偵察(2)

私の天幕で愛を交わした後、アレキサンダーは明かりをつけて地図を取り出した。

「この道を南に真っ直ぐ進むとやがて海に出る。ここまでは一緒に行き船を購入する。お前は兵士の中から腕のたつ者を選んでここから船に乗る。南へ真っ直ぐ進み、この辺りで上陸して、この土地がどうなっているか調べてきてほしい」
「今までこの土地に足を踏み入れた者はいるのか」
「誰もいない、お前が初めてだ」
「誰も行ったことのない土地に行かせるというのか」
「ああそうだ、お前は俺で、俺はお前だから、お前には安心して全てを任せられる」

アレキサンダーはまた私の薄い衣の下に手を伸ばした。

「さっきやったばかりだ」
「何度いってもお前の体の中は初めての土地のように感じられる。お前は果てしなく続く道のようだ。どこまでいっても終わりがなく俺を誘い込んでくる」
「バゴアスにもこういうこと言っているのか」
「バゴアスには何も言わない。あいつは黙っていても俺が何を望んでいるか感じ取って俺の望み通りのことをする。お前は違う。言葉を交わし、手を触れ、実際に中に入らなければ何もわからない」
「あ、痛い・・・アレキサンダー・・・」

宦官のものとは明らかに違う硬くゴツゴツした指が差し込まれると私は思わず腰をずらしてしまう。

「逃げるなヘファイスティオン!未知の土地に俺は何度も迷い込みたい。道を開いて待っていろ」
「私は君のなんなのだ、アレキサンダー」
「俺の全てだ」

私が少し足の力を緩めると、アレキサンダーは勢いよく私の中へと侵入してきた。何度も何度も同じ行為が繰り返される。彼には疲れるということはない。一度その気になれば遠征も愛を交わすときも同じ勢いと激しさでとことん突き進む。私の声はあえぎ声から悲鳴へと変わり、意識は遠のいていく。




思ったよりも早く、海の見える大きな港街についてしまった。今まで遠征の途中海を見ることは大きな喜びであったが、今回はそうではない。もしかしたらここがアレキサンダーとの最後の別れの地になるかもしれないと思うと、海は大きな魔物のように見える。寒くもないのに体は震え、馬の手綱を握りしめてしまう。

「何度見ても海は素晴らしい。この辺りの海はまたなんて美しいことか。この海の色をアキレスやパトロクロスは知らない」
「20年も海の上をさまよったオデッセウスもここまでは来ていない。そこへ私は行くのか」
「ああそうだヘファイスティオン。お前は誰も知らない未知の海に向かって航海する。なんと素晴らしいことか」

馬の上で小声でつぶやいた声もアレキサンダーにはしっかり聞こえていた。そして同じく馬の上から素晴らしくよく通る声で返事が返ってきた。




気が進まなくどんよりとした気分の私とは逆に、アレキサンダーは実に生き生きと楽しそうに私の乗る船に食料や衣類などを運び込んでいく。偵察だというのに宝石やら豪勢な衣装まで船に運ばせているので私は少々驚いた。

「アレキサンダー、この船は偵察に行くだけだろう。王や王妃が乗るわけではないのに、何をこんなにたくさん詰め込むんだ」
「この海の向こうには俺達の知らない大きな国があるかもしれない。どんな国のどんな王と会っても大丈夫なように、お前もそれなりの衣装を持っていけ」
「私は王ではない」
「王の代わりに行くのだ。これなんかお前によく似合いそうだ。ちょっと着てみせてくれ」

金銀宝石で飾られた豪華な箱の中からこれまた特別派手な衣装を取り出した。ペルシャの王女が着ていたような衣装で濃い赤の布地に金、銀の刺繍と小さな宝石がびっしり縫いこまれている。

「こんな派手な服持っていってどうする。これ着て偵察などしていたらすぐに敵に見つかって殺される。こういうのはロクサネかバゴアスにでもプレゼントしてくれ」
「そうか、お前に似合いそうだと思って選んだのだが・・・バゴアスに豪華な衣装など必要ない。あれはもう裸のままで、あるいは薄い布地を身につけただけで、完全なまでに美しい。豪華な衣装などかえって邪魔になるだけだ。それに比べてお前は粗末な服を身につけてそのままの顔でいれば誰も注目したりはしない。だがひとたび王族の衣装を着て、目にアイラインを入れ顔立ちを整えれば誰もが振り返る美しさと気品をかもし出し、王と思ってみながひれ伏す。全部持っていけ」
「この海の先に君が夢見ているような国があってこの服が役に立てばいいのだけれど・・・・」

どうもこの海の先は砂漠かジャングルのようで豪華な衣装よりも飲み水でも大量に持っていった方がよさそうだが、王であるアレキサンダーにあまり逆らうことはできない。




偵察の準備は着々と進められ、明日はもう出発という日になった。最後の夜、アレキサンダーは私の天幕に来てくれるだろうと思ったがいつまでたっても来ない。待ちきれなくなってアレキサンダーの天幕を訪ねた。

「ヘファイスティオン様、アレキサンダー大王は急に大切な用があるからと言ってバビロンに戻られました。しばらくは戻って来れないそうで、後のことはプトレマイオス様に任すと言っておられました」
「そんな話は何も聞いてない!なぜ急にバビロンになど行く」
「私にもよくわかりません。先ほど急に言われましたので・・・」
「なぜ、それをすぐ私に伝えないのだ!」

私は怒って取り次ぎに出てきたバゴアスに詰め寄った。

「もうしわけありません。ヘファイスティオン様には内緒にしておけと大王に言われましたので・・・」
「他の者は知っていたのか」
「はい、もうしわけありません」
「もうよい、下がっていろ。」

なぜアレキサンダーは私にだけ何も言わずにバビロンへ行ってしまったのだろうか?ユーメネスとのことをまだ怒っているのだろうか。

「よ、ヘファイスティオン、気の毒だったな。せっかく最後の夜だというのにアレキサンダーはお前に何も言わずに行ってしまった。本心を知られたくなかったのだろう。今頃は偵察を命じてちょうどよいやっかいばらいができたと喜んでいるさ。おっと、ここでまた剣など抜いてもらっては困る。今度もめごとを起こしたら俺まで死罪にされてしまうからな・・・がまんがまん・・・お前に言いたいことは山ほどあるけどそれもどうせ明日までだ・・・2度と戻っては来られないだろう。まあアレキサンダーも多少哀れんで宝石を持たせてくれているじゃないか・・・・」

私はその場を走り去った。これ以上ユーメネスの言葉を聞いて冷静でいられる自信はなかった。




翌朝、私を乗せた船は出港した。あらかじめ選んでおいた兵士100人ほどと一緒に船に乗ったのだが、アレキサンダーは見送りにきていないし、ユーメネスがきのう余計なことをみなに言いふらしたのだろう。まるで戦に敗れて捕らえられた捕虜のように暗く沈んだ顔をしている。大勢の人間が見送りに来ているが、勝ち誇った顔のユーメネスやバゴアス、王妃ロクサネなど会いたくない連中ばかり、視線を港ではなく遠くの山の方に移した。もしかしたらバビロンに向かう途中のアレキサンダーの姿が見えるかもしれない・・・だが私の願いはむなしく陸地のどこをどうさがしてもアレキサンダーの姿は見つけられなかった。潮風にあたっているためか目が痛く、視界がぼやけてくる。



                                                 −つづくー



後書き
 まるで島流しにされるみたいでかわいそうなヘファイスティオン(実は裏がありますが)それにしてもユーメネスはいやな性格です。
 2005、11、3





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