偵察(7)

灼熱の太陽に熱せられた白い砂浜は余りにも熱く、私はたいした距離を歩く前に船へと引き返してしまった。森の中に進んでいくにはそれなりの準備が必要であろう。すぐに100人ほどの兵士を集め、そのうちの半分ぐらいの人数を実際に森の中に偵察に行く者として選び準備を始めさせた。自分の船室に戻るとアレキサンダーが部屋一杯いろいろな服を広げたままにしている。

「なあ、ヘファイスティオン、俺はどんな衣装を着ていったらいいかな。森の中を歩くにはあまり長いドレスはじゃまになるだろうし、かといって、俺のことがすぐにわかってしまう衣装でもよくないし・・・」
「まさか君も一緒に行く気か?」
「当たり前だ、俺とお前はどんな時でも一緒にいた。あの運命を分けたガウガメラの戦い、生死をかけた戦いの中でもお前はいつも俺のそばにいた」
「アレキサンダー、今度は戦いではなくて偵察だ。悪いことは言わないから君は船に残っていた方がいい。まだ誰も足を踏み入れたことのない森へ行くのだ。どんな危険な動物がいるかわからない。飲み水や食料だってどれくらい必要になるかわからない。そんな危険な場所に、君を連れて行くことはできない」
「その危険な場所にお前を行かせていいのか」
「私は側近の一人に過ぎない。けれども君は大軍を率い、いくつもの国を支配する大王だ。私の代わりはいくらでもいるが、君の代わりはいない。わかってくれ」
「お前の代わり?お前の代わりになれるものがどこにいるんだヘファイスティオン!お前は俺のたった一人の・・・」

アレキサンダーは私の体を抱きしめてきた。

「お前の代わりなどいるわけがない。危険な場所に一人では行かせない。一緒に行こう」
「わかったよ、連れていくよ。ところで君はどんな格好で偵察にいくつもりだ」
「やっぱり女の衣装の方がいいよな、それならお前のそばにぴったりついていても誰も怪しまない」
「女に見えるよう気をつけて歩いてくれ。昼過ぎには出発する予定だ。ついてくるつもりなら、自分の持ち物は自分で用意してくれ。それにこの衣装の山もなんとかしてくれ」
「そういう細かいことは今までずっとバゴアスがやってくれた。俺はどうもこういうめんどくさいことは嫌いだ。ヘファイスティオン頼む!俺の荷物の準備もして、この部屋も片付けてくれ」
「私はすぐに連れて行く者と地図を見て細かい打ち合わせをしなければならない。アレキサンダー、君だって知っているだろう。大勢の人間を率いて行くことがどれだけ大変か・・・今回は私がその立場を背負っている・・・君は自分のことぐらいは・・・・」
「そんなこというならバゴアスも連れてくればよかった・・・」
「わかった、わかった・・・君は王だ。何もしなくていい」

私はため息をついた。今アレキサンダーはいつもの王である自分を忘れて自由な立場を楽しんでいる。そして私がその分いろいろな役割を引き受けなければならない。





結局その日の準備は予定より大幅に遅れてしまい、翌朝早く出発することにした。偵察に行くのは50人程の兵士と数人の女や奴隷、そして女の衣装を着て顔をベールで隠したアレキサンダーも私のすぐそばを歩いた。森の中は今まで見たこともないような木が生い茂り、道はほとんどなく歩きにくい。木の下にいて、直接太陽の光が届かない場所を歩いているのに、むっとするような暑さで汗が噴出してくる。

「ヘファイスティオン、なんだこの暑さは・・・砂漠も暑かったがそれとは別のいやな暑さだ」
「砂漠は乾燥していたが、ここは湿気が多いからだろう」
「汗をかいて気持ちが悪い、早く風呂に入りたい」
「アレキサンダー、私は君に前もって言った。ここにはこない方がいいって」
「そう怒るな、俺はお前と一緒にいられればどこだっていいんだ。たとえ燃えるような暑さの場所でも、大雨の中でも・・・」

空が急に暗くなった、と思ったらいきなり激しく雨が降ってきた。雨を避ける場所もなく全員ずぶぬれになったが、立ち止まると体が冷えるので、そのまま歩き続けることにした。雨は降るだけ降るとまた急に止み、太陽が雲の切れ目から見えたと思ったら、また灼熱の暑さになった。びしょぬれになった衣服がすぐに乾いたのは都合がよかったが、暑いのになぜか私の体はガタガタ震え、寒気がする。雨で濡れて熱を出したのだろうか?木の上に小さな人影が見える。私は皆を休憩させ、自分も木の下に座り込んだ。アレキサンダーが心配そうに覗き込む。

「ヘファイスティオン、大丈夫か」
「熱があるみたいだ・・・幻が見えた・・・木の上に小さな人のようなものが見えた」
「それは幻ではない、俺も見た。人かけものかよくわからない。俺達に危害を加えるものかどうかも・・・」

体は小さくても動きはすばしこく、数もたくさんいるようだ。兵士に命令して、その木の上にいるものを捕らえて調べてもらうことにした。場合によってはここでまた戦が始まるかもしれない。私の体は熱くなり、頭はぼんやりとしている。こんな状態でどうやって戦えばいいのか。

「ヘファイスティオン様、捕まえました!木の上にいたのはこいつらです。人間ではないようです」

捕まえられて木で作ったおりの中で暴れているものをみた。全身毛で覆われ、言葉はまったくしゃべらない。人間ではなくけものであろう。

「このけものは捕らえた時どうだった。人間を襲うようなそぶりを見せたか」
「いいえ、暴れはしましたけど、集団で人間を襲って食べるような生き物ではないと思います」
「そうか、ではこの生き物についてしばらく様子を見て記録をつけたら、放してやれ。さっそく新しい報告書が書ける。この辺りの森には人は住んでいなく、木の上に住む、人の形をしたけものがいるだけだと。ここは人が住めるような場所ではないだろう、先を急ごう」





歩いても歩いても森はなかなか終わりにはならなかった。私達は明るい時間は太陽を目印に歩き続け、夜は洞窟や木の陰などに天幕をはって休んだ。木の上には様々な色や形の生き物を見た。地上にも様々な生き物がいる。そして熱帯の熱さと急に降る雨、持ってきた水はたちまち腐り、水の代わりに強い酒を飲むようになった。食べ物も腐ってないものを選んで食べるしかない。昼も夜も暑さと酒と熱でぼーっとなり何かを考える気力もなかった。ここは、呪われた土地だ。早く抜け出したい。兵士も私も誰もがそう思った。だが一人だけ、このような土地でも全く動じないつわものがいた。

「ヘファイスティオン、ほら、あの鳥を見たか、あの色は初めて見る色だよ。素晴らしいな・・・今度はあの鳥の羽飾りを兜に飾りたい」
「・・・・・・」
「あんな色の蝶が本当に飛んでいるなんて・・・ここは誰も見たことのないものばかりだ。ギリシャにあるどんな本もこの土地のことは書いてなかった。偵察が終わったら、遠征の時は学者も連れてここにこよう。未知の土地、誰も見たことのない生き物達、素晴らしい!そう思うだろう、ヘファイスティオン!」
「そう思う・・・素晴らしいよ・・・」

私はかろうじて返事をするが、もう珍しい鳥も、蝶もどうでもいい、早く帰りたいという気持ちであった。

「ウワー!」

足に一瞬鋭い痛みが走った。

「危ない!毒蛇だ!」

アレキサンダーの声が聞こえたが、私の足は激しい痛みに襲われ、意識が遠くなりそうになった。



                                           −つづくー




後書き
 どこに行っても何があっても大丈夫なアレキサンダーと、人一倍敏感で病気になりやすいヘファイスティオン。苦難の旅は続きます。






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