偵察(14)
城へ戻った私は国を救った英雄として迎え入れられた。アレキサンダーのことは、この国の王や一部の部下達には気づかれてしまったが、彼らは固く秘密を守り、全ては私の手柄とされた。途中の街などで離れ離れになってしまった私の部下などもすべて城に呼び集められ盛大なもてなしを受けた。拷問によって傷ついた体も手厚い看護で少しずつ回復して起き上がれるほどになると、この国の貴族や役人など様々な人が見舞いにきた。私は微笑みすら浮かべて彼らに語った。自分がどのように敵と戦い、捕虜として捕まってもどう逃げてきたかを・・・・全てはうまくいくように思われた・・・・自分の心にうそをつき、英雄としてふるまっていれば・・・・
「ヘファイスティオン、大した人気だな・・・・お前の名前はこの国で長い間語り継がれることになるだろう。傷の具合はどうだ?」
部屋で二人きりになった時、アレキサンダーの手が伸びた」
「やめてくれ!触らないでくれ!・・・・頼む・・・・別の部屋で寝てくれ・・・・今は一人でいたい」
私は激しくわめきちらした。他の人間の前では自分を偽り、ごまかす事ができても、アレキサンダーに対してだけはうそはつけない。拷問と死の恐怖から、敵の前に惨めに跪き、体を差し出してしまった。なぜあんなにも簡単に自分を捨ててしまったのか・・・あのまま何もせずに拷問を受け続けていれば、命は失ったとしても誇りを守ることはできたはずだ。
「ヘファイスティオン、どうしたんだ。お前に何があった。教えてくれ!」
「何もない、何もなかった・・・・ただ鞭で打たれた痛みと恐怖が忘れられなくて、毎晩夢を見る。夢を見てうなされて叫び声をあげて・・・・そんな惨めな姿、君には見せたくない」
「俺のせいでお前は酷い目にあった。俺は今何をすればいい」
「何もしないで・・・・ただ離れていてくれれば・・・・君に見られたくないんだ・・・・こんな姿を・・・・」
「わかった、もうしばらくお前の傷が治るまで・・・・俺は離れた場所にいるよ」
アレキサンダーは部屋を出て行った。死を覚悟した時、どんな姿になっても、心だけでも彼の元に帰りたいと願っていた。だが死の恐怖がなくなり、生き延びられると知った時、何もかも失い、汚れた惨めな体だけが残された。そして体だけでなく心も少しずつ狂い始めていることに気がついた。毎晩のように悪夢を見る。夢の中で酷い拷問を受け、犯され続けた。その中で狂い笑い声を上げている自分の姿が見える。気が狂って笑いながら何もかもしゃべってしまう自分を見つめるアレキサンダーの深い嫌悪と絶望の表情・・・・このままではいけない、なんとかしなければ・・・・部屋の中を見回すと、棚の上に薬草の粉末を入れた小箱が見えた。激しい痛みに苦しんだ時、医師がほんの少量だけ、その粉末を水に溶かして飲ませてくれた。決して一度に大量に飲んではいけないと言われた薬草の粉末、それをワインに溶かして一息に飲み干した。
ワインのためか、強い薬のせいか、喉が焼けるように痛い。ふらふらした足取りで部屋を出て隣の部屋で寝ているアレキサンダーの近くに行った。足がもつれてうまく歩けなくなり、途中で倒れた。薬が回ってきたようだ。アレキサンダーはよく眠っていて目を覚まさない。這うようにして、彼のベッドに近づいていく。
「アレキサンダー、僕はうそつきだ。敵とうまく交渉して逃がしてもらったわけじゃない。本当は跪いて、犯されるままになっていて、あまりの哀れさに同情されて逃がしてもらったんだよ。・・・・弱虫で卑怯者の僕はもう君と一緒には歩けない。君と一緒にどこまでも歩いて行きたかった・・・・」
震える足取りでベッドまでたどり着いた。アレキサンダーの顔を見た。目を閉じてもその顔をはっきり思い浮かべることができる。同じベッドに入り、彼の体に腕を廻した。びっくりするほどその体には肉がなくやせ衰えていた。
「僕のことはもう心配しなくていいよ。ただちょっと薬の量を間違って飲んだだけだから・・・・ここまで偵察に来たことも後悔しないで・・・一つの国を滅亡の危機から救った英雄として名を残す。こんな栄誉を君からもらったのだから・・・でもこれ以上生きていたら・・・・」
これ以上生きながらえれば、きっと私は自らの手で、栄誉も何もかも壊してしまうだろう。そしてまたアレキサンダーを酷く苦しめてしまう。私を心配してこんなにもやせ衰えてしまった彼のことを・・・・私はもう一度アレキサンダーの体を強く抱き、顔に微笑を浮かべて目を閉じた。微笑を浮かべて・・・・自分が苦しみの中でなく、幸福に包まれて死を迎えたことを伝えたかったから・・・・アレキサンダーと出会えた幸せ・・・・そして愛する者を抱きしめながら死んでいく幸せを・・・・・
−つづくー
後書き
こういう状態を心的外傷というのでしょうか?でもはやまらないでヘファイスティオン!・・・次回が最終回です。
2005、12、19
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