約束の場所(16)

大変な出来事が起きた。ミエザに突然たくさんの兵士が現れた。私達は中庭に集められ、それぞれの部屋の中を徹底的に調べられた。隠し持っていた毒物や短剣、そして署名を書いたパピルスはすぐに見つけられてしまった。プトレマイオス、ハルパロス、レオンナトス、ベルディッカス、ネアルコスの5人は両手を固く縛られ、連れていかれた。アレキサンダーやアリストテレス先生なども拘束はされていないが、やはり同じように連れていかれた。フィロタスにはパルメニオン将軍が迎えにきた。後に残されたのは私とカッサンドロスだけである。それぞれ迎えがくるまでは部屋の中で待っているように命じられた。

「誰かが密告したんだ」

部屋に入るなりカッサンドロスが私にささやいた。

「密告なんて・・・そんな・・・」
「フィロタスじゃないか、あいつはいくじなしだから俺達の計画が怖ろしくなって父親に話したんじゃないか。そしてすぐフィリッポス王の耳に入り、ここが調べられた」
「でも・・・どうして・・・・」
「他のやつらは縛られて連れていかれたのに、あいつだけ父親と一緒に戻っていっただろう。あいつは無罪放免間違いないけど、プトレマイオス達が心配だ」
「どうなるの」
「王の暗殺を計画したんだ。毒物まで見つかってしまって・・・間違いなく拷問され、殺される。俺とフィロタスは父の位があるから命は助けられるだろうけど・・・でもどうしてお前は捕らえられなかったのだ」
「わからない・・・なぜ僕が残されたのか・・・・」
「お前がフィリッポス王のお気に入りだからだろう」
「そんなことはない」
「なあ、ヘファイスティオン。頼みがある。お前ならフィリッポス王に頼んで命乞いをすることができるだろう。あいつらを助けてやってくれよ。俺が余計なこと言い出したばっかりに仲間が殺されるなんてたまらないんだ。俺が何言ったってフィリッポス王が聞き入れてくれるわけがない・・・でも、お前ならひょっとして願いを聞き入れてくれ、命を助けてくれるってこともあるだろう。頼むよ、助けてやってくれ。俺達ずっと一緒にここで生活して、俺はお前にひどいことばかり言ってきたけど・・・頼む、このとおりだ!」

カッサンドロスの目には涙が浮かんでいた。

「わかったよ、フィリッポス王に話してみる。この計画は僕が中心になって企てたと・・・僕がうまいこと言ってみんなをだまし、名前を書かせたり、毒物を集めさせたりした」
「まて、お前がそこまで言わなくていい。ただ命乞いさえしてくれれば・・・そんなこと言ったらお前が殺される」
「それでいいんだよ。もともと僕はこの計画を実行して死ぬつもりだった。君は知っているんだろう・・・僕がずっとフィリッポス王の相手をさせられていたことを・・・君が想像するよりももっとひどいこともされていた。暗殺の計画を立ててもおかしくないよ・・・・僕の一生はフィリッポス王の手でめちゃめちゃにされた。一人前の男として剣を手に戦うこともできなければ、誰かを愛することもできない。それでも僕はアレキサンダーが好きで一緒にいたくて逃げることをしなかった。復讐を考えても当然なんだよ」
「ヘファイスティオン・・・・」
「カッサンドロス、もしアレキサンダーが戦場にいくことがあって、それが絶望的で助からない戦いならば、最後までそばにいて守って欲しい。それで命を失っても、最後まで守る者がいれば彼は救われる。アレキサンダーを孤独と絶望の中で死なせたくない。彼を守る楯になりたかったけど、今の僕にはそれができない。カッサンドロス、君に頼む」
「わかったよ、ヘファイスティオン、約束する。アレキサンダーは俺が必ず守る。この命が尽きるその瞬間まで・・・」

私とカッサンドロスは固く抱き合い、別れを告げた。私は数人の兵士と一緒にペラの王宮に戻った。





王宮に着くと、私はまず頼んでプトレマイオス達が捕らわれている牢獄へと案内してもらった。他の4人はすぐ手前の比較的広い場所に閉じ込められていたが、プトレマイオスだけはさらに奥の方へと入った地下牢に閉じ込められていた。拷問されたばかりなのだろうか、ほとんど全裸に近い格好でぐったりして倒れ、体中に鞭の傷跡が見えた。私は石造りの牢獄のわずかな隙間から声をかけた。

「プトレマイオス、聞こえる・・・僕だよ、ヘファイスティオンだ」
「ヘファイスティオンか、お前は無事か・・・お前とフィロタス、カッサンドロスだけは捕まらなかった」
「だいじょうぶ?」
「この姿を見てそんなこと言うなよ。いきなり酷い目にあった。まあ、王の暗殺を企てたんだから、これぐらいはまだ手ぬるいのかもしれないが・・・・お前が来てくれてよかった。伝えておきたいことがある。カッサンドロスに気をつけろ」
「カッサンドロスに・・・・どうして・・・・」
「密告したのはカッサンドロスだよ。間違いない」
「でもカッサンドロスはフィロタスだと・・・・」
「フィロタスはそんなやつではない。俺にはわかる。初めからカッサンドロスの罠だった。あいつの目的はフィリッポス王を殺すことではない、お前を追い出すことだ」
「どうしてそんな・・・・」
「あの時は気づかず、俺もカッサンドロスを信じていた。だけどここに閉じ込められて鞭で打たれてうなされながらはっと気づいたんだ。これは罠じゃないかって。お前、カッサンドロスに俺達の命乞いをしてくれと頼まれただろう」
「どうしてそれを・・・」
「これですべてつじつまがあう。もともとカッサンドロスはお前を追い出すのが目的でこの計画を立て、お前が名前を書いたらすぐに密告する予定だった。ただ名前を書いただけなら悪ふざけだったとごまかせるが、お前は真っ先にミエザを追い出されるだろうと・・・・ところが思いがけず計画はどんどん先に進んでしまい、慌てて密告したが、お前は捕らえられずに俺達5人が捕まってしまった」
「僕を追い出すために・・・・カッサンドロスが・・・それでこんなひどいことを・・・・」
「気にするな、そんな計略にも気づかない俺達がバカだった。まさかこんな結果になるなんて悔しいけど・・・俺達はみんな将来アレキサンダーが王になったとき、一緒に国づくりができ、王を支えられる人間になろうとミエザで学んできたのに・・・こんなことで処刑されるなんて・・・・」
「大丈夫だよ、君たちは処刑されない。殺されるのは僕1人だから」
「ヘファイスティオン」
「フィリッポス王暗殺計画は僕が中心になって企てた。僕がフィリッポス王に何をされたか・・・君もおそらくわかっていたと思うよ。何も知らない子供の頃から犯され、アレキサンダーの行動を見張るよう命じられた。拷問のようなことをされて犯されたこともあった。僕の一生はめちゃくちゃにされ、もう一人前の男として戦場に行くことも、誰かを愛することすらできない体にされてしまった。復讐を思い、暗殺を企てたって当然だよ。その結果殺されたっていいんだよ・・・もうどうせ何もできない体なんだから・・・」
「ヘファイスティオン、だからといってお前が暗殺計画の首謀者だなんて言ったら、それこそカッサンドロスの思うつぼだぞ。やめろ!お前1人だけでも生き延びて、アレキサンダーを支えてやれ・・・愛しているんだろう」
「愛しているよ・・・愛しているけど僕に何ができる・・・戦場で槍や剣を手に戦うこともできない。愛し合うその行為すら僕にとっては拷問なんだ。いつフィリッポス王とのことがアレキサンダーに知られてしまうか、ビクビクしながら生きていた。もう終わりにしたいんだよ。彼に知られて嫌われる前に死にたいんだ。アレキサンダーにはこう話して、彼はアレキサンダーを危険な目にあわせたくなくて暗殺を計画したと、アレキサンダーを守ろうとして失敗し、殺されたと、そう話して欲しいんだ。本当のことは伝えないで欲しい。ただ彼だけを見つめて生き、彼を守るために死んだと・・・そんな生き方をしたかった・・・ただ愛する人を見つめて生きていけたらどんなに幸せだろう」
「ヘファイスティオン!やめろ!行くな・・・・死んではだめだ・・・・」
「さようなら、プトレマイオス・・・カッサンドロスを恨まないで・・・彼も後悔しているはずだから」

私は走ってプトレマイオスのいる牢獄から離れた。そして私を見張っていた兵士に告げた。

「ありがとうございました。今、別れを告げてきました。後もうひとりだけ、別れを言いたい人がいます。どうかもうしばらくの時間王宮にとどまることをお許しください。決して逃げはしません。すぐにフィリッポス王の前に出て、この事件の真相をすべてお話しします」

そう言って私は王宮の中、しばらく使っていなかった自分の部屋へと向かった。





ミエザにいた3年間、その部屋はほとんど使っていなかったにもかかわらず、きちんと整えられ、掃除されていた。父が私がいない間もそうしてくれるよう召使に頼んだのだろう。自分のしたことで、両親がどのような扱いを受けるか、それが一番気がかりだった。私はペンとパピルスを取り出し、手紙を書き始めた。

「愛するアレキサンダー、これは僕が君にあてる最初で最後の手紙だ。これを読むとき、僕はもうこの世界にはいないかもしれない。断っておくが、この手紙に真実は書いていない。ただ、僕の願いだけをここに書き記す」

「最初に君に頼みたいことがある。僕の両親はこの事件になんのかかわりもない。僕一人が考えたことである。だから君の力で僕の両親の命だけは助けて欲しい。僕は信じている。きっと君は願いをかなえてくれると・・・」

「僕が君の父、フィリッポス王の暗殺を企てた。僕は王の側にたびたび仕え、君よりもずっといろいろな話を聞いてしまった。アッタロスが君を亡き者にしようと危険な遠征の最も危ない位置におこうとしていた。君だけではない。ミエザの仲間もみな一緒に殺すつもりのようだ。だから僕は王暗殺という怖ろしい計画を立てた。アッタロスを殺したのでは、かえって君の命まで危ない。君を守るためならば僕はどんなことでもできる」

「それでも僕はその計画を実行するのが怖ろしくて、君に助けを求めた・・・・君に抱かれたあの夜、僕は永遠を感じていた。もう怖れるものは何もない」

「きっと僕は拷問を受け、処刑されるだろうけど、あまり嘆き悲しまないで欲しい。君の周りには命をかけて守ろうとする者が僕の他にもたくさんいる。君との約束だって忘れたわけではない。例え命を失っても僕の魂は約束を覚えている。君に抱かれたあの夜のぬくもりも手触りも何もかも覚えている。うそだと思ったら僕の魂を呼び寄せ、抱きしめてくれればいい。君はきっと感じるはずだ。僕がすぐそばにいることを・・・・僕は永遠に君のそばにいる」

私は書き終わったパピルスの束を机の上に置いた。こんな言葉はすべてうそである。うそとわかっている言葉を書き連ねている。最後の手紙でありながら、真実は決して話せない。

「アレキサンダー、この手紙はうそだよ・・・僕は何も真実を君に書き残していない・・・でも僕の魂は君から離れられない。君だけを見つめて生きてきたから、離れたらどこへ行ったらいいか迷ってしまうんだ。ずっとそばにいる。それでいいよね。僕の魂を君が見つけられたらそっと抱きしめ、慰めて欲しい・・・・そばにいていいよね・・・僕はどこにもいけないから・・・・・・」




                                                     −つづくー



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