偵察(13)
敵の大将に抱きかかえられるようにして歩き、小さな部屋に入れられた。質素な感じだが、ベッドや木のテーブルなどが置かれている。牢獄の見張りなどが生活する部屋なのだろうか。扉を閉め、鍵をかけると大将の男は身につけているものを脱ぎ始めた。
「お前が奴隷であるというのなら、その証拠を見せてみろ。いつもお前の主人にしていることと同じことを今ここでできるか?」
「はい」
薄暗い部屋の中で、男は身につけているものをすべて取り、ベッドの上に横になった。すぐそばに置いてある剣が目に入った。この男を殺して逃げることはできるだろうか?何度も鞭で打たれ続けた背中は焼けるように熱く、真っ直ぐ立っていることすら難しい。私は足元に跪き手を添えた。マケドニア人やペルシャ人とは全く違う浅黒い肌の色。アレキサンダーと同じようにたくましく筋肉がついたその体には同じように無数の傷跡があった。私は前に自分に与えられたペルシャ人の宦官のことを思い出し、同じように足をさすり始めた。こんなやりかたではなかった。その宦官は疲れて心も荒れていた自分を少しでも癒して喜ばせようとどれだけ気を使っていたことか。バゴアスとアレキサンダーもまた同じであろう。バゴアスは元は高い身分の家に生まれながら、宮廷内の争いで家族を殺され、奴隷にされたと聞いた。不幸な境遇の少年が、それでも運命のめぐりあわせでアレキサンダーと出会い、彼に愛されるようになった。どれほどの喜びを持って王の体に触れていたのだろうか。
「手だけでなく舌も使え。そんなことはしてこなかったか」
「いえ、あの方を喜ばせるためにはどんなことでもしてきました」
震えながら男の手に口付けし、彼のものを口に含んだ。私は今奴隷なのだからどんなことでもしなければならない。舌をうまく使ってそこを丁寧に舐め上げた。
「いいだろう、横になれ」
「はい」
すべて男の言うままに従っていた。なんのため?自分の正体をごまかし、アレキサンダーを守るためか。そうではない、ただ鞭が怖ろしいから・・・背中は鞭の痛みでズキズキしている。この体にこれ以上の鞭を受けること、それ以上の拷問をされることが耐えられなかった。
「ああー!・・・・ヒイー・・・いたい・・・・やめてください・・・・アアー・・・」
下半身を鋭く刺し貫かれ、私は泣き叫んだ。何度も犯され傷ついたそこは少しの刺激でも血が流れ、激しい痛みをもたらした。
「おねがいです・・・・どうか・・・・アアー」
「うそをつけ!お前の体は喜んでいる。乱暴に扱うほど、お前は喜ぶみたいだ」
「アアー!・・・・ヒイイー・・・・アアーン・・・」
激しい痛みも慣れれば快楽になるのか、私は不思議な感覚を味わっていた。痛みに泣き叫んでいるはずなのに笑い声が聞こえる。それも自分自身の声が・・・・
「お前の主人も似たようなものだろう。欲望に任せて奴隷を手荒く扱い、お前もいつのまにかそれに感じる体になってしまった。そんな扱いをされておきながら、よく主人の身代わりになる気が起きる。身代わりにならなければ捕虜となるよりももっと過酷な罰を受けるのか」
「いいえ、そんなことはありません」
体は慣れてきたようだ。意識もはっきりしてくる。自分の両肩を押さえつけ、激しく貫いてくるその男がアレキサンダーのようにも思えてきた。確かにアレキサンダーも時として自分を酷く乱暴に扱った。彼はあまりにも激しく愛を求めていたから、私の痛みなど気にする余裕はなかった。その激しさを愛していた。子供のように無茶なことばかりやり、わがままを言い、そして私を乱暴に扱うことで私を試していた。彼は不安だったに違いない。だからあんなにも私を激しく・・・・
「こわがらないで・・・僕はいつでも君のそばにいる・・・・どんなことがあっても必ず君のそばに帰るから・・・」
「いい顔をしているな・・・・今まで敵でも味方でも数え切れないほどの男を陵辱し、抱いてきたが、これほど穏やかでやさしい顔をしている人間を見たのは初めてだ。お前は捕虜となって拷問を受け、殺されそうになっている。それなのになぜこんなにも穏やかな顔を・・・・お前の心には恨みや憎しみというものがまったくないのか!」
男の声で我に返った。死が近づく時、人はかえって恐怖も憎しみもなくなってしまうのか。痛みも感じない。ただ一つだけ見えるものがある。聞こえる声がある。自分を探し求め気が狂ったように泣き叫ぶアレキサンダーの姿が、その声が・・・・
「一つだけお願いがあります。少しでも情けをかけてもらえるのなら、私を殺す時、苦しまない方法で殺し、すぐ見つけられるような場所に捨ててください」
「・・・・・・・・」
「あの方はやさしい人です。身代わりとするために連れ歩いた奴隷であっても、捕虜として連れ去られ、どのような死に方をしたのかわからないままでは、いつまでも嘆き悲しむような方です。だから最後に苦しまないで死んだと伝えたい・・・穏やかな顔でいる時に殺してください」
私の記憶はここで途切れた。意識を失ったのか、眠ってしまったのかはよくわからない。
意識が戻った時、私は馬の背の上にいた。両手を縛られ、目隠しをされたまま抱きかかえられるようにして馬に乗っている。これから殺される場所に行くのか・・・・今私を抱きかかえているのはあの大将の男なのか。私の願いを聞き入れてくれるのだろう。風は冷たい。自分の手で手綱を持たずに馬に乗ることは不安定だ。子供の頃、アレキサンダーと一緒に遠乗りに出かけ、彼の姿を見失って泣いたことが何度もある。
「なんだよ、ヘファイスティオン!もう少し馬を速く走らせてくれ・・・・泣くなよ、これぐらいのことで」
「だって、君が見えなくなったから・・・・怖くなって・・・・」
「俺はもっと怖かった・・・・お前が見えなくなって・・・でも俺は王の子だ。泣くわけにはいかないだろう。どんなことがあっても・・・・」
「アレキサンダー、泣かないで、僕はいつもそばにいるから・・・たとえ何があっても・・・・僕の心は君の近くにある。決して離れない」
「ここで降りろ!」
男の声がした。いよいよその時が来た。馬から降りて木の幹にもたれかかるようにして立たされた。
「目隠しは取った方がいいか」
「このままにしてください。私は弱い人間です」
「ならばお前の愛する者にはずしてもらえ。これだけの奴隷はめったにいない、大切にされるであろう。馬の足音が聞こえる。もうこの近くまで来ている。ぐずぐずしているとこっちが八つ裂きにされてしまう。それからアレキサンダー大王に会ったら伝えろ。次に会う時はそれぞれ国の興亡をかけての大きな戦いとなる。二度と情けはかけない。そう伝えておけ!」
「待ってください、あなたの名前は」
「敵に名前を教えるやつがいるわけないだろう、ヘファイスティオン。お前がもう少し用心深くなれ。そうでないとあの王はいつ命を落としてもおかしくはないぞ」
「知っていたのか」
「知ってはいても、いまのわが国には他の国を攻めるほどの兵力はない。使えそうな捕虜も拷問で死なせてしまったし、その上大将まで失ったらわが国は滅びるだけだ、いくぞ」
その男は馬に乗り、行ってしまった。すぐに私の耳にもたくさんの馬の足音が聞こえてきた。その中に間違いなくアレキサンダーもいる。目隠しをしていても馬の走らせ方でわかる。私がどこかにいないかと目を血眼にして探しているようだ。
「アレキサンダーの側近、ヘファイスティオンはここにいる!」
私は大声で叫んだ。同時に強く抱きしめられた。まだ目隠しをつけたままで顔は見えないが、それが誰であるかははっきりとわかった。その力強い両腕に身を任せ、再び私は意識を失った。
−つつくー
後書き
ヘファイスティオン、なんとか助かりました。大王は来るのが遅すぎる!全然活躍してないです。ヘファのけなげさに
敵が心を動かされたということで・・・・
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