約束の場所(14)

「いいか、エウリュディケはもうすでにフィリッポス王の子を身ごもっているという噂だ。それが何を意味するか、お前達わかるか?」
「フィリッポス王のお妃が1人増えるってことだろう。別に珍しい話ではない」
「フィロタス、お前はちっともわかっていないな!そんなにぼんやりしていて、よく将軍パルメニオンの子が務まるよ」
「なんだよ、カッサンドロス、宰相アンティパトロスの子であるお前がそんなに大騒ぎするほど、それは重大な話なのか?」

ミエザに来て3年目、私もアレキサンダーも16になったころ、夜、たまたま通りかかった大部屋から、異常に興奮した話し声が聞こえた。

「いいか、エウリュディケとフィリッポス王が結婚するということは、親戚のアッタロスが絶大な権力を握るということだぞ。まだ結婚前だというのにフィリッポス王はもうアッタロスの言いなりで、急に位が上がったらしい」
「そうか、やがては宰相の座も奪われるってことをカッサンドロス、お前は心配しているんだろう。でもいくらフィリッポス王でもそこまではやらないんじゃないか」
「わからないさ、王はもうすっかりエウリュディケに夢中で、他の男や女は全く寄せ付けていない。おかげでヘファイスティオンにとっては平和な日々が続いているが・・・・」

私の名前まで出てドキッとした。聞くつもりはなくてもついつい立ち聞きをしてしまう。

「ヘファイスティオン!そこにいるんだろう。いいから入れ。お前の噂話なんかしないよ。大事な話だから中に入って聞いていろ!」

カッサンドロスの大声が響き、私は仕方なく部屋の中に入った。

「ビクビクするな、座れよ。俺達はこれから大事な話をする。お前に盗み聞きをされてうっかり密告されたら困るから、最初から仲間に入れておく」
「おい、カッサンドロス、いいのか、ヘファイスティオンを入れて・・・」
「こいつを入れておかないとかえって危ない。最初から聞かせておいた方が・・・それにこいつは密告なんてこと絶対できない。もししたら俺はアレキサンダーにお前の秘密を・・・」
「密告なんかしないよ。なんの話だ」
「わかった続きを話す。お前らはまだ気づいていないだろうけど、エウリュディケとフィリッポス王が結婚してそっちに世継ぎが生まれたら大変なことになる。アレキサンダーをさしおいて、そっちが王位継承者になる」
「まさか、まだ生まれてなくて、男か女かもわからないのに・・・」
「最初が男か女かはわからなくても、結婚すれば、次々と子は生まれる。いいか、アレキサンダーの母、オリンピュアス王妃はマケドニア人ではない。純粋なマケドニア貴族のエウリュディケから子が生まれればそっちの方が有利だ。しかも宰相アッタロスという大きな後ろ盾がつく。そして、将来王位継承でじゃまになるアレキサンダーは殺される」
「そんな、まさか・・・」
「まさかと思うだろう・・・だけど実際フィリッポス王は次の遠征にはアレキサンダーを連れていくつもりだ。それはもうはっきり決まっている。アレキサンダーだけではない、俺達みんな一緒だ、まあ、ヘファイスティオンはどうなるかわからないけどな。これは俺の推測なんかじゃない。父から聞いた確かな情報だ。遠征先でどの場所に配置されるか、おそらくアレキサンダーと一緒に一番危険な場所に立たされるさ。いくらここで訓練しているとはいえ、実戦の経験がない俺達をいきなり危険な戦場に送り出す。アレキサンダーだけでなく、俺達みんなをまとめて始末したいのさ」
「それって、本当なのか」

みんなの目が真剣になってきた。そうであろう、王の結婚にはさして興味がなくても、自分たちがアレキサンダーと一緒にいきなり戦場に送り出され、死ぬことを望まれていると知ってしまっては・・・

「ヘファイスティオン、お前はどう思う?」
「僕は何も・・・オリンピュアス王妃も同じようなことを心配して・・・でもアレキサンダーはそれほど気にしては・・・」
「ほら、オリンピュアス王妃にも知られていることだ。俺達は全員戦場で殺される。ヘファイスティオン以外は・・・」
「どうして僕だけ・・・もし本当にアレキサンダーが戦場に行くなら僕も・・・・」
「お前に戦いは無理だ。それはアレキサンダーもわかっているだろう。悪いことは言わない。お前は一人でも残って俺達のこと書き残してくれ・・・短い人生だったけど、俺達は最高の教育を受けて理想をもって生きていたと・・・」

一番年上のプトレマイオスはいち早く話の内容を理解した。そのプトレマイオスやアレキサンダーにすら見放されるほど、私の戦士としての力はまるでなかった。長い槍や剣は見ただけで体が震えて胸の動悸が激しくなる。その傾向は年齢が上がるほど強くなっていった。あの日、パウサニアスがかばってくれてからは私がフィリッポス王に呼び出されることはまったくなくなっていた。それなのに恐怖の感情だけは決して忘れることがない。私など戦場に行ったら、真っ先に殺され、皆の足手まといになるだけである。

「それでいいのか!俺達は命じられるままに戦場に行き、命を落としてもいいのか!」
「・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・」

カッサンドロスの声は熱を帯びている。でも誰も答える者はいない。長い沈黙が続いた。










「ひとつだけ、俺達が生き残り、この先アレキサンダーと共に栄光をつかむ方法がある」

長い沈黙を破ったのはカッサンドロスであった。

「フィリッポス王を殺し、いますぐアレキサンダーを王位につける」
「おい、カッサンドロス、お前本気でそんなこと考えているのか!」
「気でも狂ったか?王を殺すなんて・・・・」

みな口々にわめきたてた。だがカッサンドロスは冷静に言葉を続ける。

「俺は狂ってはいない。本気で考えている。俺達は宰相や将軍の子として生まれ、一族の期待を背負ってここミエザでアレキサンダーと共に学んでいる。それがフィリッポス王の気まぐれで、俺達が手にするはずの栄光も名誉も全て奪われ、むなしく死んでいくことになる。俺達だけでなくて、お前達の祖先が苦労して勝ち取った将軍や貴族の家柄まで没落し、アッタロスの一族だけが富み栄える。そんなことが許されていいのか!確かに暗殺は危険が伴うが、それでも俺達全員が殺されることはない。この中の生き残る誰かとアレキサンダーのために、俺はフィリッポス王暗殺に加わる。約束のしるしにここに名前を書く」

カッサンドロスは取り出した1枚のパピルスにペンで大きく名前を記した。

「わかった、カッサンドロス、俺も参加するよ」
「どうせ殺されるなら正義のために」
「無駄には殺されたくない」
「アレキサンダーのために死のう」
「俺達は仲間だ!」

プトレマイオス、フィロタス、ハルパロス、レオンナトス、ベルディッカス・・・と仲間達は次々に名前を記入した。

「後はお前だけだ、ヘファイスティオン、どうする」
「カサンドロス、ヘファイスティオンは書かなくていいだろう。万が一この計画が見つかった時、貴族出身でないヘファイスティオンはまっさきに酷い拷問にかけられるし、酷いやり方で処刑される。同じ処刑でも俺たちとは違うんだ。俺はそんな場面は見たくない」
「プトレマイオス、お前はやさしいな。どうするヘファイスティオン、名前は書かないでおくか。名前を入れなくてもお前は絶対密告できないはずだから・・・・・」
「書くよ。僕も一緒に名前を書く」

私は震える手で自分の名前を記入した。

「これで全員名前を書いたか。実行はできるだけ早い方がいい。毒殺なら誰がやったかわからない。いろいろな種類の毒について調べておこう。じゃあ、ヘファイスティオン、お前はもう行った方がいいぞ。あんまりここで遅くなるとアレキサンダーに怪しまれる。お前は別に何もしないでいい。まさかお前が名前を書くとは思わなかった。やっぱりアレキサンダーに対する思いはみな同じか」
「そうだよ・・・・」

私はできるだけ明るく答えて部屋を出た。だが戻る途中で早くも足が震えてなかなか進めなくなってしまった。あまりにも怖ろしい計画をみんなで考えている。でもそうしなければアレキサンダーの命が危ないのならばやるしかない。




                                                    −つづくー




後書き
 カッサンドロスが怖ろしい計画を考えました。彼は非情に雄弁だという設定です。ただその本当の目的はどこにあるのか・・・・
2006、3、27





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