近江時計眼鏡宝飾専門学校
近江神宮時計博物館
近江神宮の御祭神、天智天皇は中大兄皇子と申し上
げた折、大化改新を断行され、近代国家確立の体制の
基を開かれました。
天皇に即位後、改新の諸事業の完遂と人心の一新を
企られて、天智六年(西暦六六七年)都を大津に移さ
れました。
わが国の時刻制度の始まりは、天智十年四月二十五
日(671年)大津京の内裏に漏刻ーろうこく(水時計)
をお造りになり、鐘鼓(かねつづみ)を鳴らして時を打
ち国民に時刻をお知らせになったのに始まり、平安時
代末期までこの漏刻が時刻を計ってきました。
大宝律令(七〇六年に完成)には、中務省陰陽寮に
漏刻博士及び守辰丁十二名を置き、日夜漏刻の管理と
時刻の告知を行なわしめたとあります。
機械時計は、安土桃山時代に外国人渡来の際、献上品としてもたされ、これらを元にわが国において製作が始められ、江戸初期には既に完全な時計を造り上げており、本邦初の時計師として津田助左衛門の名が現われています。
わが国の時計は、通称和時計と呼ばれ、独特の機構と特異な形状を発展させ、世界に類をみない天体時計や万年時計という巧妙な技術と豊かな創迫力を組み合せたすばらしい時計を造り出しました。
又、時刻法も太陰太陽暦に準拠した不定時法を使用し、時刻の読み方も特異なもので時計機構もこれに合う特徴ある構造です。
「時の記念日」六月十日は、天智天皇の十年四月二十五日の御事蹟を太陽暦に換算した日で、大正九年天智天皇の御偉業を称えて記念日に指定され、時の祖神、時計業界の守護神として崇敬を受け、御偉徳を偲ぶ盛大な祭典が営まれています。
近江神宮時計博物館は、昭和三十八年開館され平成元年夏より改修工事が為され一階に休憩所を併設、時計博物館は二階に展示されています。
展示品解説
エジプト、インド、中国等世界各地で最初に考案さ
れた時計で、わが国における最初の時計も水時計で
ある。漏刻(ろうこく)の字の如く、水の溜る量、
或いは残りの量で時刻を計る。砂時計も原理は水時
計と同じである。
写真は、昭和39年、日本、スイス修交百年を記念
し、シイベル・ヘグナー社により復元された漏刻。
水時計(漏刻)
日 時 計
時計としては最古のもので、太陽の高度による蔭の
長さの違いで時刻を計る。
機械時計が使用される様になってからも大変簡便で
ある処よりよく使われた。
江戸期になると機械時計の原理を利用し、季節によ
る時刻の違いを修正出来る様各種の考案がなされた。
火 時 計
火縄、線香時計、ローソク時計、ランプ時計、香時
計の種類があり、燃焼量により時刻を計る。
近江時計眼鏡宝飾専門学校 〒520-0015 滋賀県大津市神宮町1−1
TEL:077-522-2200 FAX:077-522-2200
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線香時計の一種で香炉の灰の中に香を鈎型に幾重に
つめ、香の燃焼の長さにより時刻を計る。
香は合歓木(ねむのき)の若葉を粉にして使用した。
香 時 計
櫓 時 計
動力には、重錘を使用するため機械体は高い櫓の
上にあり、下に重錘がぶらさがっている。
一番上の鐘は、時報と目覚用ベルを兼ねており、
各時刻に各々の数を打って刻を知らす。鐘の下の
二本の横棒は棒天符(てんぷ)と云い、これが昼
夜各各の時刻を刻み一本が動いている時は、他の
一本は止まっている。この作動の交替時間は卯ノ
刻(明六つ)及び酉ノ刻(暮六つ)に行われる。
天符の分銅は速度調整用の櫓時計もので左右に動
き、この分銅の移動により、昼夜の時刻の違いを
修正し、春分秋分の時両天符の分銅は同位置にあ
り、一方が外側にあれば他方は内側にある。
柱時計(掛時計)は、櫓時計を掛時計としたもの
で同じ機械である。
枕 時 計
動力はゼンマイを使用しているので小型となり床
の間、又は枕元に置くのでこの名がある。
棒天符に代わり円天符を使用する為時刻の調整は
時刻板によって行った。時刻板の一局円に百の目
盛を刻み、約十五日ごとに各時刻駒を動かし時刻
を修正した。春分、秋分には、各時刻駒は等間隔
となる。この様式の時刻板を割駒式文字板という。
又、ゼンマイの力を均等にするため鎖引装置、糸引
装置が考案された。鐘にかわりオルゴールを組みこ
んだものもある。
尺 時 計
この形状は、日本独特のもので時計の上部に機械体
があり動力は重錘に時刻針をつけ、この降下の場所
で時刻を見た。時刻の調整は、割駒式時刻恨と同じ
で、これが修正は素人には困難であるため各月の時
刻を刻んだ時刻板を造り入れ換えた。この時刻板を
節板と云いーケ年に十一二種類を必要とした。
この時計の特徴は、酉ノ刻(暮六つ)を基準とし、
毎日、日没に鍵で重錘を巻き上げた。
垂揺球儀
設計は麻田剛立、高橋至時、間重富、製作は戸田東
一二郎が行った。機械体正面には、振子の振動数を
メーターで示す様になっており当時天文観測に使用
され、完全な形態で現存する唯一のものである。
印篭時計
印篭の中に時計を入れたもので当時の懐中時計で、
割駒式文字板を使用し、初期のものは外国製懐中
時計を不定時法に合うよう改造した。卦算時計
(文鎮時計)尺時計を横にしたもので文鎮等に組
み入れ紙押え等に用いた。大変小型でゼンマイを
使用し、機械とゼンマイが両端にありこの間を針
が動き時刻を示す。
天文時計・万年時計
江戸後期、田中久重等により製作された時計で、
一個の機械で時刻、干支による日付、二十四節、
七十二候、更には太陽の運行、月の満ち欠け等を
表示し、又一度ゼンマイを巻けば数百日動く等、
他国に比類のないものである。現存するものは五
台といわれる。
御駕篭時計
(大名時計)
枕時計の一種で駕篭、輿等を利用する際使用しや
すい様時刻板が時計上部に水平に置かれている。
印篭時計
マリン・クロノメ〜タ士が同型である。