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湯煙旅情〜生徒会会計は見た!〜
『温泉旅行!?』
夕食の席で、突然そんなことを言い出したセイに、僕とカガリは声を上げて驚いた。 「そ。今度の連休に一泊二日で」 そんな僕たちのことなど気にも留めない様子で、ウチのバカ兄貴は、から揚げを頬張りつつ話を続ける。 「元々は文化祭の打ち合わせも兼ねて、生徒会メンバーで行こうと思ってたんだけどね。予算の都合上、ムチャクチャ質素になりそうだったから、アルトに声をかけたんだよ。そしたら、家族友人込みで行こうって話になってね」 聞いてもいないのにつらつらと経緯を説明するセイ。 「・・・・・・っていうか、生徒会行事に巻き込むなんてやめてよね」 「このボクをひなびた温泉宿で過ごさせようなんて、許せないじゃない?」 「セイ、それは答えになってないぞ」 つけあわせのきんぴらごぼうを摘みつつ、カガリが口を挟む。 「もちろん楽しい旅行にそんな無粋なものは持ち込まないさ。湯上りにフルーツ牛乳をイッキしたり、卓球したり、ゲームコーナーでテトリスをえんえんとプレイしたりして、思いっきり楽しむつもりさ」 それはもう、完全な行楽じゃないか。しかもひなびた温泉宿限定の楽しみ方。生徒会の打ち合わせはどこ行った。 「ちなみに、費用はお土産代くらいでいいよ。宿はモルゲンレーテのものだし、車もアルトが出してくれるから」 世界に名だたるモルゲンレーテグループ会長一族のアルトなら、それくらいしてもおかしくはない。っていうか、ウチのバカ兄貴はそれ目的でアルトに声をかけたのだろう。 ・・・・・・相変わらず抜け目がないというかなんというか。 ここまで段取りがついているのなら、もう何も言わないことにしよう。ただ、気になる件といえば――― 「それで、旅行には誰が来るの? 役員のフェルナとシンくん、レイくん、出資者のアルトは当然として、他は?」 「とりあえず、フェルナはラクスを誘うらしいし、シンとレイがいるってことは、マユちゃんとホークさんちの二人も参加。あとは顧問のクルーゼ先生に・・・・・・ラミアス先生とフラガ先生も保護者として同行してくれるってさ。あと、おまけで泣きついてきたアスラン」 セイが挙げた参加者を指折り数える。計15人。結構な大所帯だ。それにしては、ほとんどご近所さんプラスアルファというのがなんとも。 それでも、楽しそうな催し物であることには変わりはない。 なら、僕も楽しむことにしよう。 ―――それが間違いの始まりだと気付いていれば、後の災いは起こらなかっただろう。 旅行当日。学園最寄の駅の集合場所にて――― 「皆様、おはようございます。昨夜はよく眠られましたか。本日皆様の運転手を勤めさせていただきます、シュウヤ・ミナヅキです」 他の利用客の迷惑も考えず、ロータリーにどどんっ、と停車した十メートル以上あるリムジンの前で、アルトの護衛であるシュウヤさんが深々と頭を下げた。 その背後から鳴り響くクラクションの音に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる僕とアスラン、レイくんの常識人三人。 だというのに――― 「さすが、サハクはやることハデだね」 「これでも遠慮した方だぜ。本当は20メートル級リムジン使いたかったんだけどさ、流石に山道は曲がれないだろうって、ミナ姉に止められてさー」 はい。せんせー。バカが二人います。 「おーっ! 凄いな、このシート! 身体が沈むぞ」 「極楽極楽」 「素晴らしいですわー」 カガリ、フェルナ、ラクス・・・・・・きみたちマイペース過ぎ。 「お兄ちゃんの隣はマユが座るのっ!」 「ダメよ! シンの隣はあたしっ!」 「・・・・・・いっそ俺が真ん中というのは・・・・・・っ!? イヤ、ジョウダンデスヨ、マユサン、ルナサン」 ガクブルしないでよ、アスカ100%。あとメイリンちゃん、いくら珍しいからって写メをばしゃばしゃ撮らない。 「ふ。最高だな、車はっ! 長い車体を振り回しっ、その身をぶつける! 故に事故るっ! 事故るべくしてなぁっ!!」 「・・・・・・電柱にしがみ付きながら言うなよ。みっともねぇ」 「あ、あの・・・・・・クルーゼ先生? 酔い止めならちゃんと用意してますから」 クルーゼ先生って乗り物に弱いんだ。少し意外・・・・・・じゃない! 最初からクライマックスしてないでちゃんと保護者の役目を果たしてくださいよ! 「皆、少し浮かれすぎているようです。ここは無礼講ということにしましょう」 「―――レイ。そうだな。ここでツッこまないことがおれたちの戦いだな」 「それでも、僕はツッこむよ」 心の中で、だけどね。 そんなこんなで、突然の温泉旅行は波乱のというか・・・・・・混沌の幕開けで始まった。 ちなみに、カオスといっても、今回スティングくんは出番ないよっ! 「―――ぶぇっくし!」 「スティング・・・・・・風邪?」 「風邪にはキムチがいいらしいぞ。食うか?」 彼らの泊まる宿は、深い草木に囲まれた山間の、急な斜面の斜面に立っていた。見かけは古いが、それはそういう風に設計されているからであり、古きよき温泉宿を再現した趣のある佇まいだった。ちなみに週末だというのに他に利用客がいないのは、アルトが貸し切りにしたためである。 広い和室に通され、荷物を置いたフェルナたち女子グループは、窓から望める峡谷の景色を見て大はしゃぎする。やれ景色が綺麗だの、小川が流れているなどと、毒気を含んだ会話など一切ない。もうタイトルに『湯煙殺人事件』とか付けていいほどの平和なノリだった。 「晩ご飯まで時間あるみたいですけど、どーします?」 畳の上にごろんと寝転がったルナマリアが言う。 「んー?」と早速テーブルの上に置いてある茶菓子を頬張りつつ、緑茶を注いでいたカガリが気のない返事をする。 「温泉に入りましょう!」 棚から浴衣を取り出しつつ、マリューが力強く宣言する。脱いだ上着から零れ落ちたマリューのたわわな乳を見て、ラクスとフェルナは自分の胸を隠すように押さえて、声を揃えた。 『先生との入浴だけは御免こうむります』 そしてマユとメイリンは静かに呟く。 「―――まだ成長期だもん」 「わたしたちにはまだ未来があるから―――」 それがこの場の誰の心を抉るのか気付きもせずに・・・・・・。 一方、男子グループはというと――― 「やめろっ、シンっ! カットサーブなんてっ! お前はそんな球を打ってはダメだっ! お前が打ちたかったのは本当にそんな球かっ!?」 「アンタがいけないんだ! アンタがスライスを打つからっ!」 「キラ先輩! あなたは俺がっ!」 「もうやめろっ! 球は誰にだって一つだ! だからその分裂魔球は反則だっ!」 「打ち、焦り、失策し、死角を晒すっ! 最高だな卓球はっ!」 「貴様の理屈だ! つか、お前も分身魔球は使うなっ!」 「やー、はりきってるねー」 「だなー。―――っと、もらったっ!」 温泉に入る前にひと汗かいておこうと、ゲームコーナーに四台の卓球台を並べて、熾烈なシングルスを繰り広げていた。ちなみに敗者は勝者に風呂上りに飲み物を奢ることになっていたりする。 まことに健康的なことこの上ない。 この場にディアッカかヨウランあたりがいれば、女風呂を覗くことを提案したのだろうが、そんな命知らずな提案をする人間はこの中にはいなかった。 本当に読者の期待を裏切る奴らである。 「裏切ったわけじゃない。ただ、自分の命が惜しいだけだ」 「などと、へたれ100%の言い訳をするアスランであった。まる」 「・・・・・・二人とも、モノローグへのツッこみはやめていただけませんか。正直困ります」 「それがネタキャラというものだよ、レイ」 などと、アスラン、アルト、レイ、ラウの4人が地の文への口出しをした瞬間―――彼らの対戦相手の目がきらん、と光った。 「今だ必殺っ! アロンダイト・スマーシュっ!!」 「同じく隙ありっ! フルバースト・スマーッシュ!」 「どぅおりゃあああああああああああああああああっ!!」 「・・・・・・(ちょん)」 シンのキラの、ムウの気合の篭もった一球が相手の卓に突き刺さり、セイの相手を小馬鹿にしたような軽い一打が、ネットぎりぎりに落ち―――勝敗は決した。 「さて、と。いい汗かいたところで温泉にでも行こうか」 額の汗を拭いながら、イイ笑顔でのたまうセイ。それに追従する勝ち組3人。対して負け組4人はしばし唖然として―――。 「「「「やり直しを要求する!!!!」」」」
ただ、その声に耳を傾けるものは誰もいなかった。
『ラクス先輩も、フェルナ先輩も早く湯船につかりましょうよ』 『ルナの言う通りだぞ。いつまでもそんなトコに突っ立ってるとカゼひくぞ』 『わ、わかりましたわ・・・・・・』 『あ、ダメよラクスさん。湯船に浸かるときはちゃんとタオル取らないと』 『・・・・・・ふーちゃん・・・・・・』 『諦めましょう、らっちゃん。どうせわたしたちではあの乳お化けに勝てないわ』 『そうですよ。あたしたちだって気にしませんし』 『別に胸がないくらい気にするなって。二人ともそれ以外は十分・・・・・・』 『黙りなさい、アホ毛』 『沈めるわよ、ゴリラ』 『あ、あのー、ラクスさん? フェルナさん? さすがにそれ以上は湯煙殺人事件に・・・・・・』 『『魔乳は黙ってなさいっ!!』』 『・・・・・・ひっ!?』 『メ、メイリンにマユちゃんっ! 黙ってないでこの二人を止めてっ!』 『あーあー聞こえない。お姉ちゃんがなんか言ってるけどきーこーえーなーいー』 『・・・・・・育って欲しいけど、育ったらラクスお姉ちゃんたちに狩られる・・・・・・ガクガクブルブル』 「―――で、こんな会話聞いても女湯覗きたい奴、手ェ挙げろ」
『お約束』を果たそうとした男性陣だったが、流石に壁一枚隔てた女湯から漏れ聞こえてくる惨劇の一端を耳にしてしまった以上、萎えたというか、ここでそれをするのは蛮勇というか、超脚本でもない限りムリっすという心境だった。 「まあ、私としては教え子が不祥事を起こさなくて助かったというのが本音だがね」 「つーコトだ。いくら若いからってエロスはほどほどにしとけよ、坊主ども」 湯船に徳利を載せた盆を浮かべて早速一杯やってるラウとムウがそんなことを言う。 「けど、クルーゼ先生。覗かなかったら覗かなかったで『なんで覗かないのです? そんなにわたくしたちに魅力がないのですか』とか言い出しそうな奴がいると思うのですが」 「なら、キミが覗けば?」 そんなアスランの妄言をばっさり切り捨てるセイ。 「つーかさ、向こうももっと覗きたくなるような会話しろっての。あいつらみたいにさ」 アルトが指差した先では――― 「にしても、レイ。お前ホント肩とか細いよな。髪も長いし、後ろから見たら女にしか見えないぞ」 「そういうシンこそ、肌は白いしきめ細かいじゃないか」 「ちょっ!? いきなり触るなよ」 「気にするな。俺は気にしない。背中をこっちに向けろ。流しやる」 「言う前にやるなよ。ったく。じゃ、後で髪洗ってやるよ」 「それはありがたいな」 男の友情というには艶っぽすぎる会話をするシンとレイの姿があった。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・なあ、キラ。おれも背中―――」 「やめてよね」 にべもなく拒否を喰らったアスランは『なんかおれの扱いって本編外伝番外編通してこんなだなー。スペエディとかジエッジとかじゃ主役扱いなのにー』とぶつぶつ呟きながら、湯船に沈んでいく。 その傍らでは、ムウたちの酒に手を出そうとしたヒビキ兄弟がラウに教育的指導(おいなりさん)を喰らっていたりと―――まあ平和なものだった。 キラ的には。
それぞれ温泉から上がった後に催された宴の席では、シンとカガリのおかずの奪い合いが行われたり。 「お前、もうマグロは食べただろう。いい加減船盛りから手を離せっ!」 「うるさいっ! アンタ一人でばくばく食べてっ! アンタなんかに喰われるマグロさんがかわいそうだっ!」 「なんだとーっ! ならサーモンだっ! サーモンを食べ―――」 「遅いっ! は! 大した腕もないくせにっ!」 未練がましく教師陣の酒に手を出そうとキラが奮闘したり。 「お酒は二十歳になってからっ! 何故そんなことがわからんっ!」 「そんな社会のルール・・・・・・っ!」 「坊主。あんま若いウチからアルコールに手を出すと―――将来キツいぜ」 「それでも・・・・・・っ! それでもっ! 味わいたい地酒があるんだーーーーっ!!」 ラクスが周りの人間からいろいろたかったり。 「メイリンさん。そのサザエのつぼ焼きいただけませんか?」 「え? ラクス先輩? そんな―――」 「いただけませんか?」 「え、えっと・・・・・・。その・・・・・・」 「メイリンさん」 「は、はいっ!」 「―――最近ウエスト周りがきつくなったのではありませんか?」 「!!」 「さて。―――いただけませんか?」 「あーもうっ! ラク姐っ! 意地汚いマネすんなよ。そんなに欲しかったら追加で注文するから。ほら、メイリンも気にせず食べろよ」 「・・・・・・アルトくん」 「(・・・・・・む)でしたら、アルトさんの分をいただきますわ」 「って! オレの分持ってくなーっ!」 相変わらずレイとルナマリアが小競り合いしていたり。 「ねえ、レイ。あたしが3つ数える間に、シンの隣の席を空けなさい。いーち・・・・・・」 「毎度毎度暴力に訴えるのはどうかと思うぞ。まあ、お前にはその腕力しか誇るべきものがないだろうがな」 「へー。レイのクセに言うじゃない」 「今日の俺はラウともども最初からクライマックスだからな」 セイがフェルナに怪しげな指導をしていたり。 「ふむ。ここはさりげなくキラに酌をしてやるとポイント高いんじゃないかな、マイシスター」 「誰があなたの妹よ」 「いいじゃないか。未来の義妹候補なんだし。っていうか、この旅行で距離詰めてみたら?」 「な、なにを―――」 「・・・・・・というかキミさあ。普段クールなくせにこういう話は苦手なんだよね。もう少し普段どおりにっていうか、目指せクーデレ?」 「とりあえず死んでくれませんか、会長」 そんなこんなで夜も更けていった。 深夜、温泉に浸かり直したシンとレイが自販機コーナーでだべっていると、廊下の向こうから浴衣姿のルナマリアがやってきた。シンたちと同じく湯上りなのだろう、その頬が僅かばかり上気している。 「シンにレイ? アンタたちこんなところでなにしてるの?」 「部屋に居ると先生たちや会長にカモられるから逃げてきた」 「カモって・・・・・・トランプ?」 「麻雀だ」 「あはは。そりゃたしかに逃げたくなるわね。シンってそういうゲーム苦手だし」 「うるさいなぁ」 痛いところを突かれて、シンはそっぽを向いて缶ジュースに口を付ける。 「でもレイは得意じゃない。昔っから。逆にカモってやればいいじゃない」 「ただの賭けゲームならそうするさ。だが今回は―――脱衣麻雀だからな」 「・・・・・・脱衣って。なに男同士でそんなコトしてるのよ?」 「俺が知るか。ただ、今日のアスラン先輩の強さは異常だった」 「で、トイレ行くフリして逃げたんだよ。温泉浸かって時間潰して、さらにここで時間潰し中。そういうルナはどうなんだよ」 ルナマリアもしばらく話に付き合うことにしたのか、自販機でスポーツドリンクを買いながら、シンの言葉に答える。 「あたしは別に。っていうかみんな寝ちゃったのよ」 「寝た? だってまだ12時回ったところだぞ。普通もっと話し込むんじゃないのか?」 「まあ、そうなんだけど。カガリさんが部屋に戻った途端に寝ちゃってね。すぐにマリュー先生も。それで騒ぐわけにはいかずに・・・・・・ってワケ」 「なんというか、あの人たちらしいな。だがな、ルナマリア。俺とシンはそろそろ部屋に戻らせてもらう。お前は一人寂しく―――」 「ア ン タ っ て や つ はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 もはや毎度のことと化したレイのルナマリアいぢりが終わる前に、彼女は素早くレイの帯を握り締め、思いっきり引いた。 いわゆる『よいではないか』状態でくるくる回されるレイ。 そんな二人のやりとりをシンはげんなりと見つめ、 「もうそのパターンは飽きた・・・・・・ってあれは?」 丁度窓の外を並んで歩く、アルトとラクスの姿を見つけた。 「―――アルトくん。誰にも見られていませんわね」 「そういうラク姐こそ、見つかってないだろうな。特にフェル姐あたりに」 「ふーちゃんなら大丈夫ですわ。3秒で寝られるコですから」 周囲を警戒しつつ、中庭のベンチに並んで腰掛ける。これは誰がどう見ても――― 「秘密の逢引だね。いやはや、まさかキミたち二人がそういう関係だとは。ボクのレーダーも鈍くなったものだね」 『『―――げえっ、セイ!!』』 声を揃えて驚く二人に、セイはやれやれと肩を落としながら、 「ボクは孔明かい。今だったら『はわわ』とか言ったほうがいいのかな?」 一部の人にしか分からない呆れかたをした。 「で。キミたちはこんな夜中に二人っきりで何をしようとしていたのかな? コトと次第によっては、生徒会長権限でなんらかの罰則を加えるよ」 一転会長モードになったセイに、二人はどうしたものかと顔を見合わせ、 「まあ、見つかったのがセイなのは不幸中の幸いだよな」 「そうですわね。むしろ好都合と言ってもいいですわね」 にやりと笑う。 「―――で、どういうコトかな?」 「「ひとつ協力してくれ」」 そして二人の『悪巧み』を聞いたセイは、やはりにやりと黒い笑みを浮かべるのだった。 ・・・・・・はあ。昨夜は散々だった。 ったく、なんだよあの種割れモードもかくやの激強アスランは。シン君やレイ君はとっとと逃げるし、セイとアルトはいつのまにか消えてるし。あれで腕捻り上げて黙らせなかったら、最後の一枚まで脱がされてたよ・・・・・・。 などと、昨夜の麻雀大会のことを思い出しながら、服を脱衣カゴに放り込んでいく。 それにしても・・・・・・。 「なにが『温泉宿に泊まったら、やっぱり朝風呂は欠かせないよね』だ、あの馬鹿兄貴」 くじくじとセイへの恨み言が口から出た。 当のセイは寝ぼけ眼の僕を無理矢理連れ出したはいいものの、途中で忘れ物をしたと部屋に引き返していた。で、僕はこうして一人で温泉に浸かるひとになったものの・・・・・・。 「まあ、いいか。なんだかんだで昨日一日ばたばたしてたし、ゆっくり使ってぽけーっとしよう」 タオルを持って、脱衣所と風呂場を繋ぐ擦りガラスを開けた瞬間。 「―――きゃ!?」 と、聞き知った声が意外な声色で湯殿に響いた。 『―――こちら、ジェノサイド・ワン。ターゲットの誘導に成功した。エターナル・ワン、そちらの首尾はどうだ?』
『エターナル・ワン。こちらの任務は完了しましたわ。目標はすでにお風呂の中ですわ、オーバー』 『ジェノサイド・ワン、了解。これから風呂場を封鎖する。アカツキ・ワン、応答せよ』 「アカツキ・ワン、感度良好だ。ターゲット以外の人間の足止めに成功した。ジェノサイド・ワン、任務続行してくれ」 「―――何してんだよ、アルト?」 先ほどから携帯電話を片手にぶつぶつと意味の分からないことを呟いていたアルトに、シンが声をかけた。 「いや、別に。強いて言えば、キューピット?」 「はあ? まあ、いいや。次はお前の番だぞ」 言って、シンはルーレットを指し示した。 「あー悪い悪い。―――っと、6だな。・・・・・・えーっと、『ロゴス株が大暴落。1,000,000 $支払う』って、一気に最下位かよっ!?」 これが先ほどアルトの口から出た『足止め』である。つまり彼らの言うターゲットと、ジェノサイド・ワン(セイ)とエターナル・ワン(ラクス)を除く面々は、人生ゲームに興じているのだった。 ―――朝っぱらから。 「―――って、フェルナ? どうしてここに?」
なんでフェルナがここに? っていうかここ男湯なのに。 「そっちこそ、なんで女湯に入ってきてるの? 寝ぼけるのも大概にして欲しいわ」 「間違えたのはフェルナだろっ!」 「こっち見ないでよっ!」 混乱しながら湯船に近づくと、ザバっとお湯をかけられた。ったく。なんで僕がこんな目に・・・・・・。いや、それにしても、なんかこんな風に慌てるフェルナは新鮮だ―――って。 「わかったよ。出て行くから安心して」 とにかく。どっちが間違えているにしろ誰かに見られた場合、明らかに僕の分が悪い。ここはとっとと出て行くのが賢い選択だ。 朝から散々だと思いつつ、引き戸に手をかけた時違和感を覚えた。―――開かない!? 「って、ちょっと待って!?」 「―――計算通りですわ」
引き戸を挟んだ脱衣所側で、ラクスがにやりと黒い笑みを浮かべた。 「ラクス。入り口に清掃中の立て札置いてきたよ」 そこにやはりセイが、なにかをやり遂げた顔でやってくる。 「ふふふ。『お風呂でばったり気がつけば混浴大作戦』成功ですわ」 アルトとラクス、そしてセイの言う『悪巧み』とは、つまりはそういうことだったりする。 手順としては至極簡単である。ラクスはフェルナを、セイはキラを脱衣所で鉢合わせないように誘い出す。この際何かと目ざといフェルナを先にするのがミソだ。一旦脱衣所まで言ったところで、何らかの理由をつけてラクスが退出し、その際に女湯と男湯ののれんを入れ替える。後から来たキラはなんの疑いも持たず、男湯ののれんが掲げられた女湯に入るという寸法だ。 また今回のアルトの役目は他の人物が風呂場に行かないように足止めすることだ。普通の温泉宿では成功確率の低いこの作戦も、この貸切りのシチュエーションでは十分に機能する。 「さてと、あとはじっくりしっぽり二人を見守るだけですわ」 「さあ、弟よ。今日こそ兄を超え、一気にオトナの階段を駆け上るがいい!」 ふふふ。あはは。と二人の声を殺した笑い声が脱衣所に響いた。 「―――ぶぇっくしっ!」
・・・・・・ううっ、寒い。扉は閉められ、かといって湯船にも浸かるわけにもいかず、腰にタオル一枚で放置される僕。 「そんなに寒いなら入ればいいじゃない」 「・・・・・・さっきと言ってること違わない?」 「細かいこと気にしないでよ。これで風邪でもひかれたら、なんか悪いし。・・・・・・それに結構湯気も濃いから見えないと思うし・・・・・・でも、こっちは見ないで」 ぴしゃりと言われる。まあ、元から見るつもりもないので、お言葉に甘えて湯船に浸かることにした。 フェルナの言う通り、立ち込める湯気のせいで彼女の姿はぼんやりとしたシルエットでしかわからなかった。なんというか、はっきり見えるよりもこれはこれで―――落ち着け、僕。 「あー、極楽極楽」 肩まで湯に浸かると自然とそんな言葉が出た。ちなみに相手の身体を見ないという条件上、どうしても背中合わせの形になった。 「老人みたい」 「うるさいよ」 相手の軽口に答える。あー、やっぱ温泉はいいなー。これで一人だったらもっと気楽なんだけどな・・・・・・って、女の子と混浴って時点でこれはその『気楽さ』を超える幸運なのか? いやいや、やめてよね。ディアッカじゃあるまいし。 「っていうか、フェルナ一人なの?」 ここで最初から気にしておくべき問題に気づいた。というか、しばらくすればセイが来るはずだ。 「多分誰も来ないわよ。というか、あの二人にはめられたのよ、わたしたち」 「あの二人? ・・・・・・もしかしてフェルナもラクスに連れ出されたクチ?」 「ええ。そして鍵をかけたのもあの二人のどちらかね」 なんてことだ。というか、何考えてるんだよ、あの二人はっ! 「・・・・・・・・・・・・」 つまり、ここは僕とフェルナ二人きり? 「・・・・・・意識したら、緊張してきた」 「ヘンな気だけは起こさないでよ」 フェルナはそう言うが、僕だって健康的な男だ。いくら相手が洗濯板の発育不良でといっても、そんな気にならない保証はない。・・・・・・いや、それ以前にフェルナってかなり可愛い部類に入るし。 あー、落ち着け僕。頑張れ僕。煩悩よ消えろ。 「それにしてもセイの奴・・・・・・。というか、あんな馬鹿が会長で苦労してない?」 強引に話題を変えることにした。 「苦労してないなんて言う人間がいると思う? 今回の旅行だって本当は文化祭やクリスマス会、予餞会、卒業式の段取りを決めるはずだったのに」 「・・・・・・ごめん。至らない兄で」 「―――けど、この旅行自体は楽しいわ」 「まあ、確かに。アイツ、こっちの都合は全然聞かないくせに、なんだかんだで楽しめるから憎みきれないんだよね」 得な性分だと思う。というかその要領の良さを少しは分けて欲しいもんだ。 「―――楽しんでる?」 フェルナの切り返しに『もちろん』と答えそうになって気づいた。僕たちはいつの間にか背中をくっつける格好になっていた。 「い、いや! そんなこと・・・・・・」 「わたしは楽しんでるわ。・・・・・・今も」 うわー。それは反則ですよ、フェルナさん。今のはヤバいって。 「ふふ。今ドキってなったわね。面白」 「しゅ、趣味悪いなっ!」 とはいうこっちもフェルナの心音が聞こえているわけで。・・・・・・あれ? ということは。 「実は結構緊張してる?」 「さあ? どうかしら」 口ではそううそぶくものの、背中越しに伝わる鼓動は早鐘といってもいいくらいの速度だった。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 自然、口数が少なくなる。ただ、気まずいというよりも―――どこか妙に安らぐというか、こそばゆいというか・・・・・・。 そんなことをつらつら考えながら沈黙を続けていると、 「ねえ、キラくん・・・・・・」 唐突にフェルナが口を開いた。 「何?」 「あなたは・・・・・・やっぱりいいわ」 「なんだよ、気になるじゃないか」 「それよりも、いい加減この状況なんとかしない? のぼせそうだわ」 「確かに。じゃあ、とりあえず僕が上がって見て来るよ」 「でも、扉開かないんじゃないの?」 「大丈夫。閉まってたら蹴破るから」 「器物破損」 「そうなったら修繕費は生徒会予算から出しといて。―――と、その前に。こっち見ないでよ」 「―――ち」 おーい。今小さく舌打ちが聞こえたんですけどー。まあいいや。見られて減るものでもないし。湯船から上がり、引き戸に手をかけると―――あっさりと開いた。 まったく。趣味悪いのか律儀なのかどっちかにしてよ。 大丈夫という旨をフェルナに伝えて僕は脱衣所に向かった。 ―――で、部屋に戻ると。
「いくら資産を溜めても、誰かが吹き飛ばす。一緒に貧乏農場を耕そう」 「―――はい。・・・・・って、俺の財産を悉く奪った挙句、最後に勝手に破産したのはお前だろうがっ!!」 仲良く最下位となったアルトとシンくんがじゃれあっていた。 「オハヨウ、マイブラザー。朝からお楽しみだったかにゃ?」 窓際の揺り椅子でにやにや笑う馬鹿兄貴に、手近にあった座布団わ投げつけたのは言うまでもない。 連休明けの登校日。教室で僕はさっそく問い詰められていた。 「―――ねえ、キラ? 今朝ラクスに聞いたんだけど・・・・・・」 と物凄く怖い笑顔で近づいてくるリデル。 「―――セイから聞いたんですが・・・・・・」 制服の懐に手を突っ込みながら、殺気全開で近寄るニコル。 まあ、当然というかなんというか。こういうオチになるのは最初から予想していたよ。折角の旅行ネタなのに、マユちゃんとかマリュー先生とか同行した意味あったの? とか、ぶっちゃけアスランっていらなくね? とか、カガリは喰って寝てるだけでいいよねーとか。 まあ、とにかく。 「黙秘権を行使する!」 今は逃げるしかない。 「―――やっぱりこうなったか」 「うーん。きーくんとふーちゃんを仲良くするのはいいのですが、あの方たちが邪魔ですわね」 「そうだね。それじゃ次の企画は『種のわれる頃に〜鬼隠し編〜』行ってみようか」 「なんかそれやるとトチ狂ったリデルにキラが殺されそうな気がする」 「アルト君も危ないんじゃないですか?」 廊下で繰り広げられるキラとリデル、ニコルの追いかけっこを眺めながら歓談するアルト、ラクス、セイの3人。 「―――まあ、それはともかくとして。なんか今日妙に視線を感じない?」 「いや、マジ。会長とラクス先輩、アルトの3人なんだけど、アレ絶対ドロドロの三角関係だって。この前の旅行でも夜3人で集まっててさ―――」
原因はそう吹聴するシンだったりする。 ―――まあ、因果応報ということで。
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