・」

体中に痛みを感じたが、その体をさすってくれている者がいた。

「ずっとうなされていたが、少しは楽になったか」

目を開けると前にいたのは最初に砂漠で会って話をし、ここまで連れてきた男だった。他には誰もいなく、あたりは静かだった。

「この後どうする。まさか戦う気か」
「それはわからない。ただ俺は命令を果たした」
「そんな少人数で戦っても勝ち目はない。今すぐ解放してくれれば、まだ拷問を受けたことは話さない。お前達を攻撃もしない。情報を得たのだから、もう充分だろう」
「そうはいかない。長い間支配され、奪われ続けた俺達の恨みは余りにも強い。王が変わっても、俺達の暮らしは変わらない。だから少しずつこうやって仲間を集め、抵抗を繰り返してきた」
「ならば、その憎い敵の体をなぜずっとさすっていた?」
「お前は彼をかばった。彼が何を考えているのか、本当のことを知らないのに、自分が拷問を受けてまで彼を傷つかぬようにした。そんなお前が苦しむのを見ていると辛くなった」

彼は小さなカップを目の前に差し出した。

「これを飲め。すぐ楽になる。もうお前は何もかもしゃべってしまった。後は酷い方法で殺されるだけだ」

私の体を起こして、彼は抱きしめた。

「今まで何度も同じようなことをしてきた。だけどお前が苦しむ姿をこれ以上見たくない。すぐ楽になる」

私はゆっくり首を振った。

「ここで死ぬわけにはいかない。私達は遺体を野ざらしにすることは決してない。きちんと葬儀をして埋葬しなければ魂が永遠にさ迷うことになる。お願いだ、ここから逃がしてくれ。もう用はないのだろう」
「だめだ、お前を逃がしたら俺が拷問されて殺される。他に方法はない」
「助けが来る。必ず・・・・・」
「もし来なければ・・・・」
「必ず来る、アレキサンダーは必ず助けにくる」
「そんなに王を信用しているのか」

私の体は再び冷たい石台に寝かされた。男はカップを手に持ち、部屋を出て行った。牢獄としても使えるよう入り口は大きな石の扉で外から鍵がかけられているそうで押しても少しも動かせない。

「助けは必ず来る・・・・必ず助けが・・・・」
「いいことを教えてやろう。あのバゴアスという少年、彼が自分から俺達の方にやって来た。アレクサンドロス王の遠征軍で第一位の側近であるお前を捕えるいい方法があると言ってな。彼は自分を傷つけようとすればお前が必ず止めるとまで言っていた」

石の扉の向こうから声が響いた。

「うそだ!」
「嘘ではない。そのような少年を寵愛している王だ。お前など邪魔になっているのかもしれない。助けになどこない」
「そんなことはない。助けは必ず来る。ここを開けてくれ・・・・うそだ・・・・アレキサンダー、まさか・・・・」

私は床に座り込んだ。何もかもが崩れていくようだった。

「まさか、そんなこと、うそだ!うわああああー・・・・・」

自分の絶叫する声だけが、長い間薄暗い部屋に響いた。ふと目の前を見ると、赤い液体の入った小さなカップが扉のすぐ横に置かれていた。



                                           −つづくー



後書き
 なんだかとんでもない展開になっていますが、この部分は実は2年前の10月ごろから考えていた話です。その頃もらったあるメールがきっかけで考えたことが今ようやく話の流れに入ってきたので書きだしたというわけです。この後さらにヘファイスティオンの受難が続きますが、自分が一番書きたい話はここかもしれないので、ここまで読んでくださった方はどうか続きも読んでください。
2007、6、14


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