約束の場所(24)

「アレクサンドロス王、朗報です。ペルシャ人の兵士を数名生け捕りにすることができました。今国内ではフィリッポス王暗殺について様々なことがささやかれ、すでに多くの者が拷問され処刑されています。貴方に反対する者は大方殺され、あるいは没落しました。後はいかにマケドニアの民が納得する理由を作り出してパウサニアスを処刑するかだけです」
「パウサニアスはアッタロスへの恨みの矛先を父上に向けたのだろう」
「それでは困ります。フィリッポス王は羊飼いばかりの民を強力な兵士に仕立て上げ、マケドニアを山間の小国からギリシャの覇権を握る大国へとした偉大な王です。その暗殺の理由が小姓出身の衛兵の個人的恨みとあっては示しがつきません。パウサニアスは密かにペルシャ王ダレイオスから送られた刺客と通じていたのでございます」
「それは事実ではない」
「事実ではありません。けれどもフィリッポス王の偉大さを示し、あなたが策略などではなく正当な方法で王位についたことを示すもっとも都合のよい理由でございます。貴方やオリュンピアス王妃がかかわりがあると疑われたままなら、いつまた反乱が起きるかわかりません」
「そうだな、ではすべてお前に任せる。どういう手順でそれを実行する、アンティパトロス?」
「ペルシャ人捕虜とパウサニアスを明日、広場に引き出して処刑します。なるべく多くの観衆を集めた方がよいでしょう。ペルシャ人は口を利けぬようあらかじめ殺しておいて見せしめのため死体を磔にします。磔にされたペルシャ人の中央でパウサニアスも磔にして罪状を読み上げ、石打の刑で処刑します」
「パウサニアスはもう正気を失っている」
「それでこそ好都合、なにも物言うことができません。ただ観衆の憎しみと憎悪の中で石で打たれ、息絶えればよいのです。偉大なフィリッポス王を暗殺されたマケドニアの民の怒りはパウサニアスとペルシャに向けられます。そしてアレクサンドロス王、貴方は偉大な王家の血を引く正統な王として民の前に姿を現すのです」
「暗殺者の処刑すら、利用するというのか」
「それが王となる者の定めです。フィリッポス王もその前も、数百年も前からずっと王位を決めるときにはこのような争いが起きていました」
「王とは孤独なものだな、父上も同じ気分を味わったのだろうか」
「おそらくは・・・・」
「カッサンドロスはどうしておる・・・・」
「あれは監禁して外に出さぬようにしております。余計なことは言わぬよう、誰にも会わせず・・・」
「それがいいかもしれない。少なくとも二度と王宮には入れるな」
「かしこまりました・・・・ではまた明日・・・・」

宰相アンティパトロスは丁寧に礼をして出て行った。

「アレキサンダー・・・・」
「ヘファイスティオン、何も言うな・・・・俺は父上がお前に何をしたか知っている。カッサンドロスがなぜあんな計画を立てたか、いやパウサニアスが父上を殺した理由だって本当は俺のためじゃないか?教えてくれ、ヘファイスティオン、お前は何か知っているんだろう」
「アレキサンダー、ここにはたくさんの人がいる。君の言葉を一言ももらさずみんな聞いている。君は王になったんだ」
「わかっている、二人だけで話そう。人払いをしてくれ」

私はいそいで周りにいた人に出て行ってもらった。

「最後はペルシャに罪をなすりつけるのか!今まで陰謀を理由にさんざん反対者を殺しておいて・・・宰相という位より上のどんな権力が欲しいんだアンティパトロス!」
「アレキサンダー、すべては君のためだよ。君を正統な後継者にするための・・・」
「俺は父上、フィリッポス王の実の子だ。それ以上他に何が必要なんだよ・・・この体には確かに父上の血が流れている・・・残忍で欲深く自分の欲望のためならどんなことでもする呪われた血が・・・・」
「やめて!僕のことはもういいんだよ・・・」
「お前は忘れられるのか?」
「わからない・・・・」
「忘れられるわけないよな、俺のせいでお前は・・・」
「アレキサンダー・・・・」






パウサニアスの処刑は大勢の人が入れる広場の中央で行われた。アレキサンダーは私に見ないほうがいいと言ってくれたが、私はその場に足を運んだ。野外劇も行われる広場は中央が低くなっていて、周りからはよく見えるようになっている。きのうの宰相アンティパトロスの話どおりペルシャ人らしい何人かの男の死体が磔にされ、よく見える場所にその柱は立てられた。そして鎖に繋がれたパウサニアスも広場に引きずり出された。彼は完全に正気を失っている。わかのわからない叫び声を上げ、暴れて逃げ出そうとするのを何人もの力の強い男が押さえつけ、中央の柱に鎖で繋がれた。

「俺は行かなければならない。お前は目を閉じ、耳をふさいでいろ。見ないほうがいい、わかったな」

私の両肩を押さえ、強い口調で言うと広場の中央へ向かって降りていった。

「マケドニアの多くの民よ、そしてギリシャ各都市からも集まった者達よ、よく見るがよい。この男、パウサニアスは我が父、フィリッポス王に仕える身でありながら、ペルシャ兵と通じ、金に目が眩んで王を暗殺するという大罪を犯した。神ゼウスとオリンポス山の神々に代わって、マケドニアの王となった私が今ここで裁きを行う。パウサニアスを石打の刑に処す。我が父フィリッポス王の功績を称え、この男と卑怯な方法でマケドニア王を葬ったペルシャへの恨みを胸に抱いて、それぞれ石を投げるがよい。はじめろ!」

アレキサンダーの合図で側にいた数人の男達が石を投げ出した。見ている者も石を投げる者もはげしく怒鳴り、呪いの言葉を口にし、狂ったように騒ぎ出していた。怖ろしい悲鳴が聞こえ、血しぶきが飛び散った。私はそれ以上見ることが耐えられず、目を閉じ耳をふさいだ。激しくぶつかり合う石の音と怒鳴り声が自分に向けられているようで、石に打たれているのが自分であるかのように感じた。これほど残酷な処刑は他にはないかもしれない。血が噴出し、骨が砕け、呻き声を上げ、苦しみの極限にいてもまだ息絶えることはない。激しい憎悪のこもった石は次から次へと体にぶつけられる。絶叫し、泣き叫びながらおそるおそる目を開いた私は驚いた。パウサニアスはすぐ目の前にいた。鎖に繋がれながらもその手は大きく広げられ、激しい石の攻撃から誰かを守ろうとしているように見えた。激しい苦痛の中で彼は正気を取り戻していた。彼の目は空の一点をじっと凝視している。私はその視線の先を追った。何もないその虚空には彼だけに見えるものがあるのだろうか・・・・あたりは静寂に包まれた・・・・悲鳴も怒鳴り声も聞こえない・・・ただ青く澄み切った空だけが見えた。





「ヘファイスティオン、すべては終わった、さあ、帰ろう」

声をかけられた時、すでに空は赤く染まっていた。あれほど大勢いた観衆も今はほとんどいなく静かになっている。ただ磔にされたままの死体が少し前に行われたことをありありと示していた。

「空に何か見えたのか」
「え、・・・・・」
「お前はずっと上の方を見ていた」
「見るのが辛いから・・・・」
「これで終わりだ・・・・もう何もない・・・・あの男は目をあけたまま息絶えた・・・・俺には何も見えなかったが・・・・」
「アレキサンダー・・・彼らの遺体は・・・・」
「このまま放置される・・・・しかたのないことだ・・・・」

アレキサンダーが酷く辛そうな顔をした。私は黙って彼の後を追った。





翌日、処刑が行われた広場に行くと、そこにはもう死体は見当たらなかった。柱や鎖はそのままだったが、死体だけははずされてどこかに運ばれたらしい。それぞれの柱の影に目立たないよう小さな花が一本ずつ添えられていた。

「誰がこんなことを・・・見つかれば自分も反逆罪で同じ目に合うのに・・・・」
「誰がやったか調べるの・・・」
「いや、このことはもう終わりにしたい。フィリッポス王が死んだ噂を聞いて、ギリシャ各地で反乱が起きるかもしれない。ペルシャ軍だってすぐ攻めてくる。すぐに新しく軍を整えなければならない。ぐずぐずしていられない、わかったな」





夜、アレキサンダーは珍しく私の体を求めてきた。それまで長い間互いに抱き合って寝ていてもそうした行為をあえて避けてきたアレキサンダーが私に口付けし、激しく愛撫を繰り返す。

「アレキサンダー、待って、どうして急に・・・・」
「すべては終わった・・・・後はお前だけだ・・・・お前を父上から解放してやる・・・・」

彼は私のものを舌で嘗め回し、後ろに指を入れてきた。

「やめて!王である君がこんなこと・・・・」
「お前の前では俺は王ではない。ただ一人の人間だ。一人の人間としてお前を求める、だから答えてくれ!」
「アレキサンダー・・・僕は・・・・」
「何も考えるな・・・ただ目を閉じて俺のことだけを思え、愛しているんだろう・・・・」
「愛している・・・・でも・・・・」

愛している、だが私の体はどれほど熱く思っても反応してはくれない。子供の頃の恐怖が体をこわばらせ、自らに湧き起こる欲望を押さえつけてしまうのである。それでもアレキサンダーは一心に私のその部分を舐め続けた。体の中心が少しずつ熱くなるのを感じた。

「俺に全てを任せるんだ。一緒に行くんだ、あの場所へ・・・・・」
「あの場所?」
「お前と会ってすぐの時約束しただろう。俺には行かなければならない場所がある。一緒に行こうって・・・」
「それは遠い昔の約束だよ・・・・僕達は立場も何もかもすっかり変わってしまった」
「なにも変わってない・・・・同じだ・・・あの頃と・・・同じでいてほしい・・・お前だけは・・・・」
「アレキサンダー・・・・」
「俺を取り巻く状況は何もかも変わってしまった。王として生きるためにはたくさんのことをしなければならない・・・今の俺にはわかるんだ・・・なぜ父上がお前にあんなことをしたのか・・・なぜ俺を殺そうとしたのか・・・・わかるような気がするんだ」
「わかってはいけない・・・・君はこれ以上苦しんではいけない・・・・」
「お前は俺を苦しめまいと何もかも一人で飲み込んで隠し続けた。もうそんなことはやめろ!どちらか一方がかばって苦しんではいけないんだ。お前の苦しみは俺が飲み込んでやる。俺の苦しみはお前が全身で受け入れろ。そうやって二人で生きていかなければあの場所にはたどり着けない。どちらか一人でも倒れてはいけないんだ・・・一緒に行かなければ・・・」

アレキサンダーは私のものを口に含んだ。それはみるまに固く膨らんでいくのを感じた。

「やめてくれ、これ以上は我慢できない・・・君の口に・・・・」
「吐き出せばいい・・・・吐き出して楽になれ・・・・お前の苦しみは俺がすべて飲み込む・・・・安心して吐き出せ・・・」
「アレキサンダー・・・」
「お前は俺に向けられる石つぶてをすべて自分の体で受け止めて俺を守ろうとした。パウサニアスも同じだ・・・・あの男もお前も全てを自分で受け止めようとして・・・・でも俺はお前を失いたくはない・・・俺にできることはなんだ?・・・・吐き出して楽になれ・・・・」

今までにない快楽に身を包まれた。体の内側を指で刺激され、その波は私のそこへとゆっくり集まってきた。我慢できずに喘ぎ声をあげ、初めて自分の精を吐き出すことをした。彼の口は私をくわえて離さない。開け放された窓から風が入ってくる。微かな花の香りも感じる。私の体は星空の中をゆっくりと漂いはじめた。


                                                 −つづくー




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