新緑(ファラミア15歳10歳、ダムロド90歳60歳、マブルング60歳48歳、アムロス15歳12歳)
「お前、もう少し速くは歩けないのか」
「すみません」
「もう、ミナス・テリスの城門からは大分離れた。もうここからはお前を執政の子として特別扱いしたりはしない」
「はい」
「城門から出るのは初めてか」
「初めてです」
「珍しくてきょろきょろしたい気持ちもわからないではないが、しっかり歩いてくれないといつまでたってもイシリアンに着かない。夜道を歩くのは危ない」
「はい、わかりました」
僕は初めてミナス・テリスの外に出た。しばらくは赤茶けた荒れた大地を歩いた。5月、ミナス・テリスではちょうどよく感じられた太陽の光も、さえぎるものがない道を歩いている時は暑く感じる。いつも歩きなれた石畳の道と違い、固い土の道は歩きにくい。つちけむりがひどく強い風が吹くと目をあけていられない。でも僕はいつもとはまるで違う道を歩いている。それだけでなんとなくうれしくなった。前を歩くダムロドは魔法使いではなく人間だと言っているが、どうしてこんなに速く歩けるのだろう。顔つきも魔法使いによく似ている。
「わしは魔法使いではない。イシリアンの者はみなわしよりもずっと速く歩く。だいたいお前は今までどういう生活をしていた」
「毎日決まった時間に起きて、食事を食べて・・・」
「決まったとおりの生活をしていたわけか。これからは今までとは全く違う生活が始まる」
「はい、わかっています」
「この道の先には何が見える」
「目には見えないけど川の流れる音がします。その先には森もあると思います。鳥の鳴き声が聞こえるので・・・」
「目や耳はかなりいいほうか。まあなにかとりえがないと・・・」
「はい」
ダムロドはまた黙って歩き出した。僕は歩くだけでは追いつかず、途中で走ったりもした。ずっと歩き続けるのだろうか。足が痛くなってきた。まめができているかもしれない。だんだん歩くのが辛いほど痛くなってきた。
「すみません。足が痛くて・・・」
「少しぐらい我慢して歩け」
「はい・・・」
どこまでも続く赤茶けた道。暑くて汗びっしょりになってきた。この人はあせもかかないのだろうか。同じ速さで歩き続けている。ようやく川を渡り森へ入った。少し涼しくなってほっとする。森の木の緑が美しい。森へ入るとまた道の感じもまわりの空気も全く違う。
「少し休んでいいぞ。パンでも食べておけ」
「はい」
「足はどうだ」
「痛いです」
「これでもつけておけ」
靴を脱がされ、まめのできたあたりに葉を巻きつけられた。傷にしみて前よりももっと痛くなったが黙っていた。差し出されて食べたパンは固くてあまりおいしくはなかった。これからは毎日こういうものしか食べられないのだろうか。食べ終わったらまたすぐに歩き出した。どこまで歩いていくのだろう。暗くなった頃ようやく小さな村に着いた。小さな村でも回りは石でできた囲いがある。
「最近はオークの数も増えてきたから下手なところで野宿をすると危ない。村の中なら安全だろう」
「でも、オークに襲われた村もあるのですよね」
「よく知っているな。だからどの村でも用心して石垣で囲んである。このあたりはもうイシリアンも近いから特に注意が必要だ」
村について僕は宿屋に泊まって食事を食べることを期待していた。だけどダムロドは村のはずれにある木の根元に腰を下ろし、ここで寝ると言う。食べ物もさっき食べたのと同じパンだけであった。食べ終わると毛布を取り出してさっさと寝てしまう。僕もしかたなく自分の荷物の中から毛布を取り出した。それほど寒くはないがこんなところでは寝られそうもない。
「兄上、兄上も戦いの時にはこういう場所で寝たりしたのですか。僕はこんな場所では寝られそうもありません。食べ物も固いパンしかないし、足はまめができて痛いし、最初からくじけてばかりいます」
次の日はまだ暗いうちから歩き始めた。僕はほとんど寝られなかったからふらふらしながら歩いた。長い間森の道を歩いた。いまどれくらいの時間なのか、あとどれくらい歩けばいいのか、なにもわからないままとにかく歩き続けた。
「ここがイシリアンの入り口だ。あそこに見張りのものが立っている」
言われたところを見ると、2,3人背の高い男達が立っていた。みんなダムロドと同じような緑の服を着ている。同じような顔つきで目つきが鋭かった。ダムロドが彼らに何か言い、そしてまた僕達はイシリアンの森の中に入った。森の中を歩いている間に暗くなってきた。大きなテントの前で止まった。テントの前には1人の男と、10人ぐらい僕より少し年上ぐらいの子供がいた。
「きょうから新しくここで生活することになるファラミアだ。ファラミア、彼はマブルングという名前だ。ここで訓練を受けている者の面倒を見ている。わからないことはなんでも彼に聞けばいい」
「はい」
そこにいた者がいっせいに僕の方に注目して取り囲んだ。だいたい年は12歳から15歳ぐらいだろうか。
「ここにいる者はみなファラミア、お前と同じ15歳だ。まあ見た目はかなり違って小さく見える者もいるし、大きな者もいるが・・・明日からはここで一緒に生活していく。わからないことはなんでも回りの者に聞いて、早くここでの生活に慣れるように」
「はい、わかりました」
「わーこいつ目の色が俺たちと違う。青い目をしている」
「髪の毛も茶色だ。やわらかそうだ」
「ちょっとさわってもいいか」
「おい、よせよ。こいつ震えている。あんまりいろいろ言うなよ」
ゴンドール人はだいたい目も髪の毛も黒い人が多い。ここにいるみんなもそうなので、目と髪の色が違う僕は珍しがられた。
「お前どこからきた」
「ミナス・テリスです」
「よっぽどいい家の子供だろう。俺たちとは見た目も雰囲気も全然違う」
「そんなにいい家ではないよ」
執政の子であることは黙っているように言われていた。でもみんな同じ年だし、僕に悪い感情は持っていないようなのでほっとした。彼らは夕食の残りを僕にくれ、寝る場所に案内してくれた。それは大きなテントの中で、やっぱりベッドなどはなく、みんな適当な場所で毛布にくるまって寝るらしい。僕も疲れていたのですぐに寝てしまった。
夜中に誰かがうなされている声が聞こえた。怖い夢でも見ているのだろうか。僕はうなされている子のそばへ行った。ひどくうなされて泣いていた。僕はその背中をそっとなで、その近くで眠った。彼はなぜそんなにうなされているのだろうか。気になりながらもそのまま眠ってしまった。
「おい、ファラミア、起きろ、水汲みに行くぞ」
「はい」
夜、泣いていた彼に起こされた。僕を除いては彼が一番背が低いようだ。水を入れるたるを持ちあわてて彼の後についていく。樽を背中に背負うとかなり重く、うまくバランスをとって歩けない。ふらふらしながら歩いた。彼はどんどん歩いていく」
「お前、もう少し速くは歩けないのか」
「ごめんなさい」
「年はいくつだ」
「15歳です」
「俺と同じ年で俺より背の低いやつは初めて見た。目と髪の色も違うし、お前は執政の子だろう」
「え、違うよ」
「隠しても俺にはすぐわかる。ほかのやつよりもずっと血が濃いから。黙っていろと言われているんだろう」
「うん」
「なぜ、執政の子がこんなところへ来た」
「わからない、ここへ来るのが一番いいと思ったから・・・君はどうして」
「俺の家族はみなオークに殺された。一人を除いてな。だからここでオークに復讐する」
「名前はなんていうの」
「アムロス」
「アムロス、きのう怖い夢見てたの、ずっとうなされていたよ」
「うるさいな、人の心配するより自分のこと考えろ。お前本当にここで生きていけるのか、そんな弱そうな体で・・・」
「わからない」
話している間に、泉のところまで来た。水を入れた樽はひどく重く、僕は必死で歩いた。だが途中で転んでしまい、水を全部こぼしてしまった。体に水をかぶって服もびしょぬれになってしまった。
「なにやっているんだよ!お前はここにはむかないよ。そんな執政の子として大切に育てられたやつがここで生きていけるわけがない。ここは強いやつしか生き残れない。お前のようなやつは目障りだ!さっさとミナス・テリスに帰れ!」
彼にどなられて涙が出た。ミナス・テリスには大好きな兄がいる。でも僕を嫌い、憎んでいる父もいる。帰ることはできない。
「僕は帰らないよ!帰ることはできないから!」
泣きながら、それでもしっかり彼の顔を見て、僕はそう叫び立ち上がった。ここで生きていかなければならない。どんなことがあっても・・・
−つづくー
目次へ戻る