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明日は高校オープンの審判が2試合あります 主催高校の都合でお昼からの試合開始です。 ですので、昼ご飯が出ません・・・ここの高校はお昼、「うなぎ」なんですよね・・・ 残念・・・昼からなのでナイターになる可能性があるので、そうならないで投手戦でテンポよく試合が進んでほしいです。 明日、がんばってきます。 ・国際戦争裁判の終焉と東京裁判の虚偽性の中から「日米両国のそれぞれの間違い」 日米両国共に幾多の間違いを犯している。それなら両国はそれぞれ何を間違えたのだろう。 ここまで考えてやっと戦争責任というものを考える理由が出てくるわけである。 アメリカの間違いは、ロシアの脅威が一時的に去った時期において、英国がその存続を希望したにもかかわらず、日英同盟を破棄させ、何の役にも立たなかった日米英仏の4ヶ国条約を押しつけたことである。実は冷戦直後も日米同盟に代わる日米中露4ヶ国条約論もあったが、日米両国は同じ間違いを繰り返さなかった。地政学の基本のほうが一時の政治的変動よりも重要なのである。 またマクマレーが指摘しているアメリカ側の間違いは、ワシントン条約を尊重して、条約上の既存体制の上に平和を守ろうという幣原外交に対して、これを不平等条約として非平和的手段を以てしても排除しようという中国のナショナリズムに、米国がセンチメンタルな支持を与えたことにある。 日本の間違いは満州事変以降のショーヴィニズムの上に乗った、軍と新聞世論の支持する拡張政策を政治が抑えきれず、時にはそれに迎合したことである。 それでも最後の瞬間まで、中国本土撤兵で日米交渉を成立させるチャンスはあった。それを実現できる可能性のあった、近衛・ルーズヴェルト会談を阻害したのはホーンベックなどの米国側の責任が大きい。もしそうなっていれば、例えばスペインのフランコのように第2次大戦を生き延び、冷戦を迎えるチャンスはあったかもしれない。その間、戦争が終われば非常時体制は去って、また大正デモクラシーが復活したというシナリオも書ける。しかし、他方、近衛・ルーズヴェルト間に合意ができても、国内政治の現実のうえで、それを実現する政治力があったかどうかはまた別の問題である。 ここまで考えてくると、戦争責任はどこにあったかというような設問に単純な答えを出すことの難しさ、とくに特定個人の責任を問い、ましてその人物の処罰などを考えることの無意味さが分かってくると思う。 すべては歴史の流れである。歴史という大河のなかで、世界の諸民族、諸国家が、無数の個人的悲劇を生みつつ、興亡を繰り返してきたということである。東條らの役割など恒河(ガンジス河)の砂の一粒でしかない。 屋山太郎、岡崎久彦著「靖国問題と中国」より「中央公論」2006年1月号岡崎久彦 この中の内容で他にもなるほどと思う内容(極東国際軍事裁判)がありますが、これくらいにしておきます。
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