約束の場所(23)
「本当にいいのか、ヘファイスティオンも一緒に話を聞かせて・・・・俺はこいつがどうなっても知らねえぞ」
「そんなことをしていたのか。すべて話せ、カッサンドロス!その上でお前の裁きを行う」
アレキサンダーもカッサンドロスもお互い相手を食い尽くすような険しい目でにらみ合っていた。私には見せたことのないアレキサンダーの余りにも怖ろしい表情、私は目をそらした。
「4年前のフィリッポス王暗殺計画、最初に言い出したのも俺だ。宮廷内のことはお前よりよっぽど詳しく知っていたからな」
「ヘファイスティオン、本当か?」
「そうだった、言い出したのはカッサンドロスだった」
「アッタロスが勢力を伸ばし、今暗殺を実行しなければアレキサンダーも俺達ミエザの者も全員戦場で一番危険な場所に送られてしまう。エウリディケに子が生まれれば、アレキサンダーやその友など邪魔にされるだけだから、確かそんなことを言った」
「父上が・・・そんなことを考えていたのか・・・・俺ではなく新しく生まれる子を跡継ぎに・・・」
「そんなのでまかせだよ。俺もうまいこと考えたものだ。そう言えばおそらくみんな暗殺計画に賛成するだろうと思って・・・俺の目的はフィリッポス王の暗殺やアレキサンダーを王につけることではない。ただちょっと邪魔者を追い出したかっただけだ」
「邪魔者?」
「そこにいるヘファイスティオンのことだ。こんなに目障りなヤツはいなかった。俺は宰相の長男として生まれ、常に王に次ぐ者になるよう育てられてきた。お前とほぼ同年齢の俺はミエザの中で、常に他の者より抜きん出て、さらにはアレキサンダー、お前の寵愛まで独り占めしろと命じられた。人の心などどうやって手に入れる。学問や武芸で最高の成績をとってもお前は俺のことなど眼中になかった。いつもヘファイスティオンのそばにいてかばってばかり・・・ヘファイスティオンはお前にとってなんだ。ただの書記官の子でたまたま王宮で一緒に暮らしていたからって何故そこまで大切にされる?卑しい身分でフィリッポス王のお相手までしているようなヤツが何故お前の一番のお気に入りになるんだ。俺はそうなることだけを期待され、それだけを目指して十数年生きてきた。それなのになぜ・・・・」
「カッサンドロス、言いたいことはそれだけか?それならお前はヘファイスティオンを追い出すために暗殺計画をたてたのか!」
「ああそうだ。俺や他のミエザの仲間にあって、ヘファイスティオンにないもの、それは身分だ。同じ罪を犯しても身分が低いほど厳しい刑罰を受ける。俺達が国外追放ならヘファイスティオンは拷問と死刑、俺達が無罪放免ならば国外追放という具合だ。だいそれた事件を計画し、みなで捕まった後思い知らせてやりたかったのさ。身分違いもいいところのやつが王子のお気に入りになっていい気になればどういう目にあうか・・・じっくり経験させたかったのさ。拷問で傷つき、死の恐怖に怯えてどんな顔するか、じっくり見物しようと思った・・・」
私の目の前は真っ暗になった。あの時、アレキサンダーを守るためにみんなで考えていたときのカッサンドロスの真剣な表情、プトレマイオス達が捕えられた時、涙を浮かべて自分に訴えた表情、あれは全部うそだったのか。
「ヘファイスティオン、アレキサンダーよりお前の方が驚いているみたいだな。まったくお前はだましやすい。アレキサンダーのためといえば自分の危険も顧みず仲間に加わってしまうし、涙を浮かべて助けてくれと言えば自分からフィリッポス王の前に名乗り出てしまう。お前はアレキサンダーに大事にされて自分の身分のことなどすっかり忘れてしまったようだな・・・それが思いがけず酷い拷問を受けたものだからすっかりおかしくなって気が狂って・・・そんなお前の姿を見て俺は同情するふりをしながら心の中で笑いを噛み殺していたよ。俺の計画がこんなにうまくいくとは思わなかった・・・ヘファイスティオンは気が狂うし、プトレマイオス達は国外追放、思いとおりにできるじゃないか・・・もう急ぐ必要はない・・・数少ないマケドニアに残った友として、いくらでもアレキサンダーの側にいられる。同情して慰め、戦場では大した活躍をしなくてもただ王子を守っている振りをすればいい・・・こんな楽なことは・・・ヘファイスティオンさえいなければ俺の思いとおりさ・・・・ハハハハ・・・こんな身分も低く、何もできないやつに嫉妬していたなんて・・・少しばかりの拷問で気が狂って惨めな姿をさらけ出すようなヤツに嫉妬するなんて・・・この俺が・・・・」
「カッサンドロス!それ以上口を利くな!俺の怒りがお前の家族兄弟にまで及ばないように・・・お前のしたこと、考えはよくわかった・・・少しばかりの拷問・・・そう言ったことを必ず後悔させてやる。父上の暗殺で多くの人間が拷問にかけられ、半分以上の者は途中で息絶えるか気が狂った。パウサニアスもそうだ。お前は決して死なせないよう官吏によく言っておく。気が狂うほどの拷問がどれほどのものか自分の身に起こればよくわかるだろう。お前の父、アンティパトロスはお前を拷問し、処刑しても構わぬが、家族には罪を問わぬように言っていた。助けを求めても無駄だ」
「それは最初からわかっている。俺は父の命令で今日ここへ来た・・・・お前の性格も知っている・・・話すことはもう何もない。さっさと地下牢へでも連れて行け・・・・俺が拷問に屈して気が狂ったならヘファイスティオンやプトレマイオスなどと一緒に見に来ればいいだろう。裏切り者のカッサンドロスがとうとうこんな姿になったと・・・・だが俺は例え正気を失い、息絶え絶えの姿をお前達の前にさらしても、決してお前たちの前に跪き、命乞いをするようなまねはしない。俺は宰相の子として生まれ、宰相の子として死ぬ。神と王以外の人間の前では絶対に跪かない」
「すぐに官吏を呼ぶ。お前の話をこれ以上聞けば、俺の怒りは激しくなるばかりだ。ヘファイスティオン人を呼んで来い。早く!」
私はアレキサンダーの言うとおりにはしなかった。彼の体を押さえ、その唇に口付けをした。
「ヘファイスティオン、何をしている!この手を離せ!お前、またおかしくなってしまったのか、落ち着くんだ。手を離せ!」
「だめだよ、離せない・・・・僕はまた気が狂ってしまっているのかもしれない。見えないものが見え、聞こえない声が聞こえる。だからこの手を離すわけにはいかない」
「ヘファイスティオン、落ち着け!カッサンドロスの身を官吏に渡してから、ゆっくり話そう。お前はもう何も心配しなくていい」
「それはだめだ!カッサンドロスを渡してはいけない。カッサンドロスは僕達の仲間だよ」
「何が仲間だ!こいつが何したかお前も聞いたばかりだろう。つまらない見栄や嫉妬に捕らわれてとんでもない計画をたてた。そのおかげでお前がどれだけ酷い目にあった。プトレマイオス、ハルパロス、ネアルコス、レオンナトス、ベルディッカス、みんな国外に追放されて不自由な暮らしをし、戻っても出世の道を閉ざされた。誰のせいでこんなことになった!お前はこんなヤツをかばうのか!」
「カッサンドロスは本当のことを言ってはいない!」
私はカッサンドロスの顔を見た。彼は私の顔につばを吐きかけ笑い出した。
「ハハハハ・・・・ああ、おかしい・・・・こいつまたおかしなことを言っている。アレキサンダー、こいつの言うこともうまともに聞かないほうがいいぜ・・・・ハハハハ・・・・」
「カッサンドロスはわざと自分を悪者にしている。あの時の事件のこと、他の誰かが罪に問われないよう自分ひとりの計画だと言っている。君の憎しみが彼一人に向けられれば、他のみんなは安心するから・・・・たった一人で君の憎しみをすべて受けようと・・・・愛しているからだよ、カッサンドロスは誰よりも君を愛している」
「ヘファイスティオン・・・・」
「カッサンドロスは嘘を言っている・・・僕にはよくわかる・・・あの時僕もまた同じこと考えたから・・・自分が殺されることは怖くない・・・君を守ることさえできれば・・・・違う・・・僕は嘘をついている・・・本当はもう終わりにしたかった。逃げ出したかった・・・・フィリッポス王が僕にしたこと・・・・ずっと体も心も限界だった・・・・逃げ出したい・・・でも逃げられない・・・・逃げられないのは僕だけではない。君もカッサンドロスもフィリッポス王も同じ・・・・逃げられないから何をするの・・・その同じ血はアレキサンダー、君にも流れているんだよ。みんな逃げられない・・・・だから憎んではいけない・・・」
「ハハ・・・こいつほんとうにおかしなことばかり言うな・・・アレキサンダー気にするな」
「カッサンドロス、ヘファイスティオンを押さえていろ。俺が官吏を呼んでくる」
「アレキサンダー、それはいけない!・・・・やめて・・・・カッサンドロスを殺さないで・・・・愛しているんだよ・・・・」
「ヘファイスティオン!静かにしてろ!」
カッサンドロスの力強い手が私の体を押さえ、唇に彼の唇を押し付けてきた。
大勢の衛兵や官吏を連れてアレキサンダーが戻って来た。
「お前達、カッサンドロスを押さえていろ。カッサンドロス、お前はいい加減なことばかりしゃべり、父上暗殺についての捜査に邪魔になる。当分の間自宅に篭り、一歩も外には出るな。誰かに会うことも許さない。誰か家まで送っていき、見張りとして残れ。宰相アンティパトロスの長男だ。失礼のないように見張っていろ」
「アレキサンダー・・・・」
「お前の顔など見たくはない・・・4年前の事件はただ未熟な者同士が集まってふざけていただけのことで今回の事件とはまったく関係がないし、これ以上調べようとも思わない。アンティパトロスにそう伝えておけ」
「父は俺の言うことなど全く信用しない」
「それならそれでもよい。アンティパトロスとはほとんど毎日顔をあわせている」
「父に注意しろ。いざとなれば血を分けた自分の子でも見殺しにする。ヘファイスティオンは危ないぞ。他のやつらもそうだ。お前はもう王になった。いつも命をねらわれていると思え・・・・」
「お前の忠告など聞きたくない。俺の気が変わる前に早く行け!」
カッサンドロスは何人かの衛兵に連れられて王宮を出て行った。
「ヘファイスティオン、これでいいのか?」
私は歩いていくカッサンドロスの後姿に気をとられていて、小声で聞くアレキサンダーの声に気がつかなかった。
−つづくー
後書き
カッサンドロス、ヘファイスティオンとは正反対の性格で、嘘はつくし、裏切るし、かなり酷いヤツです。でも嘘偽りの中に彼なりの真実や思い、正当性があるし、もちろんプライドだけは決して捨てないし複雑な人間です。
2006、5、23
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