約束の場所(7)

私とアレキサンダーが13歳になった時、フィリッポス王はミエザの神殿に新しく学問所を開き、有名な哲学者のアリストテレスを教師として招き入れた。そして同じ年位の貴族や将軍の子達もそこで寝泊りして一緒に学ぶことになった。フィリッポス王はかなり前からアレキサンダーをオリンピュアス王妃から離れた場所で生活させようと考えていた。そして将来普通の兵士や指揮官よりもさらに王との絆が深い兵士仲間、ヘタイロイを育てるためにも、ミエザの学問所は大きく役立つことになる。

「宰相アンティパトロスの長男、カッサンドロスです。俺やフィロタスが普通の部屋でどうしてアレキサンダーとヘファイスティオンだけ特別室なのですか」

10人ぐらいの子がミエザの神殿前に集められ、それぞれの部屋に案内されるとカッサンドロスがさっそく文句を言った。宰相の子のカッサンドロスと将軍パルメニオンの子フィロタスは特別話をしたことはなかったが、顔だけは前から知っていた。その他にこのミエザの時から一緒だった者はプトレマイオス、レオンナトス、ベルディッカス、ネアルコスなどがいた。

「アレキサンダーは王子だから個室になるのは当然だと思いますが、どうしてヘファイスティオンも一緒なのですか。おまけに俺達はみなそろって大部屋でおかしいと思います。それぞれの身分や家柄にあった部屋を割り当てるべきです」
「カッサンドロスよ、家柄から言えば確かにお前がアレキサンダーに継ぐものだが、お前とアレキサンダーが同室では落ち着いて学問はできないであろう。お前のその宰相の子としての資質はむしろ大部屋で皆をまとめあげる時にこそ磨かれると思うが・・・」

大哲学者アリストテレスに言われればさすがのカッサンドロスも反論はできず、代わりに私の近くに来た。

「おい、ヘファイスティオン。お前は王子と同室になれるほど立派な家柄なのか。お前の父の名前はなんだ」
「アミュントル・・・・」
「アミュントル・・・・聞いたことがない名前だな。おい誰かアミュントルという名前の将軍か何か知っているか」
「知らないよ」
「聞いたことがない」
「誰も知らないってさ。何をやっているんだ。フィリッポス王のお気に入りか」
「違います。父は書記官です」
「書記官か、それじゃ誰も名前を知らないわけだ。前から思っていたけどどうしてお前、アレキサンダーと一緒に宮殿に住んでいる?お前の父親がよっぽど王のお気に入りだったんだろうな。それともまさかお前自身が・・・」

カッサンドロスの目が意地悪く私を見つめる。私は目をそらせた。

「いい加減にしろ、カッサンドロス!これ以上ヘファイスティオンを侮辱したらただじゃおかないからな!」

先に部屋にいっていたアレキサンダーが戻ってきて、カッサンドロスにつかみかかった。アリストテレスが二人を止めなければ、きっとアレキサンダーはカッサンドロスを殴っていただろう。

「こういうことが予想できるからお前達二人は一緒の部屋にしたくはなかった。カッサンドロス、学問の世界では家柄や身分は関係ない。みなで協力して真理を探していくことにこそ価値がある。アレキサンダー、王になるべき者は自身の感情に動かされてはいけない。常に人の上に立ち、人の手本となるような・・・」
「わかりました」
「すみません」

なんとかこの場はおさまり、みな与えられた部屋に荷物を運び込んだ。だが私はこの最初の日で、この中の誰よりも自分が身分が低いこと、そんな私がアレキサンダーと同室になったので激しい嫉妬と軽蔑の眼差しで見ていることをはっきり知ってしまった。





アリストテレスの授業は天気のよい日は外で行われることも多かった。今日も先生は外に出て神殿の前に腰かけ、砂の上に大きな地図を書き出した。私はあわててその地図をパピルスの上に書き写した。

「ここにエジプト、ここにはメソポタミアがあり、かっては文明が栄えた。だが今は衰え、巨大なペルシャ帝国に支配されている」
「先生、ペルシャの王様の後宮にはたくさんの女や宦官が集められているのですよね。去勢された少年もたくさんいて・・・」

去勢や宦官という言葉をこの時私は初めて知った。最初に質問したカッサンドロス以外はみな同じであろう。そしてこの言葉はみなの好奇心をかきたてた。

「去勢ってどうやるんですか」
「決まっているだろう。あそこを刃物で切るんだよ」
「えー痛そう」
「死んじゃわないの」
「大丈夫さ、うまくやれば切っても死なない。そして男でも女でもない宦官ができる」
「どういう姿なの」

カッサンドロスが得意そうに話、みなはもう興味津々、もう地図の話どころではなくなる。

「みんな静かに!確かにペルシャではそのような風習があるがそれは今日の勉強の中心ではない。もう地図は書き写したかね。フィロタス、なにも書けてないじゃないか!ほう、アレキサンダー、随分詳しく書いて・・・」

先生は話を元に戻そうとするが、みんなの興味はすっかり別の方向にいってしまった。





その日の夜、フィロタスが呼びに来て、私は他の仲間がいる大部屋へと向かった。私が部屋に入るなり、カッサンドロスがニヤリと笑った。

「よくきた、ヘファイスティオン。お前が来なけりゃ、話は進まないからな、みんな楽しみに待っていた」
「なんの話だ」
「決まっているだろう。宦官の話だ」
「カッサンドロスがさ、お前も宦官じゃないかと言い出すんだ。違うだろう」
「おい、カッサンドロス、いい加減にしろよ。あんまりヘファイスティオンを苛めるとアレキサンダーに殴られるぞ」

仲間内では一番年上のプトレマイオスはいつも冷静である。だがカッサンドロスの言葉はますます熱を帯びてくる。

「さっきの話で思いついたんだけど、ヘファイスティオンは去勢されているんじゃないか。同じ年だっていうのになんだか色白で女っぽくて・・・」
「そう言われりゃ、そうだな」
「だろう!去勢してあれば王子と一緒の部屋にしても全く安心だし・・・フィリッポス王が目をつけて・・・」
「えー、王の小姓ってそこまでやるの」
「知らないけどさ、ヘファイスティオンの体ってけっこう鞭のあととかたくさんあるし・・・」
「だからか、俺たちと身分は全く違うのに一人だけ特別扱いされるのは」
「ちがう・・・そんなことはない・・・・」

私はやっと勇気を振り絞って小さな声で言った。

「じゃあ、証拠を見せて見ろよ。お前が宦官でないっていう」
「しょうこって」
「下着をとって見せればいいんだよ。見せられないのか」
「わかったよ」

私はそっと下着をはずした。隠していた手をカッサンドロスとベルディッカスが押さえつけ、みなの前にさらされた。

「確かについているか。まあ、マケドニアの小姓は切られたりはしないから兵士になったり、子供を作ったりもできる。お前の父親だってきっと・・・」
「ちがう!父は書記官としての能力を高く評価されてフィリッポス王に採用された。そんな関係じゃない!」
「おい、カッサンドロス、いいかげんにしろ。涙ぐんでいるじゃないか」
「わかったよ、プトレマイオス。お前も家柄はたいしたことないから、いいところ見せて気に入られたいんだろう」





プトレマイオスに連れられて自分の部屋へと戻った。

「悪かった、ヘファイスティオン。俺も自分の立場があるから、カッサンドロスに対しては・・・」
「わかっているよ、そういうことは・・・助けてくれてありがとう」
「このことアレキサンダーには言うなよ。下手にこじれると結局またお前がやられることになる」
「そうするよ」
「いろいろ言われてもあんまり気にするな。俺達の仲間で一番頭がいいのはお前だ。もっと誇りを持て」
「ありがとう」

カッサンドロスや他のみんなに比べれば、プトレマイオスは私に対して好意的だった。彼はフィリッポス王の庶子だという噂を聞いたこともあるが、私と同じように大貴族や将軍の家系ではない。だからなのだろうか・・・


                                                   −つづくー



後書き
 ミエザには実際何人ぐらい集まったのか、部屋割りやカリキュラムは、生活の様子や食べ物などは、などなどとっても気になります。何か詳しい資料とか残ってないでしょうか?カッサンドロス、すごいいじめっ子として登場させます。ファンの方ごめんなさい。




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