約束の場所(17)
注意 このページはかなり残酷な表現が含まれていますので、苦手な方は読まないでください。
私はゆっくりとフィリッポス王の寝室に入った。見張りの者はわかっていたらしく、すぐに私を通してくれた。部屋に入ると大理石の床が素足に冷たく感じられた。王は長いすに体を横たえている。
「ヘファイスティオン、お前から俺の部屋に来るとは珍しい。何か言いたいことがあるのか」
私は冷たい大理石の床に跪いた。
「はい、ミエザで王を暗殺しようと計画を立てた者5人が捕らえられました。その計画を最初に企て、みなを巻き込んで毒物を集めさせたのは私です。どうか彼らを解放し、代わりに私を捕えて処刑してください」
フィリッポス王は体を起こし、私の方を見た。
「顔を上げろ、ヘファイスティオン・・・目をあわすことができぬか・・・フフフお前は嘘が下手だな。だがお前の体に聞いてみるのもいいだろう・・・あの5人の中、誰が最初に言い出したのか・・・・その者を見せしめのため、もっとも残酷なやり方で処刑する。身につけている物をとってそこに横になれ」
「はい・・・」
私は言われたとおりに衣服を取り、床に横になった。大理石が冷たい。目を閉じた。激しい鞭の音がし、私はそのたびに悲鳴を上げた。
「お前はまだ子供だな。この程度の鞭で悲鳴をあげ、泣き叫ぶとは・・・素直に白状するんだ。最初に言い出したのは誰だ」
「私が言いました。他の誰でもありません」
「フフフ、意外と強情なやつだ!この先は手加減しないぞ。さあ、早く言うんだ!」
「私です」
「まだ、そんなこと言っているのか・・・・今のうちならお前は痛い思いをしない。・・・さあ、早く言え!」
「・・・・・・」
「生意気なやつ・・・王に逆らうとどうなるか、思い知らせてやる!」
フィリッポス王は一度部屋の外に出て数人の見張りの者を中に入れ、横たわっている私を指差した。
「その者は王の暗殺を企てた。これからここで取調べを行う」
「フィリッポス王、拷問でしたら地下牢で行った方が・・・ここで行うと部屋が血で汚れてしまいます」
「ここでよい。この者は王宮に長く住み、常にこの部屋に出入りしておきながら暗殺を企てた。この場で血を流させろ。徹底的鞭で打て!耐え切れなくて何もかもしゃべってしまうほどにだ。さあ、早くやれ」
「かしこまりました」
私はまわりにいる男達の顔を見た。パウサニアスやそれ以外の知っている顔は見当たらなかった。彼らは私の手足を皮ひもで結び、それを部屋の柱に縛り付けた。全く身動きがとれないほど強く縛られ、鞭打ちが始まった。拷問用のそれは今までの罰としての鞭とは全く違っていた。打たれるたびに絶叫し、泣き叫んだ。背中のあちらこちらから血が流れ、さらにその傷口に向かって鞭が振り下ろされた。すさまじい悲鳴を上げ続け、意識を失いそうになった時、頭に水をかけられ、髪を掴んでひっぱられ大理石の床から顔を上げさせられた。すぐ近くにフィリッポス王の顔が見えた。
「この顔をよく見るんだ、ヘファイスティオン・・・お前は本当に王の暗殺を企てたのか・・・」
「そうです・・・ずっと恨んで・・・憎んでいました・・・あの時からずっと・・・・」
「王に反逆した者がどうなるか、お前はまだわかっていないようだな・・・石打の刑、火あぶり・・・最も残酷な方法で殺される」
「ずっと恨んで・・・憎んでいた・・・王を殺しアレキサンダーを王にすれば救われる・・・・」
「お前は決して救われない・・・反逆した者がどうなるか思い知るがいい。松明をもってこい・・・さあ、早く!」
「フィリッポス王、部屋の中にそのような物を持ち込むのは危険です」
「火が必要だ。命令だ、早くもってこい!この愚かなやつはまだわからぬようだ。生きたまま火で焼かれることがどれほど怖ろしいか・・・」
「やめて、たすけて!」
「フフフ・・・やっと正直に言う気になったか。これが最後だ。最初に言い出したのは誰だ!」
「私です。・・・わたしが王の暗殺を・・・」
「うわー!・・・・ああー・・・・あついー!・・・・ああー!」
私の悲鳴はもはや人間の出せるような声ではなくなっていた。松明の火は私の尻に近づけられていた。
「さんざんかわいがってやったのに、裏切りやがって・・・お前のここはアレクサンドロスも受け入れたのだろう・・・だからこれほどだいたんなことを・・・・」
「やめて!・・・・助けて!・・・・・うわー・・・ぎゃあー!・・・・」
のた打ち回り絶叫した。どのような声を出していたのかすらわからない。悲鳴を上げ続け、そして意識を失った。
「ああー・・・・痛い・・・ひいー・・・」
再び鋭い痛みで息を吹き返した。どれぐらい意識を失っていたのか、私の手足の皮ひもは解かれ、自由に動かすことができる。体の下は冷たい大理石ではなく、柔らかなベッドがあった。そして私の体はフィリッポス王に押さえつけられ、犯されていた。自分の体はどうなっているのか振りむくこともできない。火を当てられ焼け爛れているであろう場所に王の杭が打ち込まれ、また叫び声をあげている。
「どうだ、気持ちよいか・・・さっきとは声が全然違うぞ・・・お前はまだ子供だな・・・あれくらいの拷問で甲高い声で泣き喚くとは・・・だがお前に免じてあの5人の命は助けてやろう。お前も殺しはしない・・・時々こうして死の恐怖を感じながら・・・ああ、まだまだお前は使い道がある」
「やめて・・・痛い・・・助けて・・・」
「火で焼かれたところが痛むのか・・・あれぐらい大したことではない・・・泣き叫ぶお前の顔はいつも最高の快楽を与えてくれる。もう、アレクサンドロスの見張りなどしなくてよい。お前は一生地下牢で暮らし、時々王の相手をすればよい・・・これがお前の大切な仲間を助ける条件だ、よいな」
「は、はい」
「どうだ、苦しいか・・・お前のここは焼け爛れているようだな。まだ熱を感じる・・・ああ、熱い・・・」
その時、私の耳に別の声が聞こえた。アレキサンダーがこの部屋に近づいている。来てはだめだ、こないで・・・
「おやめください、アレクサンドロス王子、今フィリッポス王の所へ行ってはなりませぬ」
「どうしてだ、なぜいけない。私は王の息子だ。王に大切な話しがある。すぐにでも話し合わねば友の命が危ない、そこをどけ!」
アレキサンダーが部屋に入ってきた。
「父上、入らぬように言われましたが、大切な話があります。そのようなことはいつでも他の時にやってください。私の友5人が父上の暗殺にかかわったと聞きましたが・・・」
「なんだ・・・その話か・・・それならばもう話はついた・・・ここにいる者がすべて話した。5人の友は明日にでも釈放しよう」
「ここにいる者って・・・ヘファイスティオン・・・ヘファイスティオンじゃないか・・・どうしてこんなことを・・・」
「アレキサンダー・・・だめ・・・見ないで・・・ここを出て・・・お願い・・・」
「父上、ヘファイスティオンになんてことを・・・許せない!」
アレキサンダーが腰の剣に手をそえるのが見えた。
「フフフ・・・ああー王様・・・途中で止めないで・・・せっかくいいところだったのに・・・ああー気持ちいい・・・たまらない・・・」
「ヘファイスティオン、お前、まさか・・・・」
「そうだよ・・・もうずっと前から・・・・最初は辛かったけど慣れてしまえば・・・フフフ・・・今君がここに来なければ僕は完璧に役割を果たすことができたのに・・・こんな時にここで会ってしまうなんて・・・プトレマイオス達のことはもう大丈夫だよ・・・少し驚かせてしまったけど僕がよく王様に頼んでおいたから・・・彼らのことも見張るように頼まれていた。みんな何するかわからないから・・・」
「お前が密告したのか!」
「そうだよ、それが僕の役割だから・・・・わかったら早く出て行って」
「今、ここに父上がいなかったら、お前を殺すところだ」
「それもわかっている・・・だからこうして・・・フフ・・・君は何も気づかなかったんだね」
「知らなかった!お前をずっと信じていた」
「早く出て行って・・・・ああ、今日はもうだめだ・・・・じゃまが入ってしまって・・・・」
「ヘファイスティオン!二度とお前には会わない」
アレキサンダーは部屋を出ていった。私はまた笑い声を上げた。
「フフフ・・・・アハハハ・・・彼に気づかれてしまうなんて・・・・もうおしまいだ・・・続きを早くやって・・・ああーきもちいい・・・フフ・・・」
「もうよい。アレクサンドロスは出て行った。演技を続けなくてよい」
「フフウ・・・早く続きを・・・僕はおかしいよ・・・復讐のため王を殺そうとするなんて・・・こんなに気持ちがいいのに・・・さあ・・・はやく・・・アハハハハ・・・・」
「こやつ、ついにおかしくなったか・・・・地下牢に放り込んでおけ」
私の精神はこの時崩壊していた。見張りの男達に抱えられ、引きずられるようにして地下牢へと連れていかれた。口からはよだれをたらし時々笑い声をあげながら・・・・
しばらく意識を失っていたが、やがて目が覚めた。見張りの兵士は皆座り込んで寝ている。扉を押すと簡単に開いた。鍵もかけ忘れたようだ。そっとその場所をはなれ、外に出た。月が見える。真っ赤に染まった月だった。
「僕はもう完全におかしくなっている。月も、この建物も何もかも赤く染まっている。・・・・ミエザ・・・ミエザに行かなくては・・・・何もかも終わりにしなくては・・・まだ少し意識が残っている間に・・・・何もかも終わりに・・・」
馬に乗り、赤い月の下、ミエザへと向かった。やけどと鞭の跡がひりひりと痛んだ。
「もう少しで・・・もう少しですべて終わるから、それまで我慢するんだ・・・・アレキサンダー、僕は一人でいくよ。君には何も残さない。僕のことはきれいさっぱり忘れて・・・・だってそうだろう・・・僕はただ君の見張りをしていただけなんだ。王の命令で・・・君のこと愛していたわけじゃない・・・愛していたわけじゃ・・・・愛していた・・・本気で愛して君だしか見えなくて・・・・だから何もかも終わりにしなくては・・・いたい・・・体中がヒリヒリと痛い・・・焼け付くように・・・本当に体を焼かれたんだ・・・苦しい・・・助けて・・・」
ミエザについた。見張りの兵士数人がやはり座って寝ており、他には誰もいなくて静まり返っている。月はさっきよりももっと赤みを増している。炎でできているような真っ赤な月・・・周りのものすべてが赤く見えた。小さな松明を持ち部屋へと入った。アレキサンダーと一緒に過ごした部屋、まだ何もかもそのまま残されていた。一緒に読んだイリアスの巻物、わからなかった数学の問題・・・何もかもそのままにおいてある。食堂においてあったオイルを運び、部屋にまいた。何かを残してはいけない。何もかも燃やしてしまわなければ・・・この体も・・・魂も何もかも・・・全てを終わりにしなくては・・・・
「アレキサンダー、さようなら・・・君には何も残さない・・・僕がいたことすら忘れてくれるように・・・フフフ・・・僕は気が狂って部屋に火をつけて死んだんだよ・・・早く忘れて・・・僕の魂が君に纏わりつかないように火をつける・・・これでいい・・・これですべて終わらせることができる。君は見ただろう・・・王に抱かれて狂ったように喜ぶ僕の姿を・・・だからこれでいいんだよ・・・」
松明の火を巻物につけた。一緒に見た書物が、夢が、思い出が見る間に炎に包まれた。
「これでいい、何もかも燃えてしまえば・・・」
「ヘファイスティオン!何をしている!」
振り返るとアレキサンダーがすぐ後ろに立っていた。目の前の書物の炎は大きくなり、ベッドへと燃え移った。私はアレキサンダーの体に抱きついた。
「アレキサンダー・・・わかっている・・・君がここにいるわけがない。・・・これは狂った僕が見ている幻覚だね。でもうれしいよ。死ぬ前に最後にもう一度君に会えて・・・幻でいいからもう少しここにいて・・・君に伝えたいことたくさんあるんだ。君が大好きだった。・・・でも僕は君を裏切って・・・待って!消えないで・・・もう少し・・・もう少しだけここにいて・・・僕の体が燃え尽きるまで・・・魂が消えてなくなるまで・・・ああー体が熱い・・・僕はおかしいよ・・・完全に狂っている・・・こんな時まだ君の幻を見て話しかけて・・・体が熱い・・・アレキサンダー・・・愛している・・・・愛している・・・・」
−つづくー
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