偵察(9)
長い間、密林の中を見たこともないような動植物を見ながら歩き続け、ようやく木がまばらに生えている場所に出た。地図を見てもどのあたりに自分たちがいるのかさえよくわからない。だが密林よりも乾燥した土地の方が少しは人の住む町があるに違いない。
「やっと森を抜けたか。ちょうどいい、もう蛇やさるにはうんざりしていたところだ」
「君は、珍しい鳥や蝶を見つけたといって喜んでいたじゃないか」
「初めのうちはそうだが、毎日見ていると珍しくもなくなる」
「向こうの方に家らしき物が見える」
「早くそこへ行こう」
「ちょっと待って、どんな部族が住んでいるか、この土地を支配している王がいるのかどうか、全くわからない場所だ。慎重に行動しなければ・・・・」
「面倒だな、たいして大きな町でもなさそうだ。このまま進んで大丈夫だろう」
「君は無鉄砲過ぎるよ。強大な帝国を支配する王が、少人数の部下しか連れずに、知らない所へ乗り込んで行くなんて・・・誰か偵察に行かせよう」
「偵察の偵察か、そんなことわざわざしなくても・・・・」
「今ここで命令を出せるのは君ではなくて私の方だ。二人きりの時はともかく、皆の前ではそうふるまわなければ・・・」
「わかっているよ、ヘファイスティオン隊長。こうして話している時のお前の顔は、俺に攻められてヒイヒイ言っている時とはまるで違う。涙まで浮かべてゆるしてくれと・・・・あの時の顔は実によかった」
「アレキサンダー、いい加減にしてくれ!他の者に聞かれたら、私の立場がないだろう」
「その顔がまたたまらない」
彼は私の顔に唇を近づけてきた。
「ヘファイスティオン様!」
「痛い!何をする!」
部下の声がして、アレキサンダーは反射的に私の頬をなぐった。
「ヘファイスティオン様の顔に蚊が止まっていました。このあたりの蚊は病気を運ぶので大変危険です」
「そうか、よくやった。ヘファイスティオン様、町が見えてきましたが、どのような部族が住んでいるかわかりませんので、偵察の者を行かせた方がよいかと思われます」
「私もそのことを考えていた。お前行ってくれるか?」
「はい、数名の者を連れて様子を見てまいります。ヘファイスティオン様はここでお待ちください」
「頼んだぞ」
それから、その部下は小声でこうつぶやいた。
「あの男、見かけは変だと怪しんでいましたが、毒蛇の時といい、なかなか役に立ちますな。こういう土地に詳しいらしい。ただ夜はあまり激しくは・・・・」
「それが私の好みだ。余計なことは心配しなくていい、早く偵察に行って来い」
「申し訳ありません・・・・つい出すぎたことを・・・」
その部下はすばやく走り去った。表向き、アレキサンダーはベールで顔を隠し、船に乗る前に私が見つけた奴隷の女、いや男であることは知られてしまったので、そばにいて危険なものから私を守る護衛の奴隷ということにしておいた。部下が行ってしまうと、アレキサンダーが顔を隠しながらも笑い声を立てているのが聞こえる。
「何がおかしい」
「それが私の好みか・・・・やっぱり聞こえていたか・・・あの声は特別だったから・・・ハハハハ・・・そんなことまで心配してくれて、お前はいい部下を持っているな。俺の場合王だから皆、表面的にはちやほやするさ。だけど心の中では何を考えているかわからない。俺のことを本当に心の底から信頼し、心配してくれるようなやつは果たして何人いることか・・・・」
数年前、アレキサンダーのワインに毒を入れられるという事件があった。すぐに気がついて吐き出したので命に別状なかったが、毒を盛ったのが、一緒にミエザの学舎で学んだ仲間の一人、フィロタスだった。彼はすぐに処刑されたが、仲間に毒を盛られたという事実はアレキサンダーの心に深い傷跡を残した。
「ここに一人いる。君を心の底から信頼し、心配している。決して裏切ったりはしない部下が・・・」
「お前は俺の部下ではない。たった一人の親友であり、恋人、そしてもう一人の俺自身だ」
私はアレキサンダーを両手で包み込むようにして抱きしめた。彼は幼い子供のように求めている。自分がどんなにわがままを言い、無茶なことをしても、喜んで受け入れ愛してくれる絶対的な母のような存在を・・・そんな彼を私はどこまで守ることができるだろうか?
偵察に行った部下が戻ってきた。その町に住む人間は、特に私達に対して敵意は持っていないようである。ただ言葉が通じる人間もいなく、他の町や村との関係がどうなっているかもわからないので、用心深く進んで行った。
思った以上にその町は広く、家もりっぱであった。こんな密林を出てすぐの場所にこれだけの町があるということは、このあたりを支配する権力者がいるに違いない。数人の偵察の時には何事もなく町に入れたようだが、50人以上の隊で、武器も持った私達はたちまちどこからともなく現れた見張りの兵士に取り囲まれてしまう。向こうは十数人の、それも粗末な武器ばかりなので怖れることはないが、それでもなるべく無駄な争いを避けるために、手を上げて進んだ。
「お前達は何者だ」
一人がペルシャ語で尋ねてきた。私もアレキサンダーもペルシャ語は最低限交渉などで必要な言葉をペルシャ人の宦官から教わったぐらいである。それでもこの土地の言葉だけでなく、ペルシャ語にも通じている者がいるのはありがたい。
「ペルシャ語がわかるのか?」
「ここの王は、ペルシャと昔から交易をしてきた。この町も交易によって栄えた」
「ペルシャは戦に負けた。今強大な帝国を支配しているのは・・・・」
「もしかして、あなたがたは・・・・どうか命だけはお助けください・・・今まで蓄えた財宝などをすぐに集めてまいりますので、どうか町に火を放ち、住んでいる者を皆殺しにするようなことだけは・・・・」
「アレキサンダーの名前は聞いているか」
「もちろんです。どうか、この町を破壊するようなことは・・・」
「それほど心配しなくてもよい。確かに私達はアレキサンダー大王の命令でこの国にやってきたが、町の破壊や略奪を目的としているわけではない。どのような国があるか調べるために来ただけだ。この国に王がいると聞いたが、どのあたりに住んでおられる」
「この町から馬で3日ほど走らせた場所にある宮殿に住んでおられます」
「王と会って話したい、案内してもらえるか」
「かしこまりました。こんばんはこの町の宿屋でお休みください。明日の朝までにはできるだけたくさんの馬を集めてまいります。ですが、集めても馬の数はせいぜい20頭、とてもみなさま全員が乗れるほどには・・・・」
「それぐらい集められればいいだろう、頼んだぞ」
「ああーよかった。久しぶりに家の屋根の下、暖かいベッドの上で寝られるぞ」
「こんな質素な部屋でいいのか。君の住んでいた王宮やバビロンの宮殿と比べたら・・・・」
「充分だ、お前と二人きりでいられるなら、どんな部屋でも素晴らしく思える」
「すぐ横や下の部屋に部下がたくさん寝ている。明日の朝早く出発すると言ったから、もうほとんど寝ているだろう」
「起こさないように静かにやればいい。今夜はちゃんと使ってやるから・・・」
「香油があっても、声を出さないでいるのは難しい」
「多少はいいだろう・・・お前の声が大きいことはみんな知っている。それを我慢するのも部下の役目だ」
「君は無茶なことばかり言う」
「お前の口よりも体の方がよほど正直で信頼できる。俺と話をするだけで、もう立っているじゃないか。こっちはどうだ?」
香油で滑らかになった彼の指が私の体の中にもぐりこんできた。声を立てぬよう唇をかみ締めながらも、私の体は喜びを予測して喘ぎ声をあげている。
−つづくー
後書き
新しい危険が迫っているような気もしますが、今はまだ平和を楽しんでいます。
2005、11、30
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