欠けたものの行方(5)

俺はその時のファラミアの顔を生涯忘れないだろう。月明かりの下、弟は血のついた剣を持って立っていた。すぐ前には彼が倒したオークの死体。ファラミアの顔、特にその目つきは隣にいた男よりもっと険しく鋭いものであった。

「ファラミア様、大丈夫ですか。お怪我はありませんか」

草むらにいた2,3人の男達がいっせいにファラミア達の方に駆け寄った。俺もすぐに飛び出して行こうとしたが、マドリルに腕をつかまれた。

「待て、俺たちが今出て行ってはまずいことになる。ここで様子を見ていろ。彼らもここの野伏だ。デネソール殿に頼まれて、いつも2,3人はミナス・テリスに行って、お前達の身の安全を守るようにしている」
「そんなこと、ちっとも知らなかったです」
「ここの野伏の中でも特に身が軽く、動きのすばやい者ばかり行かせていた。そう簡単には気づかれないよ」
「でも、ファラミアはここに来る途中足音に気づいていました」
「彼は特別な能力があるようだな」



 僕は生まれて初めてオークを見、そしてこの手で殺した。まだ手にその時の感触がはっきり残っている。3人の男が草むらから僕達の方へ走り寄って来た。

「ファラミア様、大丈夫ですか。お怪我はありませんか」
「大丈夫だよ。怪我はしていない」
「マルディル、お前どうしてファラミア様をこんなところに連れてきた。ファラミア様は執政のご子息だ。もしものことがあったら・・・」
「わかっているよ。まさかここまでオークが来るとは思わなかったから」
「待って、ここに連れてきて欲しいと言い出したのは僕のほうだよ。滝から離れた場所に来れば、東のほうの戦いの様子がよくわかると思って」

僕はもう一度地面に耳を近づけた。剣のぶつかる音、叫び声、そのような音はもう聞こえてこなかった。ただ静かな足音だけが聞こえた。

「もう、オークとの戦いは終わったよ、明日の夕方ぐらいには、みんなここに戻ってくる」
「そんな遠くの音まで聞こえるのですか」
「そうだよ。それに僕は執政家の人間だから、この国で今何が起きているのか、できるだけたくさん知りたい。そう思ってここまで連れてきてもらった。だからマルディルのことは・・・お願いです。ここにオークが出たことは誰にも言わないでください」
「わかりました。ではここの後始末は私達がやっておきますので、ファラミア様は先に戻ってください。ボロミア様が心配しているでしょう」
「はい、ではマルディルと一緒に先に戻っています」

僕達は月明かりの下、来た道を戻った。同じ道を通っているのに全く別のところを通っているようであった。僕の目には、オークの姿が、手にはオークを刺した時の感触がまだはっきりと残っていた。そして自分の口から出た言葉をもう一度口の中で繰り返していた。僕は執政家の人間だからこの国で起きていることはすべて知りたい・・・なぜ突然そんなことを言ったのか自分でもよくわからなかった。

「ファラミア、怖い思いをさせてわるかった」
「ちっとも怖くはなかったよ」
「強がりを言うな、ずっと震えていたじゃないか」
「本当はすごく怖かった。でも、僕の中で何かが変わった。うまく言えないけど・・・」
「また、遊びに来い。ここでの生活、いろいろ教えてやるから」
「もうオークは見たくない」
「それは無理だな。お前はこれから先、たくさんのオークを倒すことになる」
「そんなのいやだ」
「いやでもしょうがないだろう。お前は執政家の人間だ。この国で起きることはすべて知ってこの国を守らなければ・・・」
「そうだね」
「お前ならきっとできるよ」



 俺はマドリルと先に洞窟の部屋に戻った。

「ボロミア、さっき見たことは、城に戻ってからは誰にも言わないでくれ」
「わかりました。でも俺は驚いた。ファラミアがオークを倒したことにも驚いたけど、あんな表情の弟は初めて見た」
「いい顔をしていたな」
「ファラミアはそのうち俺よりも強くなるかもしれない。でもそうしたら俺は頭でも強さでも弟に負けてしまっていいところないですね」
「そんなことはない。お前はお前、ファラミアにはファラミアのよさがある。二人で力を合わせればどんなことでもできる。ゴンドールはきっと昔の栄光を取り戻せるよ。ファラミア達が帰ってきたようだ」

俺とファラミアは洞窟の奥の部屋に入った。早く寝ないともう夜が明けてしまう。

「ボロミア、そっちのベッドに入ってもいい」
「なんだお前、一人では寝られないのか」
「そうだよ。ボロミアはマドリルと話ばかりしてるから、僕は待ちくたびれてマルディルと話をしてきた」
「どんな話をした」
「ボロミアの話を」
「俺はあいつは気に入らない。あんなに小さな体で俺に勝った。お前とたいして違わない背の高さのくせに・・・」
「ちょっと兄上、そんなに強く抱きしめないでください。これじゃあ痛いです」
「いやならお前、向こうのベッドで寝ろ。明日はミナス・テリスに向かって帰る。今度はしっかり歩けよ」
「大丈夫です。もう兄上に迷惑はかけません」

俺たちはそうやっていつまでも話していて、結局ほとんど寝られないまま朝になってしまった。



 マドリルとマルディルに見送られ、俺たちはイシリアンを後にした。護衛の野伏3人もすぐ後をついてくる。もうどうせ知られているからと、姿を見られても平気なようだった。

「兄上、ミナス・テリスに戻ったら、父上になんて言い訳するのですか」
「そんなことすっかり忘れていた。ファラミア、お前なんか考えてくれ」
「いやですよ。僕が言い訳なんか考えて言ったら、ますます父上は怒りますよ。小ざかしいとかなんとか言って・・・兄上が一生懸命言葉を選んで考えて話すと、父上は感動して許してくれるんですよ」
「そうだっけ」
「いつものことでしょ。どうしてそうすぐに忘れるんですか」
「俺は頭が悪いから・・・でもお前がなんでも覚えていてくれるから安心だ」
「あんまり僕を頼らないでください。僕はそのうち兄上と離れて暮らすようになるかもしれません」
「お前にそんなことができるのか?」
「今、すぐではありません。そのうちにです」
「そうだよな、そうだ、いいことを考えた。お前言い訳の言葉を考えてくれ。俺はそれを一生懸命覚えて父上の前で話す。それならいいだろう」
「だめです。兄上、自分の言葉で考えてください。兄上は将来執政になる人です。何万人もいるゴンドールの人々の前でスピーチとかいろいろするのですよ。言い訳ぐらい考えてください」
「俺はそういうのは苦手だ」
「そんなことないです。兄上は目立つからスピーチとかしたら素晴らしいですよ。何万人もの人が集まっても、兄上の声で静かになり、兄上の話に歓声を上げるんです。僕にはそんなことは絶対できません。僕は兄上の影で目立たないように戦っています」
「戦いなんて、お前にできるのか」
「大丈夫です。僕はオークを・・・・いつかきっとオークが倒せるくらい強くなります」

俺たちはずっとしゃべりながら道を歩いていた。すぐ後ろについてくる男達が、笑いをこらえるのに苦労していることには少しも気がつかず、自分達の話に夢中になっていた。


                                    −おわりー




後書き
 ハッピーエンドのボロファラというリクエストで書き始めたのですが、なんだか落ちこぼれでさらにお笑いコンビのような二人になってしまいました。この二人の関係は、二人とも決して完璧な人間ではなく、それぞれ欠点や苦手なところがありながら、互いの欠点を補い、それぞれのよさを引き出せる素晴らしい関係だという気持ちから書き始めたのですが、うまくそれが伝えられる話になったか不安です。Jeroen様、こんな話でいいでしょうか?