約束の場所(12)

フィリッポス王の遠征は長く続いた。おかげで私は穏やかな日々を送ることができ14になった。アレキサンダーも同じ年齢、そしてミエザで一緒に学んでいる者は1,2歳年上の者が多かったので、ちょうどみな大人になろうとしている年頃だった。

「先生、男同士の愛は汚れていると思いますか?」

真っ先にこういうことを聞くのはカッサンドロス、彼の目つきは鋭く、その視線だけでも食いつかれそうな勢いがある。

「そうだな、男同士の愛はそれが欲望に基づくものならば、人間を堕落させ、何も残せないであろう。欲望や支配、そこららは何一つよいものを生み出したりはしない。だが、もしお互いがそれぞれの力や知識を分け合い、共有するために愛し合うならば、それは汚れた行為ではない。男同士の愛は知識を分け合い、新しい秩序を生み出し、新しい国家さえも生み出すであろう」

「でもそのためにはそれにふさわしい相手を選ばなければなりませんよね。いくら自分が高貴であっても、もともと汚れた卑しい身分の者を選んでは、自分自身も汚れてしまう」
「カッサンドロスよ。高貴であるかどうかは何で判断するのかね。身分の高さだけで言えば王の子、宰相の子、将軍の子などが一番高貴といえるかもしれない。だが人間の魂が高貴であるということは・・・・いかん、この問題はお前達にはまだ難しすぎるであろう。この話は今日はここまでだ」

話を聞くアレキサンダーの目は輝いていた。そしてその視線はまっすぐ私に向けられている。





「ヘファイスティオン、聞いただろう。アリストテレス先生ですら言われた。男同士の愛は汚れてはいない。知識を分け合い、新しい秩序を生み出す素晴らしい行為だと、それなのにどうしてお前は俺と愛し合おうとしない!」

アレキサンダーがイライラした口調で言った。もう数ヶ月前から大人になったアレキサンダーに夜寝る前に求められていたが、私はずっと拒み続けていた。そのせいだろうか、私達の仲はギクシャクして、同じ部屋で生活していてもほとんど口も利かずに寝てしまうことも多くなっていた。

「俺はお前を愛している。お前も俺を愛している、それなのに何が問題だ。はっきり言ってみろ」
「僕はまだ大人になっていないから・・・・」

アレキサンダーが苛立つ気持ちはよくわかる。私とて14になれば体は小柄であっても性の衝動を感じるようになっていた。だがどれだけ強い衝動を感じても体には何の変化もなかった。まだ体ができあがる前に怖ろしい体験をしてしまったためだろうか。その日から随分日は経っているのにいまだに私は槍や剣を持つ手が震え、夢でうなされている。そしていくら衝動を感じ、自分の手で擦ってもそこはなんの変化もなく萎びたままであった。

「大丈夫だよ。お前だってすぐ俺と同じように大人の体になる。心配しなくても、そっとやるから」
「お願いだから、もう少し待って・・・書物で読んだことがある。大人になる前の体で体験すると、苦痛があまりにも大きくて、その相手を愛するどころか憎むようになるって・・・僕はそうなりたくないんだ。君を愛したい。だからもう少し待って欲しい」

私は必死で言い訳を考えた。その行為は私にとってあまりにも怖ろしいことであった。アレキサンダーとそうなってしまったら自分がどうなってしまうかわからない。だから必死で拒み続けた。

「わかったよ!もういいよ。俺が思っているほどお前は俺のこと愛してはいないんだな。最初は痛いに決まっているだろう!その苦痛も乗り越えられないほどお前は臆病者なのか!」
「僕は臆病者だよ・・・槍も剣も使いこなせないし・・・君と愛し合うことですら苦痛や恐怖を先に考えてしまう・・・でも君のことを愛している・・・誰よりも・・・・」
「うるさい!愛しているってお前の愛はなんなんだよ。俺には見えないよ、ちっとも・・・俺は王になり、戦い続けなければならない。臆病者に用はない!」





翌日の夜、アレキサンダーはなかなか部屋に戻ってこなかった。近くの神殿跡から話し声が聞こえる。そっと近づいてみた。

「大事な話しってなんだ。父上に何かあったのか」
「いや、遠征の方はてこずっているらしいが、フィリッポス王は無事だ。お前のことで話がある」
「なんだ?」
「お前、もう体験したか」
「そんなこと、どうでもいいだろう」
「俺はたくさんのやつとやった。フィロタス、レオンナトス、ベルディッカス、ハルパロス・・・やってないのはお前とプトレマイオス、それからヘファイスティオンくらいだ」

私は驚いて相手の顔を見た。話しているのはどうやらカッサンドロスらしい。

「それが自慢なのか。俺は相手の数を競い合うようなまねはしたくない。それはただの欲望だろう。父上と同じだ。次から次へと相手を変え・・・」
「ああ、確かに他のやつとは欲望かもしれない。だけどお前に対しては本気だ。お前を愛している」
「ああそうか、お前は王の子である俺を愛しているんだろう。宰相に言われたのか。周りにいるやつを次々手に入れ、最後には俺を手に入れて支配しろとでも・・・あいにく俺は愛していると言われたぐらいでその気になるような人間ではない。お前になんか絶対支配されない」
「違う!お前が王子だから愛したわけじゃない。ずっと気になっていた。確かに父にはいろいろ言われたけどそうじゃない!俺はお前自身を愛していることに気がついた」
「お前の愛は必要ない。俺にはヘファイスティオンがいる」
「あいつは書記官の子だろう。お前にふさわしい身分のやつじゃない。小姓として身の回りの世話をさせるようなやつだろう。知識と力を分けあい、新しい秩序を生み出すのに必用な相手はあいつじゃない。お前の身分、力にふさわしいのはこの俺しかいない」
「俺はお前のことなどなんとも思っていない」
「ヘファイスティオンが好きなのか、それじゃあ、いいこと教えてやろう。あいつはフィリッポス王の相手をして、お前のこといろいろ王に報告しているよ。あいつが絶対お前のこと受け入れないのはそのためさ。あいつの体はもうボロボロだよ。お前を受け入れる余裕などありはしない」
「カッサンドロス!それ以上のことを言ったら俺はお前をミエザから追放する。ミエザだけではない。マケドニアから追放することだってできる。二度と俺にそんなこと言うな」
「驚いたのか、大事なヘファイスティオンが裏切っていることを知って」
「いい加減なこと言うな!俺はお前の言葉など何一つ信用しない。さっさと俺の前から消えろ!二度と口利くな!」
「ちくしょう、覚えていろ!」
「もし、ヘファイスティオンに何かしたら許さないからな。お前こそよく覚えていろ!」

カッサンドロスは走り去った。私はあわてて部屋に戻った。すぐにアレキサンダー戻ってくる。息は荒く、怒りも収まっていないらしい。

「カッサンドロスのやつ!お前、あいつには気をつけろよ。まったくあることないこと平気でうそを言う」
「わかっている」
「お前が父上と関係しているなんてうそだよな」

私は一瞬答えに詰まった。カッサンドロスの言っていることはすべて本当のことである。そっと小さく首を横に振った。

「そうだよな、嘘に決まっている。俺はお前を信じている。まったくあいつはお前の身分のことであれこれ言いやがって、あんなやつに愛しているって言われて誰が本気にするか!おい、ヘファイスティオン、泣くなよ!あんなやつの言うこと、誰も信じないよ」
「僕は・・・君にふさわしい・・・・」
「身分や家柄なんて関係ない。俺が王になったらお前を宰相にしてやる。この国でお前を俺の次に身分の高い人間にする。お前の子は宰相の子だ。誰にも何も言わせない。だから、今だけがまんしてくれ」
「僕は君にふさわしくないし・・・まして宰相など・・・・」
「誰がそんなこと決めた。お前ほど俺にふさわしい人間はいない。愛している・・・・悪かった、お前の気持ちも考えないで・・・俺はお前がいいと言うまでずっと待っている。心配しなくていい」
「僕はなかなか大人になれない」
「このままでいい、今のお前を愛している・・・・俺はもう少しで欲望に負けて他のやつを愛するところだった。カッサンドロスに言われてよかった。他のやつならその気になっていたかもしれない」
「でもカッサンドロスは本気で・・・・」
「ほっとけ、あんなやつ、その気になればあいつはいくらだって他のやつを抱くことができる。相手はいい迷惑だろうけど・・・」
「・・・・・」

私は感じていた。カッサンドロスもまたアレキサンダーに対して本気だということを・・・そして彼の激しさは後に大きな事件を引き起こすことになる。


                                                      −つづくー




後書き
 ヘファ、首を振っているので嘘は言っていないです。どっちにも取れる言い方をしていますが・・・本気になると怖いカッサンドロスはこのままでは黙っていません。
2006、3、13



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