V-15 レコード再生は埃との戦い、相対時速45,825 km
  良い音で快く音楽を聴きたとの願いがマイオーディオで、AD再生に関わるつれづれのエッセーを書いていますが、カートリッジを変えて、アームを変えて、リード線を変えてナンタラカンタラばかげた話の羅列と思われているかも知れません。CD時代にオーディオを知って、アナログは雑音がでるもの、レコード盤もカートリッジの針先も速やかに消耗するものと信じ込むのは、大きな誤解です。
 
 先日、20年愛用のYAMAHA MC-1000 がレコードを再生しながらチップが砕けて臨終を迎えました。たまたま直前に撮影した画像と、チップの一部が残った画像です。この体験を、Web上の「カートリッジ針の磨耗」というスレッドで、カートリッジは2000時間は保つと紹介したら、『非科学的なことを云うな』と、ご丁寧にも海老沢徹氏の解説書まで紹介されました。

 マニアの中には、解説書を狂信的に信じて事実をも否定する方や、信じがたい事実をなぜだ?と追求する方がおります。前者が信奉する本には、どうやら実践してみることの大切さは抜け落ちているか。他人の体験を否定する事から成長はありません。何でもありのオーディオ全盛期に、試みを否定する者はいなかった。今時、Webの匿名性の陰に隠れて人を揶揄する愉快犯か、あるいはCD育ちのオーディオでは盤面を清拭するツールは知らず、手回しで正逆転させて戯れる道具と思っているか?

 カートリッジの消耗は、レコードの音溝との摩擦と、埃との激突による衝撃によって摩耗すると考えます。図はSP盤、モノ盤、LP盤の音溝とスタイラスチップの構造です。ダンパーの劣化をことさら強調する技術書もあるようですが、劣化はさほど速やかではないし、消耗は使用時間よりカートの構造や素材、何より使用ノウハウにかかっています。レコード再生技術とは、『カンチレバーやスタイラスチップに如何に衝撃を与えず、音溝を忠実にトレースするか』がLP体験40年の結論、そのほとんどすべてが埃との戦いです。

 レコード再生時、連続的に音溝壁に接しているスタイラスチップは、そこに埃があると激しく衝突するであろうとイメージします。YAMAHA MC-1000の 硬いダイヤのチップが崩壊したのも、このような衝撃波であろうと推定しますが、ミクロの数値等は、漠然とした現実感のないイメージとなりがちです。LPレコードを再生するミクロの世界を、ヴィジュアルなイメージにおき換えてみます。

 30cmLPレコードの最外周音溝の直径は、実測でおよそは29.2cm前後、最内周エンド部は盤によって異なりますから、ここでは最外周で計算します。33.3回転時の線速度は、29.2π×33.3=3055(cm/min)、時速換算およそ1 .833km/hとなります。人の大きさで観ると極めてゆっくりした速度です。そこで、スタイラスチップが音溝壁に触れる一瞬を、チップが人と等身大と仮定して、それが音溝壁とすれ違う相対速度をイメージしてみます。

 MC-1000のスタイラスチップは、8μ×40μmの楕円ダイヤチップですから、音溝壁に触れるのは長径の両端となり、厚さは最大8μm=0.008mmです。人の場合、私の事例では胸厚(直進時に側壁とすれ違う幅(胸から背まで)は、20cm=200mmです。両者の厚みの比から、側壁とすれ違う相対速度を算出すると、1.833km/h ×200/0.008=45,825 km/h。

 "ミクロの決死圏"というSF小説は、人を微少サイズに圧縮して体内に潜り込む物語でしたが、逆に巨大化するとこれも驚くべきSFの世界!肉眼では存在を認知するのがやっとのスタイラスチップを、人の大きさまで拡大したボリウムでイメージとすると、想像を絶する音溝壁とのすれ違いの様子が見えてきます。人の大きさなら、時速4万5千8百2十5km/h! このスピードでは、いかに硬いダイヤモンドでも、そこに塵があってはたまりません。

 内周に行くほど線速度は低下しますから、埃との衝撃も緩和されます。汚れたレコード再生では、開始時にプチパチ音が目立つことを思い起していただけますか?スタイラスチップが、0.04mmのLP2チャンネル音溝波形をトレースするのは何とハードな世界か、そこに塵埃が撒かれていたらどうなるか?アナログに雑音はつきものと、静電気のチリチリや撒き散らされた埃のまま再生して、これを解決した技術を非科学扱いしてはいけない。

 まずビニール製のヴェール”アラブの貴婦人”でプレーヤーをすっぽり包んで埃の侵入を防ぎ、ベルベットブラシや粘着ローラー、清拭用不織布、その他の清拭グッズ、静電気中和イオナイザーを用意してレコード盤から埃を追放します。さらに感度の良いトーンアーム、レコード盤をフラットにするバキューム吸着方式etc.、何処までも厳しく詰めて音を磨くのがLP再生技術です。その行き着く先には、さらに快く天空に舞う音響世界が開けます。

 先のWeb上のスレッドでホットな論争の後年、レコード盤洗浄機が様々出現したのは偶然だろうか? 何にしても、貴重な文化遺産であるカートリッジとレコードの寿命が大きく伸びて、その上快い再生は大いに歓迎!

                                                     06th. Dec. '07