2007年1月21日
降誕節第4主日礼拝
聖書:マルコ福音書7:31-37
讃美歌:202,528,431
交読詩編:111
“天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。”
説 教「沈黙が破られる時」
癒しにあたり、イエスはため息をついた(口語訳)。この人の深い孤独を聴き取ったから。聴覚・言語「障がい」を持つこの人の舌は「縛られて」いた。「エッファタ/開け」との呼びかけによって、舌への束縛がゆるめられる。
奇蹟は縛られていた心が解き放たれたことを語る。この人は話せなかったのではない。話しても聴いて貰えなかったのだ。多数者が傾聴の姿勢を持たないことが、この人を沈黙に陥れていた。日本の聾学校が手話でなく口話を重視してきた現実が、この人への束縛に重なる。
この人を連れ出して一対一となったことは、この人の言葉を聴こうというイエスの意思を表す。イエスのこの歩み寄りが、沈黙に閉じ込められた者を解き放つのだ。イエスによって開かれたのは、この人の耳だけではない。この人に対して閉じていた、多数者の耳と心が開かれたのだ。
「エッファタ」の呼びかけは洗礼式で用いられたという。
沈黙から解き放たれることは、沈黙に聴くイエスと共に生きることなのです。
祈 り
神さま、傷ついた心の叫び声、打ちひしがれた魂の声を聞いてくださる憐れみを感謝します。わたしたちがあなたの耳で隣人の声を聴く者とさせてください。主の聖名によって。アーメン