| 2007年8月29日 |
| ご無沙汰しております |
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−おしらせ− |
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Posted by zematis at 08:37
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| 2006年12月31日 |
| 『今年もやっぱり』 |
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Q.大掃除はもう済みましたか? はい 30% これからやる 5% 多分やらない 13% どうでもよくなった 25% ダルい 7% 病みつきになった 3% Wiiが手に入らなくて困る 11% 従来の物よりよく落ちる 5% リオン < ウッドロウ 1% 今年こそ曙が勝つと思う 0% Q.曙の敗因は何だと思いますか?
デブだから 19% 1Rで活動限界だから 3% リングに上がった時点でバテているから 50% 下の名前が「太郎」だから 12% コーチが佐山だから 4% 猫ひろしと互角だから 6% コングマン < ウッドロウ 1% 退かぬ媚びぬ省みぬ 4% 冬コミは徹夜で並んだ 1% やってみなくちゃわからない 0% もうアレですね。相撲協会としてももうやめてほしいに違いないが口出し出来ないのは口惜しいコトでしょうね。 それにしても曙の対戦相手はもう少し空気読めよと。客寄せパンダの試合を一瞬で終わらせてどうするんだと。エンターテイメントをなんだと思っているんだと。 |
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Posted by zematis at 22:52
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| 2006年12月24日 |
| 『亀とマケボノと』 |
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新聞の見出しをみて気付いたのですが今日はクリスマスイブだそうですね。
******************************** 曙(37=チームヨコヅナ)が殴って、殴って、殴り倒す。悲願の大みそか初白星へ向けて、曙が21日、都内で練習を公開した。K−1 Dynamite!!(31日、京セラドーム大阪)での大巨人ジャイアント・シルバ(43=ブラジル)戦を控え、初代タイガーマスクの佐山聡(49)の指導のもと、本当は人を殴れなかった心優しい曙が、殺人パンチに磨きをかけている。 ******************************** どこまで本気なのかわかりませんが年末恒例となりつつある曙の特訓記事。一応これでもスポーツニュースのカテゴリから引っ張ってきました。曙の特訓なのに佐山がマスクを被っている意味がわからん。 「人を殴れない」が今までリングに上がっていたのは一体何なのでしょうか。殺人パンチですよ殺人パンチ。キックは来年あたり覚えるつもりなんでしょうかね。とりあえず当てる練習をしなさいよ。3R動けるスタミナをつけなさいよ。 多くの視聴者が曙の試合に期待しているのは負けっぷりだと思うんだけどなあ。そうじゃなくても対戦相手がどんどん弱くなり、もはや勝ったところで自慢にならないところまで来てしまった。このままいけば猫ひろしとの対戦カード『殺人パンチVS昇龍拳』も夢ではない。ポーツマスポーツマス。 そんな特訓に明け暮れているはずのマケボノ君もTVを観る余裕はあったようで、記事にあるように亀田興毅戦にも触れている。…いやはや俺も観ていたがとんでもないショーでしたね。客席はガラガラで893だらけなのはいつものコトなのでまあ良いとして、試合前にマイク持つボクサーは初めて見たよ。『みんな!盛り上げてくれやあああ!』ってお前が盛り上げんかい。 __,,,,,, |
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Posted by zematis at 11:10
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| 2006年12月15日 |
| 『いちおう生きてます』 |
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_,,:-ー''"  ̄ ̄ ̄ `ヽ、 みなさんお久しぶりです。 新居からの更新です。ネットがようやく繋がるようになりまして、こうしてキーボードを叩いている次第です。ネカフェにはよく足を運んでいたのですがね。 さて、2ヶ月近くもの放置プレイだったワケだがどうしましょうね。とりあえずネタも無いので(無いのかよ)、ここはいっちょ近況報告でも。
今は金沢で一人暮らししてます。友人も知人もない見知らぬ土地に引っ越してきました。まずまず大きな会社に内定を頂き、料理とは全く関係の無い仕事をしてます。 知識と技術で喰ってきた今までと違って、サラリーマンスタイルの仕事は正直つまらないのですが中小企業にはない魅力ってのがあることも確かであり、仕事は仕事と割り切って心機一転というヤツです。
福井県とそれほど離れてはいませんがそれ以上の距離を感じます。うっかり関西弁も使えないほどですから。…なんつうか雪国の人々って感じで、東北地方の気質に近いのかもしれないな。
そんなこんなで。ネット環境も手に入ったコトですしボチボチ更新を再開していこうと思います。前に似たようなコト言ったばかりの気もしますがw
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Posted by zematis at 02:06
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| 2006年11月2日 |
| 『オタ芸考察』 |
こんなもんを国内ポータル最大手の辞書に載せなくても。いや、最大手だから抜かりなく拾ってあげるのか。つか、われわれパンピーがオタ芸について意見交換しようとしたら、まずパンピーでない人間をロックオンせにゃならんわけで、ロックオンしたらしたで、その方はすでにオタ芸を熟知していらっしゃるだろうしなあ。どうにも日記のネタにするくらいしか用途が浮かばないのが残念至極であることよ。 |
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Posted by zematis at 00:24
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| 2006年10月27日 |
| 『麗しの自販機』 |
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Posted by zematis at 00:26
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| 2006年10月22日 |
| 『ローカルの宿命とは』 |
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すっかり日も短くなり、夜にもなればさすがに肌寒くなってまいりました。自販機にHOTのコーヒーが並ぶと季節の移り変わりを感じます。 寒さが苦手な自分としては亜熱帯地域に憧れたりもするけれど、所詮無いものねだりと言いましょうか。やはり四季折々のワビサビこそ日本の心。 「観光ですね?どちらからいらっしゃったのですか?」 「福井です」 「?…あー…」 近隣の府県ならともかく遠方でこの手の話になると7割はこんな反応が返ってくるのだがどうだろう。酷いときは「あ〜東北のほうですよね」などと思いっきり福島と間違われるコトもある。失敬な、福島の人が怒るぞ。あれ? ともかく影の薄いローカルエリアに住む人々にとってこのようなやり取りは避けて通れない屈辱といっても過言ではないだろう。KUTUJOKUである。 沖縄に居た間は福井を説明するのが面倒だったのでもっぱら「京都です」と答えていた俺ですがなにか?
他の例を挙げると、 「島根と鳥取、どっちがどっちだっけ?つかどっちでもいいや」 「秋田と岩手の違いが分かんない」 「九州に9つも県あったっけ?」 などがある。 田舎で思い出したのだが、少し前に「都道府県で田舎といえば?ランキング」てのがあった。驚いたコトにダントツ1位が東京だったのを覚えている。その直後、妙に納得してしまったのは俺だけではないと思う。 もっともやるせないのは、取るに足らない「全国一位」を誇らしげに語る様である。平均寿命や治安の良さを指す内容ならともかく、競争相手の無い地場産業で日本一とかエアコンの普及率がどうとかもうヤメてくれマジでw |
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Posted by zematis at 03:06
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| 2006年10月20日 |
| 『帰ってきました!』 |
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ただいま帰って参りました。告知なしで申し訳ない! |
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Posted by zematis at 04:01
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| 2006年10月9日 |
| 『男女の温度差に一言』 |
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・男性の下ネタは「笑い」 ・女性の下ネタは「告白」
という色が強いのではないかと思います。あくまで個人的な見解ですが。 古来より「女三人寄れば姦しい」なんて言うけれど、それはあくまで場に居合わせた男が女とはうるさい生き物だなと勝手に思っているに過ぎないのであって、男を排除して繰り広げられる女のみの集会については、我々野郎は想像するより他にないのが実情であろう。 おそらくは野郎と同じように若い女性においても、気の合うもの同士の会話を楽しむ段になれば、いつもは男の前では決して口にしないような、卑猥で淫らな言葉を平気で使っているものと推測してみる。 このような推測を基にすると、女性といえどもその性的な話題を扱う資質(?)においては、男と何ら変わりはないワケで、一般に「おぼこ」などと称される場合であっても、その実は「かまとと」。すなわち、清楚な振りをしているにすぎないのが実情なんじゃないかと思うのだ。 コンパやら飲み会などの現状を鑑みると、その「かまとと」ですら絶滅危惧種の如く希少な存在になりつつあるように思われる。男が下ネタを披露した折にも、キャッと顔を赤らめるでもなく、ヤメてと制止するでもなく、いかにも「その程度の下ネタには慣れてるのよ」とでも言いたげな顔で平然を装っておることが多々あるのな。 この現象は何を意味するのだろう。場の空気に水を差さぬようにとの心遣いでしょうか。無論それも理由の一つではありそうだが、もう一つ別の理由があるように思う。 すなわち、男の他愛のない下ネタごときには怯まぬ、という姿を誇示することで、いかにも自分が世間擦れしているかのように思わせる一種の自己演出なのではないかとも考えられる。 逆に女性の前で下ネタを披露する男の心境とはいかなるものか。上に述べたような態度をはたして期待しているのかといえばそれは違う。 いかに淫らな話題を振ろうとも、平然と構えられたのであれば糠に釘をさすが如く、暖簾に腕押しするが如く、張り合いがない。むしろ、頬の一つでも赤らめてくれたほうが、よほど感動するのが男という生き物なのです。これを「萌え」といいます。 しかしながら、この事は決して女性に「かまとと」を強要しているワケではありません。何も無理して男の下ネタに同調しなくても良いんです。自然のままのアナタを見せていただければ我々野郎一同、それだけで満足するのです。 |
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Posted by zematis at 23:53
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| 2006年10月5日 |
| 『三文芝居でしかない死』 |
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小説、映画、テレビゲーム……。とかく世間には「登場人物の死」を感動の道具立てとして用いている作品が多い。 誰かが死ねば自動的に涙腺が決壊する徳光さんみたいな人間がいるのも事実で、作品のアクセントとして死を盛り込むのも商業コンテンツの戦略上アリだとは思う。しかし、人間いいかげん擦れてくると、「またそのパターンかよオイ」と醒めた目で眺めるようになってくる。 人が死ねば感動するだろう、とタカをくくっている連中は、ひとつ大きな思い違いをしている。残念ながらわれわれは、人が死んでも悲しくない。胸が締めつけられることもない。ただ、“自分にとって” 大切な人を失ったとき、生きているのがイヤになるほど絶望する。ものすごく単純なことだ。ところが感動を狙った「死」がスベりまくる作品やらゲームのなんと多いことだろう。 たとえば映画「タイタニック」。凍りつくような冷たい海へと投げ出されたジャックとローズ。ここでディカプリオ演じる主人公ジャックは、ついこないだ会ったばかりの女を守るため、まるで身代わりのように暗い海の底へと沈んでいく。 ローズにとってジャックはさぞかし大切な人だったろう。しかし俺にとっては大切でもなんでもない。ディカプリオのファンでもない。ただの主要登場人物のひとりである。だから彼の死に感じるところは何もない。あるとすれば、それは彼の死ではなく彼の騎士道精神に、である。 いっぽう、目をハートにしてディカプリオの活躍を眺めていた女性客のなかには、ぽろぽろと涙を流しながらジャックの死を見守った人も多い。あまつさえローズ役のケイト・ウィンスレットに向かって、「おまえが代わりに死ねばよかった」などと八つ当たりする始末。 これはこれで正常な反応なのだ。なぜなら、彼女たちディカプリオのファンにとってジャックは大切な登場人物だから。彼の男性としての魅力に強い思い入れを持って映画を観ていたから。ローズにとってではなく、観客である彼女たちにとって大切であったことが悲しみにつながったのである。俺にいわせればいかにもアメリカ的なヒロイズムだなあ、という印象しか残らなかったが。 次に『ドラゴンクエスト5』でいえば、主人公の父親であるパパス。勇者を探すという志なかばにして非業の死を遂げる。彼の死は悲しい。なぜなら、ゲームの序盤からずっと主人公(=プレイヤー)の世話を焼いてくれる唯一の人間だったからだ。少ないながらもたしかな思い出を、プレイヤーとの間に残している。設定上の主人公だけでなく、コントローラを握っている自分にとっても頼もしく力強い存在。ゆえにその死はダイレクトに心を揺さぶるワケだ。 感動効果を狙って軽々しく登場人物を殺しまくっている表現者はこのメカニズムがわかっていないのではないか。殺そうとしている人物は、はたして読者にとって、観客にとって、プレイヤーにとって大切な存在なのか。そう思わせるだけの描写をしてきたと、自信を持って言えるのか。 でなければ、そのわざとらしい死の演出は単なる三文芝居に終わる。 |
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Posted by zematis at 22:40
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