偵察(11)

アレキサンダーは戦いにおいては天才的とも言える才能を持っている。それがどんな場所であれ、一度鎧と兜を身につけ、剣や槍を手に持てば、指揮官としての力を思う存分発揮する。他の兵士に紛れて同じ鎧兜を身につけているのに、彼の周りにはたちまち兵士が集まった。異国での戦い、言葉もよく通じてはいないのに、彼の姿は兵士たちを励まし、その言葉が彼らを動かした。私はただ彼の姿を見失わないように後を追いかけるのが精一杯であった。

城門は破られ、城の中庭のあちらこちらで火があがり、激しい戦いが繰り広げられた。城の中にいた者にも裏切り者がいて入り乱れ、誰が敵なのかさえよくわからない状況なのだが、アレキサンダーは巧に兵士を指揮して、次第に敵は城門の外へと追い詰められていく。

「ヘファイスティオン!この手柄はすべてお前にやる」

馬の上からアレキサンダーがこう叫んだ。私が振り向くと小声でささやく。

「俺はお前の名を唱えてこの戦いで指揮を執った。手柄は全部お前のものだ。アレキサンダーの側近ヘファイスティオンがこの地に立ち寄り、隣国との戦いで指揮を執って勝利に導いたと長く語り伝えられるであろう」
「アレキサンダー、そんな手柄など・・・」
「俺の名は呼ぶな!アレキサンダーは今はまだこの国に来てはいない。偵察に来ているのはヘファイスティオンだけだ」
「それなら私の言うことも聞いてくれ。君は充分戦った。敵は逃げていく。もう城の中に入った方がいいのではないか」
「いや、まだだ。このままではすぐにまた力を取り戻して再び攻めてくる。後を追わなくては・・・・」
「待て!ヘファイスティオン!」

私は自分の名前をアレキサンダーに向かって叫んだが、彼は敵を追って城門の外に出た。





子供の頃から荒馬を乗りこなし、乗馬の腕前に長けていたアレキサンダーは、月明かりだけが頼りの暗い草原を素晴らしい速さで駆けていった。私とて馬の扱いには慣れているが、彼を見失わないようにするのが精一杯であった。城から遠く離れた場所まで来た時、敵は止まって私達二人を取り囲んだ。

「アレキサンダー、どうする?敵に取り囲まれてしまった」
「敵?後ろを向いて逃げようとした者など、敵にはならない」
「これは罠だ!ここまでおびき出された。今ここには二人しかいない」
「心配するな、お前の手柄がまた一つ増えるだけだ。百人を相手にたった一人で戦ったと伝説になる」
「一人ではなく二人だ、それも一人は・・・・」
「俺はここではお前の奴隷の立場だ。名前すら記録には残らない。だがどんな武将よりも戦いにおいては優れた腕前を持っている。いいか、敵が一人だろうと百人だろうと俺達二人で戦えば負けるはずがない。ガウガメラを思い出せ。あれほど絶望的な戦いですら神は俺達に味方してくれた。ここで死ぬということはありえない。ここにいる全員を殺そうなどと考えなくていい。少しやれば後は怖気づいて逃げていく、いいな・・・・行くぞ!」

アレキサンダーは大きな叫び声を上げて切り込んで行った。私もその後に続いた。彼の力はどれほど不利な戦いでも有利な展開にしてしまう。だが一つだけ誤算があった。どれほど味方が殺されても彼らは怖気づいて逃げるということがない。何人殺されようが、アレキサンダーが神がかりなほどの勢いを持っていようが、彼らの勢いは少しも変わらない。そして1本の矢がアレキサンダーの胸に当たり、彼は馬から落ちた。私もすぐに馬から飛び降り、彼の元へと急いだ。





アレキサンダーに刺さった矢は幸い急所を外れていた。だがこれでは戦いにならない。私は手に持っていた剣を遠くに投げ、両手を上げた。槍や剣を手にした大勢の敵も馬から降り、ゆっくりと近づいてくる。私は大きな声で叫んだ。

「私の名前はヘファイスティオン、お前達も名前を聞いているであろうアレキサンダー大王の側近だ。今この場で私達二人を殺すよりも、捕虜として私を連れて行く方がはるかにお前たちにとって有利であろう」

ギリシャ語で、そしてペルシャ語で話した。私の話した言葉がどれだけ彼らに通じるかはわからない。ただアレキサンダーと私の名前を繰り返し叫んだ。彼らは顔を見合わせて小声で話している。私達をどうするか相談しているのだろう。

「この男はひどい怪我をしている。すぐに手当てをしなければ死んでしまう。連れて行くのは私一人にしてくれ」
「ヘファイスティオン」

アレキサンダーが目を開けて弱々しい声で名前を呼んだ。私は彼を抱きかかえた。

「この男は私の奴隷だ。奴隷の身分でありながら、最後まで私に忠誠を尽くし、共に戦ってくれた。私が死んだ後は彼を自由の身にしてやりたい。だから彼の命だけは助けてやって欲しい。ずっと一緒に戦い、身分のことなど忘れて深く愛し合ってきた。だから助けてやってほしい」

今度はギリシャ語だけで話した。だが気持ちは伝わったのだろう。大将らしき男が私に近づいてきた。私はアレキサンダーの胸から矢を抜き、自分の服を破いて傷口を覆った。

「今はこれぐらいしかできない。傷はかなり深い。味方がくるまで動かないでじっとしていた方がいい」
「ヘファイスティオン、敵の捕虜になったらどうなるかわかっているのか」
「静かに!・・・・君と一緒に旅ができて楽しかったよ。二人だけでいろいろな話ができた。少しの間でも君を独り占めすることができてうれしかった。もう充分だから心配しないで・・・・」
「ヘファイスティオン」
「愛している・・・・いつまでも」

私はアレキサンダーに口付けをして、その体を草の上に静かに下ろした。立ち上がるとすぐに太い紐で手を後ろに縛られ、他の男と一緒に馬に乗せられた。振り返る間もなく馬は駆け出した。

「ヘファイスティオン、必ず助けにいく」

アレキサンダーのかすれた声が聞こえた。喉の奥から搾り出すような声が暗闇の中何度も聞こえたが、やがてそれも馬の足音に消されていく・・・・




                                         −つづくー



後書き
 アレキサンダーの命を救うために自ら捕虜になるヘファイスティオン、実はこういうシーンを前から書きたいと思っていました。自分の命を捨ててもというところが、すごく彼らしいと・・・・勝手な解釈です。
2005、12、7



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