9、星座

長年の宿敵、ペルシャに向けての遠征が始まった。アレキサンダーは数万の兵を率いていた。その長い列を見て、今度の戦いが今までとは違うことを感じた。私は隊長の役は降ろされ、王の補佐役となった。補佐役といえば聞こえはいいが、要するに身の回りの世話や連絡などをする役である。他の友人がそれぞれ隊長として一つの部隊を任されているのに比べると情けなくも感じるが、文句を言える立場ではない。マケドニアの都を出ると、後は草原、あるいは砂漠といった荒れた土地が続いた。毎日長い距離を進んでいく。単調な行軍は兵士達に不満を抱かせ、様々な声が聞こえた。

「あの男は結局王の補佐役になったのか」
「身の回りの世話をしているのだろう。朝、王の体を清めるところから、夜の相手まで、すべて一人でやっているのか?」
「うらやましいことだ。なんの活躍もしなくても、それだけで出世が保証されているのだろう」
「出世などしなくてもいい。一度でいいから王のお相手をしてみたいものだ」
「無理無理、王は身分の高い男しか相手にしない」
「あいつは身分が高いのか」
「さあな、あの皮膚や髪の色でも、気に入られればそれで身分も高くしてもらえるのだろう」
「案外あの皮膚の色が王にはいいのかもしれないな、もう一人いる。褐色の肌の大将が・・・」
「普通の白い肌では気に入られるのは難しいかもしれないな」

「私は自分の手をじっと見た。アレキサンダーや他の兵士達とは明らかに違う肌の色。目と髪の色。アレキサンダーは私を愛してくれている。だがこの肌の色は目立ちすぎ、他の兵士達からの、軽蔑の対象になってしまう。もし私が同じ白い肌だったら、例え隊長の座を下ろされようと、王に気に入られようと、このようなことは言われなかっただろう。私は唇をかみ締めて自分の腕を見た。さえぎるもののない強い日差しの中を歩いてきた手は前よりももっと色が濃くなっている。

「ヘファイスティオン、ちょっと行ってくるよ」

昼間、馬に乗ったアレキサンダーは常に私の見える場所にいるが、夜になるとどこかへ行ってしまう。

「今日は誰のところに」
「誰だっていいだろう、いちいちお前に報告しなければいけないのか。旅が長く続くと不満を持つ者も多くなる。それとなく上にたつ者と話をして絶えず情報を仕入れなければならない」
「そのために、夜出かけるのか」
「ああそうだ、王は常に家臣の様子を探らなければならない。宮殿の中と違って遠征の途中は見張りも少ないからちょっとしたことが命取りになる。相手が何を考えているのか常に警戒しながら、一緒に寝るのも疲れる。おまけに向こうは俺が王だから誰よりも強いと思っている。もうくたくただよ」

私は笑った。

「大変だな」
「本当はいつもお前のそばにいたいよ。お前と一緒なら安心して寝られる」
「この戦いが終われば安心して寝られるよ」
「そうだな、この戦い、ペルシャとの戦いに勝つことができれば・・・」

彼は私に口付けをして出て行った。

「彼が他の男を抱くのは愛しているからではない、ただ王としての考えがあるからだ」

見送る私は口の中で何度も同じことを繰り返していた。




長い旅が続き、一人で寝る夜が続いた。ある夜、ついに我慢できなくなって、アレキサンダーの後をこっそりつけてしまった。彼はカッサンドラのテントに入った。中から話し声が聞こえてくる。

「アレキサンダー、毎日俺の所にばかり来ていいのか、ヘファイスティオンが寂しがっているだろう」
「構わないさ、俺は王だ。夜の相手ぐらい自由に選んでいいだろう」
「そんなに、俺のこと気に入ったのか」
「最高だ。宮殿では気がつかなかったが、こうして遠征の途中、星空の下で抱くには、お前は最高の男だ」
「遠征の時は俺がいいのか」
「ああそうだ、お前には戦いの神がついている。宮殿にいる時はわからなかった。剣を持つ姿、兵を動かす時の声、すべてにおいてこれ以上のやつはいない。お前の隊の者がお前を見る目つきは、神を見る目と同じだよ。うらやましい。俺も早くそうなりたい」
「お前は王だ、みなお前を王として崇拝の目で見ている」
「俺が目指しているのは王ではなく神だ。戦いの神に愛されたお前を愛せば・・・神はなぜお前を愛する・・・この褐色の肌なのか、それとも黒い瞳が・・・」
「待ってくれ、そんなに急いで」
「カッサンドラ、愛している・・・」

その後は人間としての会話は聞こえなくなった。けもののように、お互いを激しく求め合い、体を重ね合わせる音、喜びに満ちた声、私はその音と声を聞きながら、近くの木に体をこすりつけていた。二人が求め合う時間は長く続いた。私は木に向かって精を吐き出し、その場を離れた。



星空の下、どこをどう歩いたか記憶になかった。気がつくと、軍のテントからは遠く離れた場所にいた。近くに焚き火が見えた。周りに人はいない。この炎で身を焦がされればどれだけ熱いのだろうか。自分の上着を引きちぎった。上半身裸になった自分の体をじっくり見る。カッサンドラと同じ褐色の肌。彼はこの肌の色でアレキサンダーを虜にし、自分は下級の兵士にすら、あざ笑われている。鞭の跡がまだいくつも残っている。この時の痛みですら恋しく思う。もう何日アレキサンダーと肌を触れ合っていないだろう。もう一度この痛みを・・・私は火のついた薪を1本手に取った。炎の先を自分の胸に近づけた。

「熱い!」

すぐに手を離してしまった。もう一度、手に力を入れ、炎を胸に近づけた。皮膚がこげ、怖ろしい叫び声をあげたが手は離さず、意識を失った。

「まったく無茶なことをしている」

気がつくと草の上に寝かされていた。胸のところには湿らせた布が置かれている。一人の老人が焚き火のそばにいる。

「あなたは・・・」
「羊飼いだ。お前はあの大軍の兵士の一人か」
「はい、そうです」
「なにがあったか知らないが、お前の顔には星が見えている。お前はきっと名を残す者になるであろう」
「ほし・・・ですか」
「わしら羊飼いはたった一人で羊と旅をし、夜は星空を見ながら暮らしている。空に見える星をつなげて形を作り、次第にこれからおこることまでわかるようになってきた。星だけではない。地上に生きる人間も、名もなく消えてしまう者、英雄として活躍する者、早く亡くなる者、長生きする者、いろいろなことがわかるようになってきた。お前にははっきり星が見える。きっと活躍し名を残すであろう」

どうして自分が名を残すのか、今度の遠征はどうなるのか、未来のことがわかるというこの老人に聞きたいことはたくさんあった。だが私は再び意識を失い、気がついたときは自分のテントの中に寝ていた。だがこれは夢ではなかった。その証拠に私の胸には大きなやけどの跡があった。




また遠征の旅は続いた。アレキサンダーは私のやけどの跡など少しも気がつかず、夜になると決まってカッサンドラのテントに行った。一人残された私は、星空を眺めた。私にはこの星は何の形にも見えてはこない。テントにもどり、自分で自分を慰めた。やけどの跡がこすれてひりひりと痛んだ。

「アレキサンダー、君が戦いに勝つために、カッサンドラが必要なことはわかっている。でも少しは此処にいて欲しい。なんのためにここまでついてきたのか、わからなくなってきたよ」



                                                   −つづくー


後書き
 常に前だけを見て歩き、次の戦いに勝つことだけを考えている王とそれを理解してしまうから自分の気持ちを押さえ、自分を傷つけてしまうヘファイスティオン。王だって彼の気持ちをまったく知らないわけではないのだろうけど、彼ならわかってくれるだろうという安心感で傷つけています。


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