偵察(6)

薄暗い船室が急に明るくなった。朝日がさしている。外は太陽の光でまぶしく輝き、海は穏やかで波もほとんどない。遠くには陸地が見える。海の向こうに大きく広がる大地。小さな島ではない、未知の大陸が目の前に広がっている。

「アレキサンダー、起きてごらん。朝が来た」
「まだ眠い」
「遠くに陸地が見えるよ」
「本当か!」

アレキサンダーはベッドから飛び起きて窓の方へと走った。朝日は前よりももっと明るく船室にさしこんでくる。アレキサンダーの金色の髪も青い眼も光を反射して輝いている。

「俺達はついにここまで来た。長い戦いと遠征を繰り返し、誰も見たことのない新しい土地に・・・今こうしてお前と二人、未知の大陸を眺められるなんて夢のようだ」

肩を抱かれ、体を預けて目を閉じた。本来ならここで甘い口付けでも交わすところなのだが、どうも私の体の調子がおかしい。頭が重く、悪いものでも食べたかのように胸が苦しくなってきた。私は急いでアレキサンダーのそばを離れ、容器に向かって腹の中の物を吐き出した。きのう食べた物をすべて吐き出してしまっても、気分の悪さはおさまらない。何度も吐き続けているうちに黒っぽい水のようなものを吐くようになった。

「おい、ヘファイスティオン、大丈夫か」

アレキサンダーが私に近づいてくる。そばに来ないでくれと言いたいのだが、声が全く出ない。手で振りほどくように合図を送るのだが、彼は構わず近づいてきて私の背をさする。

「全部吐いてしまえば楽になる。船酔いか」
「そうらしい・・・少し離れた場所に・・・」
「お前が苦しんでいる時に離れた場所に行けるか!」
「だって君は王で・・・」
「そんなこと関係あるか!さすっていた方が楽だろう。今は何も気にするな・・・お前と俺と二人だけしかいないのだから・・・」
「ヘファイスティオン様、朝食をお持ちしました。それに大きな大陸も見えています。このまま進んで上陸しますか」

船室の外から声が聞こえる。だが私は声を出すこともできない。

「ヘファイスティオンさまはよくねておられます。あさのしょくじはおれ・・・わたしがたべさせてやる・・いえさしあげます」

女の声を真似して、アレキサンダーが妙に甲高い声と変な話し方でしゃべった。私は笑いをこらえるのに必死になった。

「ヘファイスティオン!代わりに答えてやったのに何を笑っている!」
「だって君の話し方が・・・」
「声が出せるなら自分で返事ぐらいしろ!」
「静かに、聞こえるよ」
「大丈夫、もう行ったみたいだ」





「おい、ヘファイスティオン、お前本当に何も食べなくて大丈夫か」
「何も食べられそうにない・・・ああ、なんかまだ腹の中に何かいるような感じがして気持ち悪い」
「大変そうだな、まあきのうのあの波ではお前だけでなく何人も船酔いしているだろう」
「君は平気なのか」
「何も感じてないが・・・・」
「うらやましいよ、船にも強いんだな」
「オデッセウスほどではない。彼は故郷に帰れず20年間も海の上をさまよった」
「20年か、2日でもうんざりだというのに・・・」
「お前と一緒なら20年間海の上をさまよってもいいぞ」
「とんでもない、早く陸地に足をつけて眠りたい」
「もうそろそろ上陸できるんじゃないか。お前はもう甲板に上がっていた方がいいだろう」
「君はここにいるのか」
「まだ朝食を全部食べ終わってないし、今は奴隷女の身分だ。いつも真っ先に飛び起きてみなに号令をかけなければならなかったが、こうしてのんびりできるのも悪くないね。お前がこの偵察隊の隊長だ。部下の前で恥をかかないようしっかりやってくれ」
「アレキサンダー・・・」

私は救いを求めるような目で必死にアレキサンダーを見つめるのだが、彼は意地悪く笑っているだけであった。

「ヘファイスティオン様、早くきてください。岸に近づいています」
「そら、お呼びがきた。未知の土地に新しく最初の一歩を踏み出す栄誉をお前にやるよ。がんばってこい」

まだ頭は重く、吐き気が続いている。それに昨夜怪我をした手もズキズキと痛む。こうなるともう栄誉もなにもどうでもいいことのように思われて、ただこの場に座り込んでいたいのだが、そうするわけにもいかない。ふらふらする体で、倒れないように足を踏ん張りながら甲板へと上がった。未知の大陸はもう目の前に迫っている。青い海と白い砂浜、その向こうには見たことのない木が茂るジャングルとなっている。だれも踏み入れたことのない未知の土地。古代の英雄はみなこうした光景を見て胸をわくわくさせたのであろう。だが私は吐き気をこらえ、ただ真っ直ぐ立っているのが精一杯であった。

「ヘファイスティオン様、素晴らしい光景ですね。この穏やかな海と美しい砂浜、海の神ポセイドンも他の神もみな我々を祝福しているのですよ。さあ、行ってください」

船は砂浜に上がり、私は恐る恐る白い砂浜に足を踏み出した。周りにはまったく人の気配はなく、目の前のジャングルからは鳥やけものの声だけが聞こえる。神話や伝説として伝えられている未知の土地にとうとう足を踏み入れてしまった。日差しは暑く、汗ばむほどであったが、私の体は震えていた。今すぐにでも船に戻りたい気分なのだが、振り返らなくても私を見つめる痛いほどの視線を感じている。船に向かって大きく手を振り、さらに先へと進んだ。



                                               −つづくー



後書き
 無事に陸地にたどり着いたけど、アレキサンダーは姿を見せられないため、まずは一人だけの上陸、船酔いで気分は悪いし、不安で一杯です。アレキサンダーは船酔いとかもしないだろうと思います。オデッセウスの生まれ変わりとか、何事も神話になぞらえて気合で乗り越えていきそうです。
2005、11、15



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