・主張 ― 「チームの成績に従って、価値(金)を配分する」 のが 「本来の姿」
↓ ||
――――――――→ 野球本来の評価方法 !!
・引き分けについて ― 引き分けは、野球本来の姿からすれば、価値が無い。チーム対チームで戦い、決着を付けるのが野球。
※ペナントレース勝敗の価値 ・・・ 100試合の場合の価値配分を図で表すと、下図のようになる。
勝 敗 数 「勝率」計算
→ →
| 勝 | 敗 | 分 |
|---|
| 勝 | 敗 |
|---|
| 勝 | 敗 |
|---|
| 勝 | 敗 |
59勝39敗
2分
60勝40敗
.602
.600
優
勝
!
二
位
・
?
・チーム成績の表し方 ― ペナントレースでは、不合理な引き分けを除けば、
勝敗のみ
||
いつどことやっても「一勝は一勝。一敗は一敗」
(引き分けがあると、上図のように「勝敗の価値の大きさが歪む」)
・成績の意味を考える ― 試合は常に「チーム対チーム」で行われる
↓
どのチームの「一勝」も、すべて同じ「一勝」と計算される
↓
どのチームの勝敗も「一勝は一勝。一敗は一敗」
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
(※ペナントレース)
。 対戦する二つのチームは、常に対等の立場で戦う
。 同一リーグのすべてのチームは、常に対等の立場にある
。 同一リーグのすべての試合は、同等の価値がある
。 勝利と敗北は同等ではない
常に 「勝利の価値 > 敗北の価値」
。 最も多くの高い価値を獲得したチームを、第一位(優勝)とする
↓
(※日本シリーズ)
。 両リーグの優勝チームは、対等の立場で戦う
。 よって、両リーグは対等の立場にある
。 よって、プロの全球団の立場は対等である
。 シリーズも、リーグ戦(ペナントレース)と同じく
「勝利の価値 > 敗北の価値」
多くの高い価値を獲得したチームが上位
(四勝で「日本一」)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
普遍の真理 「平等の原則」 及び 「価値獲得の法則」 が、存在する。
野球の中に 元々 在って、誰もが「考えるまでも無く、了承している」と思われる。
@平等の原則
対戦する二つのチームは、立場が対等 ・・・ ひとつの試合の「勝敗」を争う
同一リーグの全てのチームは、立場が対等 ・・・ ペナントレース内(順位、特に優勝を争う)
(基本条件 ― すべての試合は同等の価値を持つ)
二つのリーグの優勝チームは、立場が対等 ・・・ 日本シリーズで「日本一」を争う
A価値獲得の法則
戦いの結果 「価値」 を獲得する
獲得した価値の大きいチームを、より上位に位置づける
ひとつの試合では 勝利チーム>敗北チーム
ペナントレースでは順位 勝利数の多い順 (引き分けがあると、価値の大きさが歪む)
日本シリーズでは 四勝したチーム>四敗したチーム
※平等の原則は、獲得した価値の多少の影響を受けない
すべてのチームは、「野球という戦いの中で」常に対等
いままでの小まとめ ―― 「野球」 = チーム単位で勝敗を争う (団体競技の定義)
『補足』 ・・・ 「共産主義」と「資本主義」という言葉について
前回に続いて話が飛んでしまうようだが、前回が「資本主義」だったので今度は「共産主義」という言葉について考えてみたい。
【共産主義】 生産手段を社会の共有にし、貧富の差をなくし、平等な社会を築こうとする思想。 [ 旺文社・国語辞典より ]
子供の時からの、素朴な疑問として、「貧富の差をなくす」というのが非常に 「?」 だった。なぜなら、くそ怠け者でもばりばり働く者
でも収入は一緒か? という疑問があったから。「貧富の差をなくす」というのは、一瞬とても素晴らしい理想のように見えたのだが、
しかし人間は人形では無いのだから、いや「人形」でも、同じ仕事をすれば結果として必ず「差」が出るのではないのか? その「差」
を「金」に換算してはいけないのだろうか?
たとえば ・・ 野球なんかどうなるんじゃ ・・・ なんぞと思った事はありませんか? 子供の時に。私は、あるのだが・・・
野球で貧富の差をなくしたら ・・・ いったいどうなるだろう ・・・
日本一のチームもリーグ優勝チームも独走の最下位も、皆貧富の差なし ・・・
がんばり続けた主力選手も全く働きの無い選手も、皆貧富の差なし ・・・
それが嬉しいという野球選手 ・・・ おるんか?
平等な社会 って、そんなん? ついでだが、最近「機会の平等」とか良く言われるが、「機会だけ平等」ではいけなくないかしら?
ずっとこの事を考えてきたわけでは無い(私は現在51歳)が、先日(六月第三週頃)やっと解答のようなものを思いついた。
貧富の差をなくす のではなく 不当な貧富の差をなくす とするのが、人間社会としての理想ではなかろうか。現実はなかなか
難しかろうから、一歩ずつ社会制度を改革していくことになるだろうが。
本音を言うと、野球の中に元々存在する「平等の原則」と「価値獲得の法則」という 「普遍の真理」 から見るならば、「資本主義」
も「共産主義」も、単純で一方的で一面的な、つまりは 幼稚な考え方 である、と言いたい。特に、な〜んも考えずにただそういう言
葉を使っているだけの輩どもの態度に対しては。素人が何も知らずにエラそうに言うべきでは無いが、しかし、どれほど高度な理論
を築いても、どれほど細密な数字を出そうとも、どれほど難解な数式を考案しようとも、元々の考え方が間違っている、あるいは一
面的過ぎて人間社会の本来の姿に合わないのならば、それは野球以下、つまり 球遊びより程度の低い考え方 ではなかろうか?
あんまり言うと後が怖い(特にわが日本では)ので、インターネットやんかでは公にできん言い方じゃなー、と思う ・・・ 入力してし
まったが ・・・・・・