偵察(10)

この世界にはまだまだ自分の知らない国がたくさんある。バビロン入城の時も驚いたが、ペルシャについてはまだ書物などでそのような強大な帝国があるという知識を持っていた。だがこのような熱帯のジャングルを抜け、砂漠のオアシスにようやく街を見つけられるような場所でこれほど大きな宮殿を見られるということに驚いた。私達の一行はニ十数名、別のオアシスの街から案内されて馬に乗り、王が住む宮殿にまで来た。高い城壁、固く閉じられた城門、そこを守る数百人の兵士、私は顔をベールで覆ったアレキサンダーの方を見た。彼は私の伝えようとする意味がわかったのだろうか、軽く頷いて城門の中に入ろうとする。城門が開かれ、私達は中へと進んだ。身分の高そうな一人の男が近づいてきた。私は慌てて馬から降り、その男と握手をした。彼はペルシャ語で話しかけてきた。

「あなた方のお噂は遠いこの国にまで届いています。アレキサンダー大王の隊の方ですね。あなたのお名前は?」
「ヘファイスティオンという」
「あなたがヘファイスティオン様ですか。あなたのお名前もよく知っております。あなたのような側近を使いに出すとは、アレキサンダー大王はこの国にもかなりの興味を持っておられるのですな」
「そういうことだ」
「失礼いたしました。私は王の宰相を勤めさせていただいている者です。王がお待ちです。すぐに中にお入りください」

私達二十数人はまず宮殿の一室に通され、王に会う前にそこで体を清めて着替えをするようにと言い渡された。私とアレキサンダーだけは皆とは別の部屋に通された。

「たいしたものだ!この土地にこれほど大きな宮殿があるとは思わなかった。ここまで苦労して来たかいがあった」
「アレキサンダー、今私達の味方はたった二十数名しかいない。君の身分が知られたら危なくないか」
「当たり前だ、俺はここでは誰にも身分を明かしたりはしない。妖しい男のような女のままでいる。ここの衣装はまた素晴らしいな。お前に似合いそうな物ばかりだ。早く着て見せてくれ」
「君は本当にものごとを楽観的に考えるね。私は不安で今は生きた心地もしない。この国の王がどういう人物か、どのような支配をして、周りの人間はどう思っているのか。どうやってこれだけの財宝を集めたのか。他の国との関係はどうか・・・考えればきりがないが何もわかっていない。はっきりしていることはただひとつ、もし何かが起きれば私達は抵抗する間もなく殺されるということだ」
「ヘファイスティオン、お前はいつも心配ばかりしている。これだけの富を集めた国だ。おまけに俺たちの噂も聞いている。今お前を殺したらこの国は滅びる。それぐらいのこと賢明な王がわからないわけがない。お前は王に次ぐ立場の者として堂々とした態度をとり、この国の王と交渉すればよい。わかったな」
「わかっているよ」

アレキサンダーは私を抱き寄せ、唇を重ねた。

「お前は俺に並ぶ者、王に次ぐ者だ。もっと自信を持て!」





私達は大広間に通され、特別のごちそうでもてなされた。一通りの食べ終わったところで、王の席の隣に呼ばれ、話をすることになった。王は威厳があったがかなり年老いて見えた。

「なんと!アレキサンダー大王は二十歳の若さで王位を継がれたのですか」
「はい、前のマケドニア王が暗殺されましたので、早くに王位につきました」
「わしの息子達はみな隣国との戦いで殺され、その子供で王位を継げる者はまだみんな幼い。隣国との戦いは激しくなる一方で、いくつもの街が焼き払われた。アレキサンダー大王と同盟が結べ、援軍を頼めるものならばぜひそうしていただきたい。先祖代々貿易によって蓄えてきた財宝がたくさんある。それをさしあげましょう。ぜひ大王にお伝えしてください」
「わかりました。無事戻れたらアレキサンダーに伝えます。彼はこの国に大きな興味を示すでしょう。財宝や他の国を支配下に置くことだけが遠征の目的ではありません。国と国が結びつき、新しい世界を作り出す、そのことが真の目的ですから・・・」

私と老王との話合いは長い間続けられた。戦いのこと、国の未来のこと、話は尽きることがない。





「遅かったな、そんなに王と話すことがあったか」
「しょうがないだろう、一つの国の長い歴史を聞いていたのだから・・・私はこの国と同盟を結ぶことを約束した。それでいいのか」
「ああ、それで構わない。お前が考えること、話すことに間違いはないさ。交渉などはかえってお前の方がうまいぐらいだ。ただ一つ不満があるとすれば俺を待たせ過ぎることだ。先に寝てしまいそうになった」
「悪かった、その埋め合わせは充分にするよ」
「こんなりっぱな宮殿の一室で豪華なベッドに寝ていると、本当に王になったような気がする」
「君はもともと王だろう。バビロンではもっと豪華な部屋で毎日違った女や宦官と寝ていたではないか」
「あのころはそれが一番贅沢で王らしい振る舞いだと思っていた。だけど今は違う。お前さえそばにいてくれたらそれだけで充分だ。他には何もいらない」

熱い口付けが交わされ、彼の手が私の体をなでると、それだけで私の体は熱くなり、喜びに震えてくる。





騒ぎは突然始まった。窓の外を見るとあちらこちらで火が燃えている。目を凝らしてよく見ると数百人の敵が城壁の周りを取り囲んでいるのが見える。

「お休みのところを申し訳ございません。隣国の奇襲が始まりました。今すぐに安全な場所にお逃げください」

王の使者が迎えに来た。部屋の外に出ると、城の中を逃げ惑うもの、戦いに出ようとする兵士などで大混乱になっていた。年老いた王が武器を取ろうとするのを他の侍従たちが必死で止めているのが見える。

「今度の戦いは今までとは人数が違う。わしも戦わねばこの城は落とされる」
「お待ちください。今王を失ったら、我々はどうなるのです」
「向こうも本気だ。敵に密告した裏切り者がいるらしい。我々がアレキサンダー大王と手を結ぶ前に戦いを終わらせたいのだろう。ヘファイスティオン殿、早くお逃げください。城の奥に逃げ道を作っています。そこを通って早く・・・・」
「はい」

私はアレキサンダーと一緒に王が指差す方へと走り出した。だが途中からアレキサンダーは私の手を掴み、地下室ではなく城の高い方へと登っていく。ついに最上階まで登り、バルコニーから下を見下ろした。さっきよりもさらに激しく火は燃え広がり、城壁にはしごをかけて敵がよじ登ってくるのが見える。

「何をやっているんだ!しっかり守れ!逃げるな!剣ではだめだ、槍を突き立てろ!向こうではない、こっちだ!まったくまともに指揮をするものがいないじゃないか!おい、あれを見ろ!味方を殺して城門を開けようとしているやつがいる。何をしているんだ!いくぞ、ヘファイスティオン、城門を守れ!」
「アレキサンダー、何を言う。まさか君も戦いにいくつもりじゃあないだろうな」
「そのつもりだ、このままではこの城は夜明け前に落とされる」
「そうは言っても私達の部下はたったの二十数人!この数で戦うのは無理だ」
「ああ、この数では無理かもしれない。だがその辺でおびえてうろうろしている兵士をうまく指揮すれば勝てないわけでもない」
「アレキサンダー!言葉もろくに通じない別の国で君は一体どうやって戦う気だ!君の帰りを待つ遠征の数十万の兵士達はどうなる。もしどうしても君がここで戦いに参加するというのなら、代わりに私が行く。私が偵察の途中で運悪く死んでも悲しむ者など極わずかだ。喜ぶ者の方がずっと多いだろう。私が戦いに行く」
「ヘファイスティオン、俺はアレキサンダー、アキレスの血を引く者だ。アキレスはパトロクロスを一人で戦わせて失い、ひどく後悔した。俺は決してお前を一人で戦わせたりはしない。一緒に戦おう。心配するな、俺はこんな場所で死んだりはしない。ここはまだ俺達の最後の目的地ではない。偵察に来て、たまたま通り過ぎた通過点の一つなのだから、ここでは死なない」
「わかったよ、アレキサンダー。君の言う通りにする」

私達は階段を降り、兵士達が向かっている方向へ一緒に走った。まさかこの土地でこれほど大きな戦いに巻き込まれるとは・・・・全く予想していないことだった。




                                                 −つづくー




後書き
 きりりくなのにどんどん話は長くなり、ついに戦いにまで巻き込まれてしまいました。この先ヘファイスティオンはどうなるのでしょうか?
 2005、12、5





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