約束の場所(9)
ミエザの宿舎に戻った時はもう暗くなっていたが、部屋に誰も戻ってはいなかった。私は足を引きずりながら自分とアレキサンダーの部屋に入り、届けられた荷物を見た。半分以上がそのままの状態で放置されている。荷物の上に置かれた手紙を注意深く開いてみる。
「親愛なるアレキサンダー、そちらは寒いと聞きましたので、服を多めに入れておきます。朝起きたらきちんと顔を洗い、髪を整えることを忘れないように・・・質のよい石鹸が・・・だめだ、これには何も書いてない。他の手紙を・・・・」
「ヘファイスティオン!戻っていたのか、何しているんだ?」
突然の声にぎくりとして振り向くとアレキサンダーが立っていた。私の手は震え、涙がこぼれそうになる。
「ごめん・・・君の手紙勝手に見たりして・・・僕の母は病気で寝たりおきたりの生活だから手紙なんか書けなくて・・・・荷物も来ないからどんなことが書いてあるか気になって・・・・」
「そうか、気がつかなかった。俺に届けられた物はお前も使っていいよ。母上の手紙だってもううんざりさ。宮殿にいる時とちっとも変わらない。ああしろこうしろとうるさくて、後は父上の悪口ばかりだ。母上は俺を思い通りに支配したいんだよ。手紙、よかったらお前が代わりに読んでくれ。どうしても知らせなければいけない重大な手紙だけとっておいて、後は捨てて構わないよ」
「僕が、君の手紙を読んでいいのか・・・・」
「ああ、ぜんぜん構わないさ。食事の用意ができている。早く行こうぜ」
「ごめん、きょうは食べられそうもない」
「そうか、教練の時もいなかったし・・・気をつけろよ」
「うん・・・・」
アレキサンダーが部屋を出て行くと同時にベッドに倒れ込んでしまった。下半身がズキズキと痛む。はじめてフィリッポス王からその行為を受けた時よりも痛みはもっと激しい。思い出すだけで体が震えてくる。体の一番敏感な部分に何度も槍を突き刺され、死ぬほどの苦痛と恐怖を味わった。その時のフィリッポス王の顔・・・あまりの恐ろしさに表情はよく覚えていないが、笑っていたように思える。
「こうしてはいられない、手紙を読まなくては・・・・」
立ち上がって別の手紙を読み始める。フィリッポス王の杯に毒が盛られたという手紙は・・・・あった、これだ。
「親愛なるアレキサンダー、お前の父、フィリッポス王の杯に小姓が毒を入れました。愚かな小姓、もっと強い毒を入れれば王は息絶え、一族の者まで処刑されることなどなかったのに・・・小姓が毒を盛りたくなる気持ちもよくわかります。あの男、今ではどんな醜い者よりももっと醜くなり、男でも女でも構わず貪って王としての品位などどこにもないとか・・・あと少しです。あと少しでお前が王になる日がくるのです。お前は品位があり、美しい、あの男とは比べものにならないほど立派な王になるでしょう・・・」
この手紙、アレキサンダーに見せてもいいものだろうか、迷っている時アレキサンダーが戻って来た。
「どうした、何を泣いている」
「この手紙、君に見せていいかどうか」
「貸してみろ。お前一人の心にしまうには重すぎることが書いてあるんだろう」
アレキサンダーは手紙を読み出した。だがすぐにそれを全部は読まずに粉々に破いてしまった。
「ちくしょう!何がマケドニアの王だ!何が英雄だ!おかしいよ・・・狂っているじゃないか!父上も母上も気が狂っている。何が正当な王妃だ!跡継ぎだ!俺は間違いなくこの両親の狂った血を受け継いでいる。そうだろう、ヘファイスティオン。俺もいつかこうなるのか?王位につき、絶えず命を狙われ、誰も信じられず・・・・」
「ならないよ、君には僕がいる、誰も信じられなくても僕を信じればいい」
「そうだな、俺にはお前がいる」
「オリンピュアスが書いた手紙はどこにある」
「もうありません、アレキサンダーが破いて捨ててしまいました」
「嘘をつけ、見せられない内容だったのだろう。王の命令に従えない者がどういう目にあうか、まだわからんのか!」
「すみません、今、内容を思い出してお話します」
「もう遅い!お前は痛い思いをしなければ本当のことをしゃべれないようだ。裸にして手足を押さえておけ。しっかり押さえなければ暴れまわって余計苦しむだけだ。いいな」
「やめてください。お願いです。何もかも話します!やめて・・・ああー」
手足を強く押さえられた。もがき苦しむ自分の体に槍は容赦なく差し込まれ上に向かって突かれていく。泣き叫び、暴れまわって絶叫した。
「ヘファイスティオン、ヘファイスティオン!どうしたんだ」
目を開けるといつもと同じベッドの上、夢を見ていたのだろうか。
「すごい声を出して暴れていた。どんな夢を見たんだ」
「怖い夢を見た・・・・大きな巨人に襲われ・・・・」
「オデッセウスか。ヘファイスティオン、こっちへきて一緒に寝よう」
「また君を起こしてしまうよ」
「今度巨人がお前の夢に現われたら俺が退治してやる」
「アレキサンダー・・・・」
「はやくこいよ。昔、お前が夢を見て泣いていた時、一緒のベッドで寝てやっただろう」
「あの時はまだ子供だった」
「今だって同じだ。たった13じゃないか。お前が怖い思いをしないよう俺が守ってやるからさ」
そっとアレキサンダーのベッドにもぐりこんだ。二人で一つのベッドに寝るとかなり狭く感じられる。体をあわせればお互いの呼吸や息遣いまで聞こえてくる。アレキサンダーの手が私の髪や頬をやさしくなでた。
「早く大人になりたいな。一人前の男になって、本当にお前と愛し合い、何もかも分かち合えるようになりたい」
「僕は今のままがいい。僕達は身分も立場も何もかも違うから・・・・」
「そんなこと関係ないさ。俺はお前を愛している・・・誰よりも・・・・安心して眠りな・・・・俺が起きていてずっと見張っていてやるからさ。お前を怖がらせるものがこないように・・・・どんなことがあっても俺はお前を守る」
「アレキサンダー・・・」
「ん、なんだ」
「あたたかくてきもちいい」
「そうだろう。安心して眠れ・・・ヘファイスティオン・・・・」
私が目を閉じてしばらくすると、アレキサンダーの方が先に眠ってしまったらしく、規則正しい呼吸音が聞こえる。
「アレキサンダー、安心して眠っていいよ。僕は決して逃げないから・・・・どんなことがあっても君のそばを離れない」
−つづくー
後書き
アレキサンダーは何も気づいていません。知らないから物語を怖がってヘファイスティオンが怯えているのだろうと無邪気に信じています。ヘファの方はフィリッポス王から次々とトラウマになりそうなことばかりされているのですが、それでもアレキサンダーを傷つけないように懸命にこらえています。
2006、2、28
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