約束の場所(3)

「もう、日が沈もうとしています。なぜこんなに遅くなったのですか!」

やっと元の場所に戻った私とアレキサンダーに対して教師のレオニダスは言葉遣いは丁寧だが、厳しい口調で言った。

「俺が途中で足をくじいて・・・」
「アレクサンドロス王子、それはうそですね。走れなくなったのはあなたではなくこのヘファイスティオンです。うそをついた罰と遅くなった罰があります。こちらに来てください」

薄暗い神殿の中に連れて行かれた。マケドニアの都ペラにはたくさんの神殿があったが、古くなって使われていないものも数多くあった。ここもそうした使われてない神殿らしい。

「心配するな、鞭ぐらいちょっと我慢すればすぐ終わる。俺が先に受ける」

アレキサンダーはこのような罰には慣れているようで、さっさと上衣のキトンを脱いで台の上に横になった。鞭の音が聞こえ私は目をつぶった。目を閉じたまま鞭の回数を数えた・・・・1回、2回・・・・10回で音は止んだ。アレキサンダーは一言も声を上げていない。

「な、たいしたことないだろう。次はお前の番だ。早く終わらせろ」

私も慌ててキトンを脱ぎ、台の上に横になった。鞭の音が鳴り響き、私は悲鳴を上げた。想像していたより遥かにするどく激しいその痛み、そう考える間もなく、次々と鞭は振り下ろされ、私は泣き叫んでいた。同じ回数打たれ、鞭の音が止んでも私の体はまだ震え、泣き続けていた。

「大げさだなあ、これぐらいでそんなに泣くなよ・・・・初めてだから驚いたのか・・・俺はもうこんなこと慣れているけどさ。早く起きて服を着ろ、今日の教練は終わりだ」
「うん」

立ち上がろうとしたが背中がズキズキと痛む。必死で上衣を着て、アレキサンダーに寄りかかるようにしながら歩き、宮殿へと戻った。鞭で打たれた痛みは長い間消えず、私は夕食もほとんど食べずに自分の部屋にもどり、ベッドの上に横になった。安心したのかふっと意識が遠くなっていった。





「これはひどい。この体でこれだけ打たれてよくここまで戻ってこれたものだ」
「そんなにひどいの。俺と一緒に罰として鞭で打たれたのだけど・・・・」
「アレキサンダー王子の傷とは深さがまるで違います。あなたに対しては教師といえども形式的に罰を与えるだけ、でも彼は罪人と同じように力いっぱい打たれています。どれだけ辛かったか・・・」
「俺は泣き叫んでいるのを見て、何を鞭ぐらいで大げさにと笑っていた。まさかそんなひどいことに・・・ヘファイスティオン、しっかりしてくれ、ヘファイスティオン!」
「大丈夫です。意識を失っている方がむしろ楽でしょう。目が覚めたらこの薬を飲ませてください」

私はうっすらと目を開けた。

「ヘファイスティオン、気がついたか。心配になって医者を呼んできたよ。まさかそんなにひどく打たれていたなんて・・・それなのに俺は大げさだと言って笑った」
「大丈夫だよ。ただ僕がおおげさで・・・・」
「レオニダスのやつ、母上に言われたのだな。もともと彼は母上が見つけてきた家庭教師だ。父上に言いつけて止めさせてやる!」
「まって!そんなことは言わないで・・・・」
「だってお前こんなに酷く鞭で打たれて・・・・」

私は医者に目で合図を送った。医者は私の言おうとしていることをすぐ理解し、アレキサンダーに礼をして部屋から出て行った。

「このことを王様には話さないで・・・・」
「だってお前・・・・」
「冷静になって考えて・・・・今家庭教師を追い出したら、王妃様はもっと僕のこと憎むかもしれない。そうしたらここにいられなくなる。僕は大丈夫だよ」
「ヘファイスティオン・・・・」
「鞭ぐらい平気だよ。次はもっと速く走れるようになって罰を受けなければいいのだから・・・走るだけじゃない、剣術も乗馬ももっともっと練習して君に負けないぐらいうまくなる。鞭なんかに怯えて怖がってはいられない」
「お前は強いやつだ。俺なんかよりずっと強い。薬を飲んだらまた俺の部屋にこい。もう支えてはやらないぞ。自分の足で歩け」
「君の部屋まではかなり遠い、それなのに自分で歩いていけと・・・・」
「強くなれ、ヘファイスティオン、俺に負けないぐらい」




さすがのレオニダスもあの鞭打ちの罰はやりすぎたと思ってくれたのか、数日間私は勉強だけアレキサンダーと一緒に行い、鍛錬の時は休ませてもらえた。傷が治って再び走れるようになっても、当分の間は鞭打ちの罰はなくなって助かった。それはしばらくの間だけだが・・・・





「ヘファイスティオン、フィリッポス王が呼んでいる」

夜、アレキサンダーの部屋にいる時に呼び出された。

「こんな夜遅くなんの用だろう」

私の代わりにアレキサンダーが呼びに来た侍従に尋ねた。

「よくわかりません。急な用事があるとかで・・・」
「わかりました。すぐ行きます」

私はその侍従の後について急いでフィリッポス王の部屋へと向かった。





「ヘファイスティオン、何をそんな入り口のところで突っ立っている。お前はもう一人の息子も同然だ。アレクサンドロス以外どいつもこいつも息子はできの悪いやつばかり、お前の方がよほどいい。さあ、酒を注げ」

私は恐る恐る部屋の真ん中へ行き、フィリッポス王の杯に酒を注いだ。王はかなり酔っ払っているらしい。

「お前がこの宮殿に来て一ヶ月が過ぎた。何か困っていることとかないか。アレクサンドロスとはうまくやっているか」
「はい、王子は私に対してすごく親切にしてくれます」
「息子と同じ歳か、お前の方が小柄で色白だな・・・父親に似てお前も戦よりも宮廷内で働くのに向いているかもしれない。お前の父を近く書記長に任命するつもりだ。王子の学友になるのだから、父親にもそれなりの役職を与えないと・・・」
「ありがとうございます」
「そのかわり、お前もこうして時々酒の相手に付き合え、よいな」
「かしこまりました」
「さあ、もっと酒をたくさん注げ、お前も飲むか」
「いいえ、私はまだ・・・・」
「王の注いだ酒が飲めないのか!」
「いいえ、飲めます、いただきます」

私は杯に注がれたぶどう酒を一息に飲み干した。初めて飲む酒は苦く喉の奥がひりひりして熱くなった。

「訓練は厳しいか?レオニダスは王妃が選んできた家庭教師だ。お前に辛く当たってはないか」
「いいえ、そんなことはありません」
「鞭で酷く打たれたという話を聞いたが・・・」
「そんなに酷くではありません。罰として王子と一緒に・・・・」
「どれ、傷跡を見せてみろ」

フィリッポス王の手が私の白いキトンに触れ、たちまち上衣を脱がされてしまった。そして王の手が背中の傷跡に触れる。私の体はわけもなく震えていた。

「この美しい体に傷つけるとは、今度そのようなことがあったらただちにこの王に言え、よいな」
「は、はい」

王の手が私の傷跡をゆっくりとなでる。私の体はビクッと震えた。

「震えておるのか、まあよい、お前はまだまだ子供だな。楽しみは少し先に延ばしたほうが・・・よい体をしておる、グフフフ・・・・ワハハハ・・・この柔らかな肌・・・・なんとなめらかな・・・・うまそうなやつ・・・・」

王のつぶされた目からは血が流れ、もう一つの目は妖しく光っている。大きな口からよだれをたらし、毛むくじゃらの手で私の体をあちこち撫で回す。その姿は昔話に聞いたオデッセウスを襲う一つ目の巨人にそっくりであった。私はただもう怖ろしくてガタガタと震えていた。



                                              −つづくー



後書き
 スパルタ教師にひどい罰を受け、王の酒の相手をすれば父親の昇進とひきかえにセクハラされ、あげく一つ目巨人に襲われそうになってとヘファの受難は続きます(といいながら結構楽しんで書いている)
2006、2,2


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