野球の評価方法 第一部(総論) 
 本文の要約 及び 補足  ・・・ 7 
勝敗以外の価値の扱い

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 ・勝敗以外の価値 ―  プレーの水準の高さ。勝負の厳しさ。(これらは「社会の中の野球の価値」)  
                  野球の中の価値で考えると  
                        個人の活躍。特に勝敗に関係しないもの。  
                        人気、長年の功労  
                        選手以外の者の評価(監督・コーチ・球団職員など)  

 ・個人の評価方法 ― 第二部以降の話になるが、  
                   「攻撃の個人評価基準」「守備の個人評価基準」ともに、真理を突いている  
                   現在の「記録」方式と違い、野球の原則に沿って公平で正当な評価を行える  
                   従って、ペナントレース「勝敗」取り合い報酬→球団→選手の配分が、どの選手にとっても「野球本来の  
                   姿に沿う」公平なものになる  
                   試合毎に、公平な評価が可能 → 各選手の「生涯通算」の公平な評価が可能  
                   よって、各選手の「生涯通算の球界における活躍・貢献の評価」が算出出来る → 退職金の産出  
                   「生涯通算の公正な評価」を「年金」に上乗せ  
                   公正な退職金 + 生涯の活躍を上乗せした「年金」 → 新人の契約金は不要。裏金はさらに不要  
                   FAの権利取得に「公正な評価」を加える → 功労の多い者ほど、より早く権利を獲得する  

 ・選手以外の者 ― 上記の「選手に対する報酬」と同じように、「勝敗による」報酬を加えるべき。計算方法は今のところ不明。  
                監督・コーチは選手と同じく「勝敗分」を収入の主軸に  
                現場の裏方・球団職員は、「勝敗分」がボーナス加算になるように  

 ・人気の扱い − 現在は、球団を通してのみCMの契約などを行っているが、個人契約も認めるべき  

 ・長年の功労・存在感など ― 目に見えないものなので、数字・金額であらわしにくい。よって「モノ+サービス」で支払う。  
                       考え方として、金でないもので「もてなしの意」を表す。  
                       (例)住宅、個人用トレーナー、各種分析機器・スタッフ、地元の名産品、家族への配慮(教育環  
                          境など)  

 ・その他 ― 退職金・年金上乗せ分は、「新構造」と同じく、それ用の「新構造」を用意し、報酬金額を溜めておく  
           最低保障は続けるべき。額は不明 ― 「勝敗取り合い」のみになると、選手の収入が不安定なため  
           一定年齢(例えば30才)になるまで、収入の何割かを「預かり」にしておく  
           複数年契約は、基本的に必要なし ― する場合は「最低保障」「モノ+サービス」になる  

いますぐ出来るかもしれない事

 親会社と子会社の関係を「弾力的に」する ― 
         現状 ・・・ 球団の赤字を、親会社が補填する  
         弾力的関係 ・・・ 子会社が親会社およびグループに及ぼした「広告宣伝効果」を「販売・利益拡大功労金」として支払う。  
                                           
     考え方を柔軟にし、帳簿の付け方を ちょっと 変えるだけで、黒字の球団が出る可能性あり  




『補足』 ・・・ もう一度全体を振り返る  
  最後に、もう一度「金」の事を中心に、全体を振り返って考えてみたい。  
  現在、プロ野球では、各選手の収入が一般人よりもかなり高い。当然のように思われるが、プロ野球が出来た当時はどうだったのだ  
  ろうか? アメリカにおいては、野球のプロリーグはあちこちでたくさん興ってはつぶれ、やがて現在の形になって来た。現在、大リー  
  グは巨大な産業になっているが、産業が巨大になるには、その産業自身の努力が最も重要なのではなかろうか? それが無い場合、  
  この人間社会という生物圏において、ある産業が発展する事があるのだろうか? 単に選手に大金を払っているからその業界がでか  
  いとは言えまい。では、とりあえず、プロ野球界は自身の努力の結果として業界として大きくなって来た、と考えよう。ひょっとしたら違う  
  かもしれないが、まずは立派なものだと賞賛するべきだろう。  
  さて、我々ファンが、選手の高年俸に対して反発したり良しとしたりするのは、何より精神的価値・無形の価値の換算なので、何がどれ  
  くらいで正当な金額なのかが良く分からない事が第一だと考える。違うかな? あと、いろいろあるだろうが、まあちょっと置いておいて、  
  「赤字の改善」に行こう。業界自身の努力により発展してきたと考えて、その結果大変な赤字 ・ 「構造赤字」というのもおかしな話だが、  
  「構造赤字」をどう捉えるべきか。私は、「構造赤字」なのだから「構造=仕組み」自体を変えるべきだと考える。他に何か方法があるだ  
  ろうか?  
  いくら「構造赤字」である事を的確に、細密に指摘しても、例えば現状でどれほど球団の事業(球場の問題など)に百億単位の大金が  
  かかる事を指摘しても、それだけで「構造の改革」につながるだろうか? 私は、そんなものは「構造改革」の話になっていないと考え  
  る。なぜなら、改革のための具体案が無いのだから。具体案が無いという事は、検討の水準に無く、検討の一手段である議論にすら  
  ならないと考える。世間では、「議論」自体を、この世で最も大切なもののようにあげつらう風潮がごく一部にあるが、おかしくないだろ  
  うか? ディベートとか言って。日本語で言わんかいっ 議論すれば、必ず答えが出ますか? しないよりは多分ずっとましだろう。  
  しかし、野球の「構造改革」の話なら、「構造」自体の検討を行わなければいけないと思うがどうだろうか。具体案が無くても、「構造赤  
  字」に対する指摘は私の言う「前提条件の検討」のうちの「現状の分析」にはなると思う。だが、いつまでもその話ばかりしているのな  
  ら、それはコンピュータープログラムの「永久ループ」にも似て、「果てしない堂堂巡り」であると言えまいか。  
  そんなにヒマ?  
  それはどこかで断ち切らねばならないものだと思うが、どうだろうか?  
  この「野球の評価方法・第一部総論」で示した「新構造」は、自分では「改革された黒字の構造」だと考えている。自分では、悪循環を  
  断ち切った結論のように思っていても、事実は違うかもしれない。今のところ、判定は読者におまかせするしかあるまい。なにとぞ、よ  
  ろしくお願い致します。  
  付け足せば、「新構造」では報酬の総額に上限があるので、右肩上がりのように収入を増やしたければ、「球界全体としての収入を増  
  やす」事が大変大事な事になる。参考にするべきは、NFLや大リーグになるだろう。ただし、私が思うに、現在のNFLや大リーグのよう  
  なやり方は、あまりにも各球団の立場が無さ過ぎのように感じる。私の勉強不足かもしれないが。私の意見としては、各球団はそれぞ  
  れ、球界の一員として球界の発展に一致協力するべきだと思うが、競争する所はむしろ徹底して競争するべきだと思う。ここで提案した  
  「新構造」なら、収入はいきなりリーグや野球機構に行くのではなく、まず球団に入る。そして、同一の方法で金額を出す。結果、同一金  
  額を一旦提出。ならば、収入の多い球団はウハウハではなかろうか? この方が、アメリカのやり方よりも各球団の独立性をある程度  
  認めていると言いたい。単に金の話ではなく、存在理由などと言えば大げさになるだろうが。だが、「勝敗以外の価値の扱い」も含めて  
  考えれば、私の提案の方が各球団の独自性をより強く出しやすいと考えるのだがどうだろうか。判定は、やはり、おまかせするしかない  
  だろうと思う。  

  最後に、この「要約及び補足」で、とくに『補足』としてもっともらしい理屈をいろいろ述べているので、ひょっとしたら感心している方がい  
  るかもしれない。もしそうなら光栄だが、しかしちょっと待って欲しい、ちょっと違うと言いたい。経済学でも心理学や哲学でもなんでもい  
  い、一般向けの本の最初の方を読んだだけで、ここに書いてある事よりももっと深いことがそこに書いてあるのが分かる筈だ。謙遜で  
  はない。科学の、基本的な態度・考え方を思い出すだけでも分かる筈だ。では、もし感心している人が居るとして、なぜそうなのか。そ  
  れは私が思うに、現在世の中で声の大きい勢力、つまりメディア・マスコミだが、そこで言われている事にあまりにも深みが無さ過ぎで  
  あるからだ、と思う。あんまり言うと後が怖いが、報道機関というのは、本来「真実追究の専門家」ではないのだろうか? そのために  
  「どの分野の専門家でもない」という訳ではなかろうが・・・。だが、他の事はともかく、たかが球遊びである野球の事さえ「果てしない堂  
  堂巡り」をして、見かけだけ重々しいように報道しても、それは10年も経たぬうちに「お笑いのネタですら無くなる」のではないかと思う。  
  いつまで経っても「構造が変わっていない」「構造赤字だ」「評価をきちんとしなければいけない」などと言うばかりでは、結局何事もなく  
  何も変わらないと考えるのだが、いかがだろうか。これも、判定はおまかせである。  

  では、次回「プレーオフについての本文・要約」を掲載して、第一部の本当の終わりとします。まだまだ、不足の点は多々あると思いま  
  すが、とりあえず一区切りです。付き合いに疲れた方も、何卒宜しくお願い致します。