欠けたものの行方(4)

夜、僕はなかなか寝られなかった。体はひどく疲れ、眠くてたまらないのだが、水の音が気になって眠れない。この洞窟の前には大きな滝があり、裏の狭い入り口からしか入れない。敵から隠れるには安全な場所だが、この部屋で他の人は夜寝られるのだろうか?そっと起きて他の部屋の前を通ったがまだ誰も寝ていないようだった。洞窟から外へ出た。ボロミアはマドリルといろいろな話をしているようだった。遠くで剣を砥ぐような音が聞こえた。彼もまだ起きているのだろうか。僕は音のする方にそっと近づいた。

「やい、そこのちび、そんなところに隠れて見てないでこっちへ来い」
「何をしているのですか」
「見ればわかるだろう、剣を砥いでいる」
「今、東の方で戦っている音がする。オークの数は何百人もいる。大丈夫なのですか」
「俺たちはいつもそうやって戦ってきた。少人数でオークの大群に向かっているから1人が何倍もの敵を倒さなければならない。でもお前、なぜそれがわかる」
「音が聞こえます。本当に小さな音だけど確かに今戦いをしている音が・・・」
「俺には全く聞こえない。お前、目だけでなく、耳もかなりいいな」

僕は少しづつ彼に近づいた。彼は剣を砥ぐ手を休めず、僕に話しかけた。

「お前、名前はなんて言った。ボロミアと・・・」
「ファラミアだよ」
「俺の名前は・・・」
「マルディルでしょ。忘れないよ。ボロミアと戦って勝つなんてすごいよ」
「お前の目もたいしたもんだよ。俺たちの動きを正確に見ていた」
「え、ボロミアと戦いながら僕の方まで見ていたの」
「俺たちの戦いは1対1ではないからな。常に周りの様子も見ていないと、別の敵にやられる。1人の相手と戦っている最中でもオークは遠慮などしてくれない。隙を見せれば襲い掛かってくる」
「だからあんなに強いんだね」

マルディルはまたしばらく黙って武器の手入れをしていたが、やがてそれを片付けて僕の近くに腰を下ろした。

「ファラミア、寒くないか」
「大丈夫だよ。もう仕事は終わったの」
「ああ、これで終わりだ」
「もう少し、話をしてもいい?ボロミアより強い人なんて初めてだから・・・」
「別にお前の兄が弱いわけじゃないよ。俺のほうが実際にオークと戦っていろいろ経験しているから勝てただけだ。それに彼は目立つし、わかりやすい」
「ボロミアは大きいから」
「確かに体も大きいけど、それだけじゃない。彼は目立つよ。何千、何万人の群集の中にいても、彼は一目で見分けることができる。さすがに執政の跡継ぎだよ。今にきっと何万人もの兵を率いて敵と戦い、ゴンドールを勝利に導くよ。俺はどうがんばってもかなわない」
「僕もそう思うよ。ボロミアは素晴らしいよ。それに比べて僕は弱いし、気が小さいし、同じ兄弟なのに全然違うから・・・父上だってボロミアにはすごく期待しているけど、僕のことはいつもがっかりしているよ。執政家にふさわしい人間ではないって・・・」
「それならここに来て、野伏の隊長にでもなるか?」
「どうしてそんなこと言うの。僕は剣術のテストで、他のみんなは合格したのに1人だけ不合格になるくらい下手なんだよ」
「怖がってしっかり相手を見てないからだよ。お前は目も耳もいいし、恐ろしいほど勘がいい。おまけに目立たない。野伏としてもってこいの人間だよ」
「そうなのかなあ」
「お前は自分の力に少しも気がついていない。ちょっとついてこい。お前の力を教えてやるから」
「どこへいくの」
「すぐ近くだ。黙ってついてこい」

彼は剣の一つを持って先に歩き出した。歩くのがかなり速い。僕はあわてて後を追った。



 マドリルと俺は洞窟の入り口付近でうろうろしていた。ファラミア達はなかなか戻ってこない。

「あいつら、遅いな。様子を見にいってみるか」
「どこへ行ったかわかるのですか」
「多分、あの辺りにいるはずだ」
「ファラミアに何かあったら・・・俺は・・・」
「マルディルがついている、心配はいらない」
「ファラミアは今まで俺以外の人間とはろくに口もきかなかったのに・・・それがどうしてあいつと・・・」
「やきもちをやいているのか」
「そんなんじゃないですよ。ただ弟が心配なだけです。あいつは弱くて・・・」
「ファラミアはお前が思っているほど弱くはないよ。お前が成長しているのと同じようにファラミアも成長している。いつも近くにいるから、かえって気がつかないのだろう」



 マルディルは僕を小高い丘に連れてきた。そこは木は生えてなく、草が茂っているだけの場所であった。彼は地面に耳を近づけた。

「ここは滝から離れているから、さっきの場所よりよく聞こえる。俺には無理だがお前には聞こえるはずだ」

僕は地面に耳を近づけた。たくさんのオークの足音、叫び声、剣のぶつかる音、うめき声、僕はすぐに耳をふさいでしまった。

「どうして耳をふさぐ」
「叫び声が聞こえた・・・怖い・・・殺されているかも・・・」
「それが、ここの現実だよ。ここだけではない、ゴンドールのいろいろな場所でこうした戦いは行われている。よく聞いてみろ。オークと人間、どっちが優勢か。お前にはそれがわかるだろう」
「人間の方が優勢だよ。大丈夫、負けてないよ」
「それがお前の力だ。お前の兄が執政となり、多くの兵を率いて戦う時、お前はここで俺たちを率いてオークと戦うことになる」
「僕がここで・・・ちょっと待って、足音がこっちへ近づいてくる。人間ではない。オークが5人、すぐ近くにいる」
「しまった、こんなところにまでオークが来るなんて。ファラミア、お前、剣は持っているか」
「ボロミアからもらったのが」
「よく切れるだろうな」
「もちろんだよ」
「じゃあ、その剣を構えろ。いいか俺のそばを離れるな。相手をよく見て襲われそうになったら剣を突きさせ。絶対に目はつぶるな」

5人のオークに取り囲まれた。僕はオークの話は何度も聞いていたが実際に見るのは初めてだった。なんて恐ろしい姿なのだろう。僕は体中が震えた。

「怖がらなくてもいい。これぐらいの数の敵は何度も倒している。お前は自分の身だけ守っていればいい。

異様な叫び声を上げ、オークが襲い掛かってきた。僕は彼に言われた通り、目だけはつぶらないようにした。そして僕に襲い掛かってきたオークの1人に剣を突き刺した。僕は落ち着いていた。確実に相手を倒した手ごたえがあった。


                                   −つづくー




後書き
 なんだかボロ兄よりもマルディル君のほうが活躍してしまいました。兄弟で近くにいるとついつい弟はいつまでも子供扱いしてしまって成長が見えにくくなるのでしょう。他人のほうが案外その成長や能力を気づいてくれるのかもしれません。