偵察(8)

太ももの辺りに鋭い痛みを感じ、目の前が真っ暗になった。

「毒蛇だ!離れろ!」
「こやつ、よくも!」
「死んだか?」
「はい、蛇は叩き殺しました、しかしヘファイスティオン様が・・・・」

木の緑が暗闇の中ちらちらと見えるが、それも少しずつもやがかかったようにかすんでくる。このまま何も見えなくなってしまうのだろうか?





「ヘファイスティオン!俺だ、わかるか?」

目の前にアレキサンダーの顔が見えた。天幕の布がぼんやりと見える。意識を失っている間に、天幕が張られたらしい。

「ヘファイスティオン、お前は毒蛇に噛まれた。このままでは毒が全身にまわって死んでしまう。俺はその手当ての仕方を知っている。少し痛いかもしれないけど、我慢してくれ」

アレキサンダーは私の足の付け根を細い布で固く縛り、短剣を火にかざした。

「これから、どうするかわかるな。何も怖れるな。俺が必ずお前の命を救う。俺を信じろ!目を閉じて俺のことだけを思え。ガウガメラを思い出せ・・・そうすれば痛みも恐怖も克服できる」

私は目を閉じた。太ももに焼け付くような痛みを感じ、叫び声をあげた。火で熱した短剣の先が、傷口をえぐり、血が溢れ出す。彼の左手が私の足を強く押さえつけ、右手の短剣で傷口を広げ、毒を押し出そうとしている。あまりの苦痛に絶叫し、脂汗と涙を流した。

「ヘファイスティオン、苦しいか。これはお前のためではない。俺のためだ。お前を失ったら俺は生きていけない。だから俺のために我慢してくれ・・・・痛みに耐えてくれ・・・・」

目を開けると血だらけになったアレキサンダーの顔が見える。まさか、自らの口で毒を吸い取ってくれていたのか・・・」

「やめてくれ・・・そんなこと・・・君の口に毒が・・・・」
「俺の体にはアキレスの血が流れている、蛇の毒ぐらいで死んだりはしない。だけどお前はパトロクロス、不死身の体ではない。俺が代わりに蛇に噛まれればよかった。そうすればお前にこんな痛い思いをさせずに・・・・」

彼の目には私よりも遥かにたくさんの涙が流れていた。私はその頭にそっと手をのせ、顔に微笑を浮かべた。

「心配しないで・・・君のおかげで私は助かった。君のことを思えばどんな痛みにも耐えられる・・・」

口ではそう言いながらも私は意識を失っていた。





数日、同じ場所に滞在し、私の体も歩けるぐらいまでに回復した。アレキサンダーはその間ずっと女の衣服を着て、顔もベールで隠したまま、私の世話をしてくれた。ただし、彼はあの時とっさに毒蛇を叩き殺していたそうだから、その近くにいた兵士には女でないことは、わかってしまったようだが、彼らは何も言わずに秘密を守ってくれた。もっとも私のそばにいる女の格好をした奇妙な男がアレキサンダーであることに気がついている者はいないようで、私がどこかで見つけた変な男を寵愛しているぐらいに思っているのだろう。滞在している間に少しずつこの土地の環境にも体が慣れてきた。他の者も決まった時間に降る雨をためて飲み水にしたり、食べられそうな木の実を探したり動物を捕まえてきたりと、ここでの生活に慣れてきたようだ。もう、2,3日もすればまた偵察の旅を始められるだろう。

「ヘファイスティオン、どうする?偵察はここで終わりにして、引き返すか?」
「いや、引き返えしたりはしない。まだ砂浜の海岸と森の中を少し歩いて見ただけだ。この先に進めばきっと私達の知らない国があるに違いない。その国を調べるのが私に与えられた役目だ。船酔いや嵐に苦しみ、毒蛇に噛まれて見たのは熱い砂浜と怖ろしい生き物がいるジャングルだけだった、ということでは偵察にならない。このまま帰ってもユーメネスや他の連中の笑いものになるだけだ」
「お前は勇気があるな、俺だったら毒蛇に噛まれたらその先に行こうなんていう気力はなくなるな」
「君はアキレスの血を引いているから毒蛇ぐらい・・・」
「それはお前に心配かけさせないようそう言っただけだ。俺だって本当は神の血など引いてない普通の人間だということぐらいよくわかっている。それでも周りの人間にはそう思い込ませ、自分も信じなければ奇跡を起こすことはできない。本当の俺は弱い人間だよ。お前の傷口を見て、自分だったら耐えられないと思った。それなのに偉そうに俺のことを思って痛みに耐えろと・・・・」
「アレキサンダー、私は、君がそばにいてくれるなら、どんな痛みも耐えられるよ」
「ほんとうか」
「ほんとうだ・・・・」





「うわー!・・・ヒイー・・・イ、イタイ・・・アアー」

夜、アレキサンダーはキスもなく、指や香油も使わず、いきなり私の体の中に入ってきた。

「ちょっと待ってくれ!・・・これ以上絶対無理だ!・・・香油か何か・・・アアー・・・お願いだー・・・・」
「ヘファイスティオン、お前は大げさだ。俺だって何も使わず乾いてかたくなったお前の中に入るのは相当な苦痛さ。だけど今俺は声も出さずにその痛みに耐えている。お前と一つになるために、これが運命の与えてくれる痛みなら喜んで俺は受け入れる」
「やめてくれ!・・・私は普通のやり方で充分だ!・・・それ以上のことは・・・・」
「大声を出すなヘファイスティオン、こんな薄い天幕、中の声は周りに全部聞こえてしまうぞ」
「だったら、無理しないで香油を使えば・・・君だって痛い思いをしてまで・・・アアー」
「いいよ、最高にいい。何も使わない方が遥かに強くお前を感じることができる。アアー、最高だ・・・・痛みを乗り越え克服した時、人は神に近づける・・・・」

久しぶりに体を重ねるということもあって彼は陶酔していた。こうなると誰も止めることなどできない。私はできるだけ楽なように体の位置をずらしたりするが、かえって押さえつけられてぎょっとするような痛みを味わい、絶叫してしまう。彼は私が泣こうがわめこうがおかまいなしに全身の力を込めてたたきつけてくる。やはり彼は神の子だ。人間である私とは力が違いすぎる。そう思った時、彼の動きが止まった。一瞬痛みから解放された私は、思わず声を上げて笑い出してしまった。

「ヘファイスティオン、お前も今感じているのか・・・・いいだろう」
「ああ、いいよ、アレキサンダー・・・・君にはかなわない・・・・」
「俺と並んで歩けるのも、俺の相手ができるのもお前しかいない」

確かにそうだと思うと笑いがこみ上げてきた。後ろからはさらに力強い痛みが加わる。再び絶叫しながらも、そんな無理な愛し方をしてしまうアレキサンダーがたまらなくいとおしく感じられた。



                                     −つづくー



後書き
 蛇の毒からは助かったけど、また痛いおもいばかりするヘファイスティオン。でもこういうのって最高に幸せな瞬間なのかもしれない。
 2005、11、28





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