約束の場所(25)
私の体は星空の中をゆっくりと漂った。ただ彼に全てを任せて横たわっていた。やがて彼の口がゆっくり私から離れるのを感じた。
「アレキサンダー・・・こんなこと・・・・」
「いいんだ・・・お前の犠牲の方が俺より遥かに大きい・・・お前にだけは話しておこう。あの日、父上がパウサニアスに暗殺されるすぐ前、俺は二人の話し声を聞いてしまった」
「そんなこと話さない方が・・・・」
「お前には聞いて欲しい・・・俺はすべて聞いてしまった・・・父上がどう思っていたかも・・・・」
彼の声は震えていた。嗚咽が漏れ、言葉にならない。
「話さなくていい、君が辛いなら・・・・」
「いや・・・・すべて・・・・お前に・・・・」
私は震える彼の背中をさすった。言葉はうまく出てこない。固く握り締めた彼の手は爪を食い込ませそうになっていた。目にたまった涙が零れ落ちた時、私はそれを舌で舐めた。
「お前は前にもこうやって俺をなぐさめてくれようとした。自分が狂気に陥るほどの酷い拷問を受けたのに、お前の心には俺を気遣う魂が残っていた」
「その時のこと、僕はよく覚えていない・・・」
「俺はよく覚えている・・・・正気を失ったお前を見て、俺は欲情した。俺の中にも父上と同じ狂気が潜んでいる。父上は俺を殺すつもりだった。俺が謀反を起こし刃を向けたと見せかけて、パウサニアスに殺させるはずだった。そしてお前やプトレマイオス達も共犯ということで処刑する、あの日の筋書きを父上は頭の中でこう考えていた。俺にことさらきらびやかな衣装をつけさせて一緒に行進させたのも、お前たちをマケドニアに呼び戻したのも全てはその筋書きのためだった」
「アレキサンダー・・・・」
「驚いたかい?・・・・・驚くよな、こんな話を聞いたら・・・・パウサニアスはその命令に背き、俺達を助けるために暗殺を実行した。それをしっていながら俺は酷いやり方で処刑した」
私はアレキサンダーの顔をじっと見た。あの時の声は私だけでなく、彼も聞いていた。そしてそれを誰にも話さず今日まできた。
「信じられないことばかりだった・・・・父上が俺を殺そうとしたことも、パウサニアスに暗殺されたことも自分が王位についたことも・・・何もかも信じられず夢の中を歩いているようだった。パウサニアスが処刑された今だからこうしてお前に話している」
「・・・・・・・・・」
「何もかも信じられないことばかりだ・・・父上はお前に酷いことをした・・・・どれだけ酷いことをしてきたか・・・俺は何も知らないでいた・・・・」
「もういい・・・・もうそのことは忘れて・・・・君は王としてこれから生きていかなければならない。何もかも背負ってはいけない・・・・」
「王として生きる・・・・父上に昔英雄の話を聞いたことがある・・・・洞窟の中にたくさんの英雄の絵が描いてあるんだ・・・・アキレウス・・・ヘラクレス・・・・プロメテウス・・・英雄たちの末路はみな悲惨だと聞かされた・・・・お前と会う前のことだよ・・・アキレウスはパトロクロスの復讐のためにヘクトルを殺した。ヘクトルを殺せばすぐに自分も死ぬことになると予言されていながら・・・・ヘラクレスは気が狂い、自分の幼い子供を次々と殺した・・・・プロメテウスは火を盗んで人間に与えたためにゼウスの怒りをかい酷い罰を受けた。鎖に繋がれわしに肝臓を食われるがその肝臓は1日でもとにもどってしまう・・・毎日毎日苦しみ続けなければならない・・・・神は人間に栄光も与えるが、あっという間にそれを奪う・・・孤独だ・・・王であることはなんと孤独であることか・・・敵の兵士を殺し・・・時には愛する者まで殺さなければならない・・・英雄はみな孤独で悲惨な死が待ち構えている・・・・そんな話を聞かされた」
「孤独・・・・悲惨な死・・・・」
「俺は父上と母上が仲良く話をしているのを見たことがなかった・・・・いつも会えば必ずののしりあっていた。父上が目に怪我をした時からそれはいっそう激しくなった・・・・だからお前と一緒に暮らせるようになって本当にうれしかった・・・・やっと安心して話ができる、お前がそばにいてくれて俺はすごくうれしかった・・・・でもその間も父上はお前に酷いことを・・・・」
「アレキサンダー・・・・僕も君と一緒にいて幸せだった・・・・それだけは本当だよ・・・・君とただこうして肌を触れ合っているだけで幸せだった・・・・」
私はアレキサンダーの体を抱きしめた。彼の手も強く私を抱きしめている。
「父上は俺を殺そうとした。俺を愛していたんじゃなかったのか・・・・母上を憎んでいるのは知っている。お前を脅して俺の見張りまでさせていたことも知った・・・・」
「僕は長い間君を騙し続けた」
「仕方のないことだ・・・・お前には拒むことなどできない、そうだろう!あのことを知った後でもまだ俺は後継者は自分だと信じていた・・・それなのに何故突然俺を殺して・・・アッタロスの血を引くエウリディケの子を跡継ぎにしたかったのか?まだ生まれてもいない・・・顔も見たことのない子の方を・・・・俺は父上の跡継ぎとして、王となるのにふさわしい人間になるよう精一杯努力して生きてきた。お前のこと知らなかったから、父上を愛し、尊敬してきた。それなのになぜだ?二十年間生きてきた俺よりもどうしてまだ見たことのない子の方を愛してしまうんだ。アッタロスは何を父上に吹き込んだ!エウリディケをそんなに愛したのか!なぜ俺が殺されなければならないんだ!」
彼の声を聞きながら、私はふとカッサンドロスのことを思い出した。
「カッサンドロス・・・・」
「おい、何故今あんなやつの名前を口に出す・・・・名前すら二度と聞きたくない」
「カッサンドロスも同じ気持ちかと思って・・・・彼も宰相の跡継ぎとして大切に育てられた・・・それなのに暗殺を計画していたことがわかったら、彼一人の責任にして、他の家族を巻き込まないよう言われた・・・・突然切り捨てられた彼はわざと君に憎まれようとあんな言い方を・・・・彼もまた君を愛していた・・・・だから君を傷つけないで自分が殺されようと・・・・憎しみを自分ひとりに向けてもらえればと・・・カッサンドロスもわかっているんだよ、君の立場が・・・」
「俺に憎まれて死にたい・・・・あいつがそんなことを・・・・」
「フィリッポス王が君や僕達ミエザにいる者を殺そうと考えていたのはもっとずっと前からだった。エウリディケと出会ってすぐから・・・直接殺さなくても戦いに不慣れなうちに危険な戦場に送り込めば間違いなく死ぬ、そう考えていた」
「それは本当か!父上はずっと前から俺のことそんなふうに思っていた・・・・なんだ・・・・ははは・・・知らないのは俺だけだったのか・・・・ハハハハハ・・・おかしい・・・いかに王子としてふさわしい死に方をするか・・・・そのために・・・ハハハハハ・・・あーおかしい・・・・」
突然アレキサンダーはぞっとするような声で笑い出した。
「全部そのための罠だった・・・・お前が王宮に住むことも、ミエザで訓練されたことも・・・同じ年齢の仲間と一緒に・・・すべて仕組まれていた・・・・父上は俺のことなど少しも愛してはいない・・・母上のことも殺したいほど憎んでいる・・・だからそうさ・・・最初から俺を殺して復讐する為に・・・・成長した俺が戦死すれば母上はさぞ悲しむ・・・・そう仕組まれて育てられた・・・・母上は父上を殺す機会をねらって俺を育てた・・・・なんていう家族だ!俺は憎しみと狂気と復讐と・・・・そんなものに囲まれて育ってきた。父上はお前にどんなことをした?ただ小姓を相手に欲望を吐き出すだけでは飽き足らず、俺と同じ年で、愛しているお前を陵辱して母上への復讐の筋書きを書き、俺を憎み、快楽の極みを経験したんだろう。目に浮かぶようだよ・・・父上が舌なめずりをして、怯えるお前を近くに来させ、泣き叫ぶ声を聞きながら欲情している姿が・・・・俺も同じだからな・・・・狂ったお前に興奮して・・・・」
「やめて!アレキサンダー・・・・もうやめて!」
「お前はよく俺と一緒にいられるよな・・・・あれだけのことをされて・・・同じ血が俺の体にも流れている・・・それだけじゃない・・・母上の憎しみ・・・狂気・・・嫉妬・・・怒り・・・ありとあらゆる血が俺の体には流れている・・・・」
「やめて!・・・・もういいよ・・・わかっているよ・・・君にどんな血が流れているか・・・・わかっていて僕は君の側にいることを選んだ・・・・」
「ヘファイスティオン・・・・」
「わかっているよ・・・・フィリッポス王がどんな狂気に捕らわれてしまったのか・・・君がどんなものを背負って生きていかなければならないか、みんなわかっているよ・・・・わかっていても僕は君から離れることはできない」
「・・・・・・・」
「逃げ出すことも考えた・・・・フィリッポス王を殺せば自分も殺される・・・・死のうと思った・・・でもその前に僕の心が先に壊れてしまった・・・なにもわからなくなったけど君の姿だけは見えた。炎に包まれている時も君が見えて僕は喜んで走っていってしまった」
「もう少し遅ければお前を助けられなかった」
「君から逃げることはできない。例え死んでも、心を狂わせてしまっても、僕の魂は君から離れられないんだ。君がどうなっても、僕は君から離れない」
「もし、いつの日か、俺の心が荒廃し、魂が堕落して父上と同じ事をしようとした時、お前は俺を殺すことができるか?」
突然の質問に私はすぐには答えられなかった。彼の胸に手をあて、その鼓動を聞いた。彼は今どんな答えを望んでいるのか。
「それが必用な日が来たならば僕は君を殺す」
「王を殺せば重罪人だ。パウサニアスの最後を見ただろう。正気を失うほどの拷問を受け、石で打ち殺された。あれは最も残酷な処刑方だ」
「どのような殺され方をしても、僕はそれを実行できる。石で打たれようと、炎で焼かれようと君の前に立ち、あらゆるものから君を守る。だから君は何も怖れなくていい。安心して君の行くべき場所へ行けばいい」
「一緒についてきてくれるのか」
「どんなことがあっても僕は君から離れない」
「お前にまかせていいのだな・・・俺の全てをお前は受け入れてくれるのか?」
「君の全てを受け入れる・・・・だから安心して・・・・・」
私が横になるとアレキサンダーは熱い口付けをし、髪の間に指を埋めた。首筋を、胸の間をとその口付けは少しずつ下半身へといった。痺れるような感覚に身を躍らせた。
「ヘファイスティオン、俺を受け入れてくれ」
正面から足を広げられ、固い異物を挿入される突き刺すような痛みに悲鳴をあげた。
「お前が苦しいのはわかっている。でも俺はこんな愛しかたしかできない」
体の内部に直接ぶつけられる激しい刺激で眩暈がし、息をすることもできなくなった。足を高く上げられ、絶叫するほどの痛みを感じながら声を出すこともできない。アレキサンダーの激しい動きは私の苦痛とはまったく関係なしに内部で暴れ血を噴出させている。彼の熱い体はヘラクレスの皮膚を焼く毒のついた衣にもプロメテウスの肝臓をついばむ鷲のようにも感じられた。もしそうであったとしても私は喜んで体を差し出すであろう。あらゆる苦痛と快楽を感じて彼の手を強く掴み意識を失った。
「あの時の約束覚えているか?一緒にあの場所に行こうと言った」
「覚えている。でもあの場所はどこのこと?」
「わからない、ただ俺には行かなければならない場所がある」
「君の行く所、どこへでも一緒に行くよ」
目を覚ました時、激しい痛みはなくなっていた。だが彼の体の一部は私の中に深く埋められたままである。
「お前の中は暖かくて心地よい。こうしてお前に包まれていると安心だ。何もかも忘れてよい夢が見られる。このまま寝てもいいか?」
「いいよ、今だけは僕が君を守っているから・・・・・」
私は体をひねり、腕を伸ばして彼の髪をそっとなでた。香油のよい香りがあたり一面に広がった。穏やかな顔で眠りにつくアレキサンダー、王になった今、こんな時は極まれにしか来ないかもしれない。
−つづくー
後書き
この章はなかなか気に入ったように書けず、何回か消して2日がかりで書き上げました。最終的にこれでよいのかどうか、最終回が近くゴールが見えていて、何が言いたいかもわかっているのに、なかなかそれが言葉に現われてくれませんでした。
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