(55)煉獄(***)
注意 このページにはかなり残酷な表現が含まれていますので、苦手な方は読まないでください)
日の差さない地下の牢獄では、今が昼なのか夜なのかもわからない。冷たい石の台に痛む場所をかばうようにして体を横たえ、ウトウトしてはうめき声を上げて飛び起きた。体の痛むところに手を当てればべったりと血がつき、多くの男に陵辱された部分からはねっとりとした液体が後から後から染み出してきた。夢ではない。私は今捕えられてここにいる。助けが来るよりも先にまたあの男達が来るのだろうか。彼らは私をどうする気か。何を言えば生きてここから出られるのだろう。大勢の人間の話声と足音が聞こえる。震えながらも扉に耳を押し付けた。こちらに向かってくる。恐怖と期待で体はガタガタ震えている。扉の前に来た。金属の擦れあういやな音がする。私は体を引きずって石台の上に横になった。扉が開き、男達が中に入って来た。目で人数と持っている物を確認した。20人以上はいて、それぞれ剣や槍を持っている。松明も何人かが持っていた。
「気分はどうだ」
「こんな待遇を受けていいわけがない。私は王に仕える7人の側近の1人だ。こんなことをしてただではすまない」
「あれだけいたぶっても、威勢はいいんだな。次は何をしよう。この喉から血を吐き、声が出せないようにしてやろうか」
「待て!私は王の側近だけでなく、子供の時からの親友で、王の愛人でもある。私の命と引き換えなら、王はどのような条件でも喜んで受け入れる」
「王に最も愛されている男がお前というわけか。あの少年の言う通りだ。なるほど、きれいな顔をしている。だが、この顔が二目と見られぬほど醜く歪み、声も出せなくなった時、お前はまだ王の愛人でいられるかな。多くの同胞が遠征軍に殺され、土地を奪われた。女や子供が奴隷にされた。その憎しみがどれほどのものか、お前にわかるか?」
「待ってくれ。命を助けてくれたら、それ相応の待遇をする。けっして悪いようにはしない。他に何が知りたい」
「もういい、とにかく動けないように縛りつけろ」
私の体はまた石台の上に背中を上にして足を広げる格好で固定された。何度か鞭で打たれ、悲鳴を上げた。
「フフフ、この程度のことでは死んだ者が満足しない。もっと冥界にいる死者に届くほどの悲鳴をこの王の愛人という男にあげさせろ。その槍を貸せ」
目の前に1本の槍が突き出された。穂先が折れている。
「これをどう使うかわかるか?普通の槍では血を多く流し、すぐに息絶えてしまう。だがこれでは血が出るのは少しだけだ。後ろから衝撃を加えれば骨は砕け、絶叫しながらもすぐには死なない。少しずつ体の奥に入り、内臓を突き破っていく」
「やめろ!やめてくれ。命だけは助けてくれ」
「フフ、お前のここはこんな状況でもよく濡れ、固く膨らむのだな。王の愛人ともなれば、いかなる時でも発情し、折れた槍さえ受け入れるのか」
「やめろ、何をする!」
「最後の快楽だ。充分に楽しめ。滑りをよくすれば長い間死なず、こっちも楽しめる」
ぬるぬるとした指が差し込まれた。油をたっぷり含んでいるらしい。私の口からは淫らな嬌声がこぼれた。
「感じやすい男だ。こんな声を漏らすとは・・・・」
一人の男が私をいたぶっている男の耳元で何か囁いた。
「そうか、その方がより大きな声を聞けるな。この顔も二度と見られぬほど苦痛で歪む」
「何をする気だ」
「教えてやろう。この槍の穂先を火で充分あぶって熱くしてからお前の体に入れる。想像してみるがいい。熱い塊がお前の内部を焼き焦がすところを・・・・」
この言葉にはっとした。内部を焼き焦がされ、想像を絶する痛みにのたうちまわる、以前幻覚でそれを感じたことがある。それが今現実になるのか。
「やめろ、やめるんだ!そんなことをしたらお前達全員、王の怒りで最も残酷な拷問を受けて殺される。今ならまだ間に合う。それだけはやめろ!」
「フフフ、喚くがいい。そのうちに冥界まで届く声で唸るようになる。ここまでの拷問は同胞には決してしない。だが、我らの仲間を多く殺した王の愛人にはふさわしいだろう。火よ、燃え上がれ、この男の体を焦がし、死んだ者の魂を慰めろ」
私の両目には厚い布が巻かれた。固く固定した手足に何人もの男が上から体重をかけて押さえつけた。
「痛いいいーヒイイー!」
尻の周囲の肉に細い槍を突き刺され、穴を押し広げられた。自分の姿は見えないが、男として最も惨めな格好でいるに違いない。王の愛人と言ったことが、彼らの憎しみをかきたててしまったのだろうか。
「ああー!ヒイイー!」
敏感な部分の肉に槍を刺され、そのたびに悲鳴をあげた。周りの男達の呼吸が止まった。残酷な行為の瞬間、彼らもまた緊張している。下半身に熱い塊が押し付けられた。
「うわあああー・・・・・ぎゃああー・・・・あああー」
体をよじって抵抗した。激しい衝撃を感じ、熱い塊は私の体を焼いていた。押さえつけられている体が激しく痙攣し、絶叫した。
「あああー!うわああー・・・ぎゃああああー」
体をねじり、痛みに耐えようとして叫び続けた。下半身への衝撃は続いている。体は炎に包まれているように熱い。早く終わりにしてくれ・・・・
「ぐわあああー・・・・ぎゃああー・・・・・・ううううー・・・・」
獣の咆哮が喉から漏れ、血が噴出す。のたうつ体が自分のものではないようだ。早く終わりにしてくれ・・・・
誰かが体をさすってくれている。絶望的な痛みに再び襲われ、うなり声を上げた。かすれた声が頭の中に響く。喉の奥から血が滲み出る。
「アレキサンダー・・・・」
口を動かしても声は聞こえない。手を伸ばして自分の体をさする手をつかんだ。
「アレキサンダー・・・・どうしてもっと早く・・・・」
口を動かしているのに声はよく聞こえない。ゆっくり目を開いて、握った手の主の顔を見た。
「ここは・・・・」
「気がついたか。よくあれだけの拷問を受けて生きていた。だが、生きていたことがわかれば、また同じことが繰り返される」
「ここは・・・・アレキサンダー・・・・」
私は自分が今いる場所も置かれた状況もわからなくなっていた。声を出すと血の臭いを感じ、喉が痛くてうまくしゃべれない。体の内部からドロドロとしたものが流れ出した。目の前にいるのはアレキサンダーではない。前に話しかけてきた男だった。涙を流している。
「こんな状態でよく生きていた。もういい、楽になれ」
抱き上げられ、目の前に小さなカップを差し出された。
「まさかここまでするとは・・・・俺があの少年の言ったとおりにお前のことを仲間に告げなければこんなことには・・・・もうわかっただろう。それを早く飲め」
「アレキサンダー・・・・」
「助けは来ない。来たとしてももう遅い」
「アレキサンダー・・・・」
私は差し出されたカップの液体を振り払い、下にこぼした。石の台から滑り下り、這いずりながら扉の方に向かった。下半身が焼けるように熱く、ドロドロとしたものが動くたびに流れた。
「ここを開けてくれ!会いたい・・・・彼に・・・・」
「何を言っている。よく聞こえない」
「アレキサンダーに会いたい・・・・ここを開けてくれ・・・・」
少し大きな声を出すと、喉から血が出た。男がすぐそばに来て座り、私の体を抱き起こした。
「その体では無理だ。俺が最後を看取ってやる。何か言いたいことがあるか」
「本当に・・・バゴアスが私を・・・・」
「ああ、彼がお前を密告した」
「バゴアスがなぜ・・・・その本当の理由を知りたい・・・・」
「知ればもっと絶望の渕に立たされる。俺が代わりに最後まで抱きしめていてやる。お前はよくがんばった。もういいだろう・・・」
「確かめなければ・・・・子供の頃からずっと彼だけを見て生きてきた・・・・死ぬ時は彼のそばで・・・・」
私の意識はそこで途切れた。暗い地の底へと体は引きずられていった。
次に意識を取り戻した時、馬の足音が聞こえた。抱きかかえられるようにして、馬の背に乗っている。周囲は暗く、月明かりだけが道を照らしている。体が揺れ、呻き声をあげた。
「少しの辛抱だ。王のところまで運んでやろう」
「そんなことをしたら・・・・」
「二度と仲間の所へは戻れない。だが、お前を無事逃がさなければ、死んだ後まで恨まれそうだ」
「助けてくれるなら、それなりに遠征軍の中で地位を与えられる」
「昨日助けていればそれもかなっただろう。でも、今のお前はもう長くは生きられない」
長くは生きられない。そうかもしれない。今生きているのが不思議なくらいだ。
「苦しいだろうが、後少しがんばれ。必ず王のところへ・・・・向こうに馬の群れが見える。あれがそうか」
私は体を起こして遠くを見た。話し声が少し聞こえる。マケドニア語とギリシャ語の混じった言葉で、私の名前も呼んでいる。
「間違いない。マケドニアの言葉だ」
「そうか、無事会えてよかった。しっかりつかまっていろ」
男は馬を早く走らせた。アレキサンダーの声が聞こえる。私の名前を呼んでいた。私は精一杯の力を入れて上半身を持ち上げた。
「危ない!伏せろ!」
ドサリという大きな音がして、私の体は砂漠の上に叩きつけられた。男の体が私の上に覆いかぶさっていた。たくさんの血が男の体から流れているのを感じた。
「まだ他に敵はいたか」
「いいえ、1人だけです。いきなり襲ってきたので槍を投げました。馬から落ち、おそらく助からないでしょう」
「敵の残党かもしれない。用心しろ。早くヘファイスティオンを見つけ出さなければ・・・・」
「陛下、ヘファイスティオン様はこのあたりにはいないでしょう。他を捜しましょう。陛下はお疲れです。少し休まれた方が・・・・」
「いや、こうしている間にもヘファイスティオンが砂漠に迷い、渇きに苦しんでいるかもしれない。早く見つけなければ・・・・ヘファイスティオン、どこにいる!」
遠くの声がはっきり聞こえた。
「アレキサンダー・・・・ここだ、ここにいる・・・・・」
足音が近づいてきた。
「2人いたみたいだったな」
「1人は最初から死んでいたかもしれません。1人で馬に乗れず、抱きかかえられていたようです」
「死んだ者の復讐のため、私を襲ってきたのか。死んだ者を抱きかかえ、1人で襲ってくるなんて、よほど大切な相手だったに違いない」
「陛下、急ぎましょう。ここにいてはまた襲われるかもしれません」
「そうだな、早くヘファイスティオンを捜さないと・・・・」
「アレキサンダー、ここだ、ここにいる」
私は必死に叫んだ。だが死んだ男の下になっていて、声はほとんど響かない。足音は遠ざかってしまった。
「アレキサンダー、アレキサンダー・・・・」
長い時が過ぎ、ようやく私は死んだ男の下から這い出した。すぐそばに乗っていた馬がいた。槍に驚いて逃げ出したが、また戻ってくれたのだろう。馬は私の体を舐めた。私は馬の鼻づらをなでた。
「もどってきてくれたのか。お願いだ。アレキサンダー達のいるところまで連れていってくれ」
馬は体を低くした。死んでいる男の胸に刺さった槍を抜き、瞳を閉じて彼が持っていたコインをその上に乗せた。
「私を助けようとしたばかりに・・・・すまない」
よじ登るようにして馬にまたがった。馬はゆっくり歩き出した。
「アレキサンダー、どこにいる?僕はもう長くは生きられない・・・・君の気持ちは確かめられた。ただ、君の側で眠りたい・・・・アレキサンダー・・・・」
−つづくー
後書き
残酷で皮肉な結末ですけど、このシーンは長いこと私の頭にありました。ようやくそれを今書き出したという感じです。
2007、6、22
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