6、即位

アレキサンダーが王となる日、それは突然やってきた。その日はフィリッポス王の誕生日で盛大な祝宴が行われていた。フィリッポス王は新しい王妃と並び、王妃の腕には王との間の子が抱きかかえられていた。アレキサンダーの母は招待こそされてはいたが、他の観客と同じ目立たない席で、知らなければ彼女が元王妃であったことは誰も気がつかないであろう。アレキサンダー自身は王のそばのよい席が与えられていた。彼は前のスパルタ・アテネの連合軍との戦いで大きな手柄を立てていた。王も機嫌よく、アレキサンダーの功績をたたえ、王位継承者として、大勢の前で発表していた。アレキサンダー本人よりもその母のうれしそうな笑顔、だが新しい王妃に子ができたからには、アレキサンダーがいつまで王位継承者として認められるかわからない。

「ヘファイスティオン、浮かない顔しているな。お前にもわかっているのか。この後何が起きるのか」

カッサンドラが話しかけてきた。

「この後何かあるのか」
「大きな声でしゃべるな。その言い方では何も知らないようだな。まあよく見ていろ。この後で大きな事件が起きるから。何も心配しなくていい。俺たちにとってはいいことだから・・・大きなチャンスだ」
「何があるんだよ」




 突然激しい悲鳴が聞こえ、辺りは大混乱になった。一人の男が血に染まった剣を持ち、走って逃げている。周りの者がいっせいにその男を取り囲み捕まえようとする。もうすぐつかまりそうになるという時、男は自らの体に剣を突き刺し、倒れた。あたり一面が血で真っ赤に染まった。アレキサンダーは他の者の間をすり抜け、フィリッポス王の体を抱きかかえた。王はさっきの男に刺され、息絶えていた。アレキサンダーの低いうめき声が聞こえた。私達は近寄ることもできず、ただ呆然とその光景を眺めていた。




「何を騒いでいるのです。新しい王の誕生です。アレキサンダー、あなたが今からこの国の王となるのです。王らしく堂々とした態度をとりなさい」
「しかし母上、だれが父上にこのようなことを・・・」
「王を殺した犯人も死にました。このように人の集まる場所で、たった一人で殺そうとするとは・・・普通の人間では考えられないことです。その男は気が狂っていたのでしょう」
「いえ、きっと誰か裏であの男を操っていた者が・・・誰が・・・」
「王もその男も死にました。誰かが操っていたかなど、後でゆっくり調べればよいことです。あなたは今、王としてのつとめを果たしなさい」

アレキサンダーの母は彼の手を引いて、さっきまでフィリッポス王が座っていたいすに座らせた。

「新しい王の誕生です。今からこの宴は新しい王を祝うものに変わりました。みなの者、新しい王、アレキサンダーをおおいに褒め称えるがいい」

いっせいにアレキサンダーの名前を呼ぶ歓声が始まった。その歓声の中で、すぐに戴冠式が行われた。大臣の手で冠をかぶせられ王のマントを身につけたアレキサンダーは堂々としたりっぱな王であった。

「な、俺の言うとおりになっただろう」
「どうして知っていた」
「プトレマイオスも知っていた。でもここで話すのは危険だ」

「アレキサンダー、王となったあなたにさっそく忠告があります。あそこにフィリッポス王の王妃とその子供がいます。あなたを亡き者にして彼に王位を継がせようと考えている者はたくさんいます。あなたの命が狙われます。今すぐにでもあの二人を捕らえ、処刑しなさい」
「母上、待ってください。俺はたったいま王になったばかりで、まだ父上のことも心の整理がついていません。とても今すぐに彼らを殺すことなど・・・」
「前の王がそうであったように、王というものは常に命を狙われるものです。誰も信用してはなりません。私はあなたを生んだ母、あなたを心から愛し、慈しんで育ててきました。王への愛などすぐに消えてしまいましたが、あなたのことを考えない日は一日とてありませんでした。私の言葉だけは信じていいのです、アレキサンダー」
「母上のおっしゃることはよくわかります。でも俺はどうしても彼らを殺すことは・・・せめて閉じ込めるとか」
「ではいますぐに二人を決して他の者が近づけない場所に閉じ込めてしまいなさい。二度とこのような宴の場所で顔を見ることがないように・・・私は長い間王妃でありながら、このような場所から遠ざけられていました。それもこれも前の王が・・・」
「母上、どうか落ち着いてください。約束します。俺が王となったからにはもう二度と母上にそのような思いはさせません」

カッサンドラが私の腕を引っぱり、小声でささやいた。

「これぐらいでいいだろう。それよりもヘファイスティオン、前の王がなぜ殺されたか知りたくないか」
「それは知りたいが・・・」
「だったら今から俺の家に来い。絶対にアレキサ、国王にはしゃべるなよ」




 カッサンドラの家の中には、先にプトレマイオスが来ていた。彼らは用心深く、家の近くに誰もいないことを確かめ、部屋の窓や戸を固く閉じてから話し出した。

「この話は俺とプトレマイオスとあの女しか知らない」
「あの女って」
「アレキサンダーの母だよ。彼女がフィリッポス王を殺した」
「どういうことだ」
「俺がこっそりアレキサンダーの家に行った時、中庭で彼女とあの男が話しているのを聞いてしまった。まさかそこに俺がいるとは思わなかったのだろう。俺やプトレマイオスはお前と違ってこっそりとしか呼ばれなかったから」
「そうだな、その分俺たち二人は聞かなくてもいい話しを聞いてしまったが・・・」

カッサンドラもプトレマイオスもアレキサンダーの家にこっそり出入りしていた。何のために・・・そんな時間に出入りする目的は一つしかない。

「ヘファイスティオンは子供の頃からアレキサンダーの家に出入りしていたし、二人の関係は母上にも認められていただろう」

そんなことはない、君たちだってと言おうとしたが、確かに私が一番多く彼の家にいっている。この二人は誰かと一緒に彼の家に行くことはあっても、一人で行くことはなかったはずだ。それに私はずっと彼の相手は私一人であると信じていた。

「まあ、そんなことでカッサンドラが話を聞いてしまってそれを俺に話した」
「どこまで詳しく聞いた」
「場所や日にちはわからないが、王を殺す計画があること、たった一人でやっても確実に殺せばすぐにアレキサンダーが王になり、罪を問わせない、とまで約束していた。結果的には彼女はなんの助けも出さずに、自分で死ぬようにさせて証拠を消したが・・・」
「知っていてなぜとめようとしない」
「一応警告ぐらいは出していたよ。王の命が狙われているから、注意をしろと、でも俺たちの言うことじゃあんまり気にしていないみたいだったが・・・」
「それで王は殺された・・・しかも母がそれを命令したなんて・・・アレキサンダーが知ったら」
「でも彼は王になった。俺はある意味ではこれでよかったと思う。フィリッポス王が長生きすればアレキサンダーは王になれないし、俺たちにもチャンスは回ってこない。だけど無事アレキサンダーが王になってくれた」

 彼らはそこまで考えていた。それに彼らも同じようにアレキサンダーと関係を持った。ギリシャの昔の哲学者のような顔を持ち、ずば抜けて頭のいいプトレマイオス、私と同じ褐色の肌と黒い目を持ち、でも私よりはるかに力が強く戦場でいつも手柄をたてているカッサンドラ、アレキサンダーは彼らをこっそり家に呼び、どんな話をしてどのように抱いたのだろうか。

「お前にしてみれば、いやな話ばかりしてしまったが・・・でも誰と寝ようとアレキサンダーが本当に好きなのは、ヘファイスティオン、お前だけだと思うよ」

プトレマイオスがなぐさめるかのような口調で言った。

「どうして僕にこんな話をした。危険だと思わないのか」
「アレキサンダーは王になってますます孤独になる。そんな彼を支えられるのはお前だけだ。俺やカッサンドラはただ気まぐれや好奇心で抱かれているだけだ。だからお前にはすべて話しておこうと思った。俺もカッサンドラもアレキサンダーを愛しているし、彼にはりっぱな王になってほしい。だけど俺たちにできることは限られている。お前が一番アレキサンダーのことを理解できる」
「そうなのかな」
「とにかく今日の話は、アレキサンダーには決して話さないでくれ、約束だ」
「わかったよ」




 たった1日の間に国王の暗殺と新王の即位があり、しかもその暗殺の真相やアレキサンダーのほかの関係まですべてを知ってしまった。私の頭はそれらを整理することができず、したがって驚き以外のいろいろな感情も湧いてこなかった。ただ一体何が起きたのか、頭の中で整理をするのが精一杯であった。


                                    −つづくー


後書き
 こういう関係はどうなのでしょうか?お互い友人でありながら同時に一人の相手を取り合っている。しかも男同士の場合あんまり修羅場にはならないで、自分の立場がわかってゆずりあっている。いえいえこの先だんだん理性では抑えきれなくなり修羅場になります。