約束の場所(18)
「ヘファイスティオン、ヘファイスティオン・・・なぜこんなことを・・・・お前は炎の中に立っていた・・・お願いだ・・・教えてくれ・・・お前に何があった・・・目をあけてくれ・・・お願いだ」
暗闇の中、叫び声が聞こえた。その言葉が何を意味するのか私にはわからない。
「ヘファイスティオン、お願いだ・・・目を開けてくれ・・・お前は生きている・・・俺が炎の中から助け出した・・・聞こえるか!お前は生きているんだ!」
うっすらと目を開けた。目の前にぼんやりと映る彼の顔・・・・彼は誰なのかわからない・・・自分が誰なのか・・・今どこにいるのか・・・何もわからない・・・・彼の声が耳に響く・・・その言葉は異国の言葉のようにただ音として響く・・・そして私の声は・・・体中に痛みを感じる・・・アアーあつい!・・・赤い炎に包まれた月が見える・・・・体中が熱い・・・たすけて・・・声が出ない・・・言葉がわからない・・・
「体中に鞭の傷がある。こんなに酷い火傷の痕まで・・・どれだけ苦しい思いをしたのか・・・わからない・・・俺には想像もできないほど酷い傷痕だ・・・それなのにお前、俺に剣を抜かせまいとしてあんなうそを・・・どうして気づかなかった!どうして助けてやれなかった!お前がこんなに追い詰められるまで俺は何をしていた!・・・すぐに地下牢にいってお前を慰めてやればよかった。ここまでの長い道のり、たった一人で馬に乗っていたお前にどうして俺は追いつかなかった。追いついてただ抱きしめてやればお前をもっと早く救うことができた。それなのに・・・もう遅いのかヘファイスティオン!俺はお前を救えなかったのか!」
彼の声が響く。何を言っているのかはわからない。ただ酷く悲しんでいるのがわかる。私は少し手を持ち上げた。
「ヘファイスティオン!意識を取り戻したか!・・・もう大丈夫だ・・・何も心配しなくていい。ここでゆっくり休んでペラに戻ろう。俺達の部屋は燃えてしまったけど、ほら、他のところまで燃え広がってはいない。父上が何を言おうとお前とプトレマイオス達の命は必ず俺が守る。お前はもう何も心配しなくていい。落ち着いたら傷の手当てをしてやる」
「フフフフ・・・・・アハハハハ・・・・ヒイー・・・・アアー・・・・うわー・・・・・アアー・・・・」
私は人間らしい言葉を話すことができなくなっていた。時折襲われる激しい痛みに笑い声を上げ、泣き喚いている。
「ヘファイスティオン!お前、どうしたんだ!何を笑っている・・・・ヘファイスティオン・・・ヘファイスティオン!・・・こんなことって・・・いや大丈夫だ・・・お前は拷問のショックで混乱しているだけだ・・・すぐにおさまる・・・・大丈夫だ・・・ヘファイスティオン!」
彼は叫び声を上げ、私の体をさすった。それは次第に激しくなり傷痕が擦られ血が滲み出ているのを感じる。あまりの痛さに体をよじり、叫び声を上げるのだが、彼の獣のような叫び声にすべてかき消されてしまう。やがて彼の手は私の体の最も敏感なところを突付き始めた。
「ヘファイスティオン!ヘファイスティオン!お前に何があった・・・・こんなことあるわけない・・・お前が狂うなんて、そんなことあるわけがない!俺のことわかるだろう・・・アレキサンダーだ・・・思い出せ・・・思い出すんだ・・・・俺を思い出せ!」
激しい叫び声を上げながら彼は私の足を大きく開かせた。足の間のその部分は火で焼かれたことだけを覚えている・・・真っ赤に焼けて赤くただれたその場所に、再び熱い塊が差し込まれた。体の内部から火で焼かれ、熱い塊に肉を焦がされる痛み・・・激しい痛みでもはや私の叫び声は人間のものではなくなっていた。激しい痛みの中、絶叫し、そして意識を失った。
「ヘファイスティオン、なぜお前の気が狂ってしまった。狂うべき呪われた血が流れているのはお前ではなくてこの俺だ。父上はお前に何をした。拷問にかけ、泣き叫ぶお前に欲望を募らせ、ありったけの力でそれをたたきつけた。あの時だけではない・・・お前は何度もそんな目にあわされたんだろう・・・そしておれはお前に何をした。体中傷だらけで苦しむお前に欲望をたぎらせ、酷い火傷のある場所に無理やり自分を押し込んだ。たった今炎で焼かれたばかりのように熱いお前の体に、俺は興奮し快楽すら感じていた。狂うべき人間は俺なのになぜお前が狂ってしまった・・・俺のせいで・・・俺の身代わりになって・・・俺の側にいたばかりにお前は狂ってしまった・・・どうして逃げなかったんだ・・・・どうして俺を愛したんだ・・・・俺を愛してはいけなかったんだ・・・・お前はただ俺を愛してそばにいようとしただけなのに・・・許してくれ・・・・許してくれ・・・・」
彼の言葉はわからなかった。ただ彼の振り絞るような叫び声は私の体に響いてきた。彼の悲しみをどうしたらなくすことができるのだろう?少しでも・・・少しでも・・・彼の悲しみをなくすことができれば・・・私は手を伸ばし、彼の顔を精一杯自分の顔に近づけた。そして自分の舌を出し、溢れ出る彼の涙をそっと舐めた。
「何をしているヘファイスティオン・・・俺の涙を舐めて・・・こんなことで俺の悲しみがなくなるわけないだろう・・・こんなことで・・・こんなことをして・・・・ヘファイスティオン!今お前には俺の気持ちがわかるのか?俺の気持ちがわかって悲しみを取り除こうと・・・そうなんだろう!俺も今お前の気持ちが手にとるようにわかる。お前は俺のすぐ側にいたんだ」
彼の顔に微笑が浮かんだ。私もうれしくなって声をあげて笑った。
「お前のこんなうれしそうな笑顔を見たのは初めてだ・・・・お前は笑っていてもいつもどこか苦しげで・・・ずっと悩んで苦しんできたんだろう・・・もう何も苦しまなくていい。これからお前はずっとこうやって笑っていてくれればいい。お前が幸せな夢を見ていられるよう俺がいつも守っている。幸せな夢を見ているお前に時々会いにくる・・・・ほら、もういいんだよ、俺の涙を飲み込まなくても・・・これは嬉し涙だから・・・・俺達はやっとこうしてお互いわかりあえたんだから・・・ほら、くすぐったいよ・・・ハハ・・・もうやめろって・・・」
彼の笑顔がまぶしかった。ちょうど光が差し込んだ。
「見えるか、ヘファイスティオン、日が昇った。あの光の輝きはお前にも見えるだろう。俺達はあの光の方に向かって進むんだ。あの光が出た最初のところに、俺の行くべき場所がある。一緒に歩いていこう。もう決して俺の手を離すな」
彼の手に支えられて体を起こし、窓から差し込む日の光を見た。彼の言葉がわからなくても今私達が光に包まれ、満ち足りていることを感じている。私は静かに目を閉じた。
「安心して眠るんだ。もうお前を苦しめるものは何もない。俺が守っているから・・・・」
これはどこかの戦場なのだろうか?槍と楯を持ったたくさんの兵士が見える。私はいまどこにいるのか。見たこともないほどのたくさんの兵士の姿を高い場所から見下ろしている。私自身の姿も見える。馬に乗り、鎧、兜を身にまとい槍を持っている。その姿は堂々として自信に溢れている。そして彼の姿も見えた。
「ゼウスよ!守りたまえ」
彼の言葉が合図となって戦いは始まった。彼は馬に乗り誰よりも速く光に向かって翔けていった。私は彼の姿を見失わないよう懸命にその後を駆けていく。
−つづくー
後書き
17をUPした後、この続きどうしよう!と悩んでしまいましたが、ようやく光が見えてきました。
2006、4、17
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