U-01 生物学的オーディオ評価法
 オーディオは生物と似ています。獣医として、私は生物の生体組織、生理、栄養、生殖、それに関わる微生物等をあまり細分化せずに、一塊の生命体としてみます。組織と代謝をトータルで把握して、治療を考えます。正常な生物体はほとんどが水で、その中にイオン状のミネラルが浸透圧によって均衡し、濃度は一定値に収まって健康を維持しています。これが、生理的均衡(ホメオスターティス)で、水分や浸透圧の変化、炎症や感染等外部要因によって崩れた状態が病気です。

 下等な微生物は、生存を阻止する薬物や環境変化に対応して、速やかに抵抗性を獲得し、遺伝子レベルで変化します。人もまた、状況に抵抗して正常を保とうとします。カラヤンは高域感度が低下していたと云われ、持続的な大音量にさらされる職場でも同様の障害を発します。過剰刺激による障碍と解する他に、生物として身を守る防御反応の一つと考えることができます。その音に対する感度を低下させて、もっと大きなダメージから身を守っているのかもしれません。

 途方もなく微細なレベルの物質から成り立つ”人”が音楽を聴く時、生存にとって有益ならば快く感じ、その逆を不快に感じる本能を備えているはず。たぶん、生体内外のイオン均衡に向かう状況は快く、だからα波もたっぷり出る。イオン攪乱を生じる時は……、そんなイメージを描いています。 

 一部分にこだわって全体を見ない細切れの学問が跋扈する現代は危機的であり、時には有害です。部分を説明する解析アプローチは比較的容易ですが、全体をトータルでとらえるには、長時間の観察と実体験の蓄積が必要です。それは『匠の技』とか言われ、一部を解明して『ドクター』の肩書きを持つ少壮学者では及びもつかないレベルの感覚、直感への飛躍なのです。私の音響評価は『それが快いか』という、実にシンプルかつ明確ですが、そこにオーディオ理論の全成果が包含されていると考えています。

 たぶんにオーディオマニアの言質は部分論であり、一つ一つはすべて正しいけれど、すべてではない欠陥があるようです。高度音響の条件をつめると、結論は『快さ』です。生物体とは水の中に浮いたイオンが均衡して、電気的平衡バランスを成していると述べました。原子レベルでは原子核の周囲を電子が回転し、その集合体である分子レベルでは振動し、さらに微細な電子と陽子のレベルでは……。

 『音響』とは、音振動が共鳴し反射し吸収されて伝わる、すべての総和です。音源楽器の素材である、木、金属、弦、それぞれの固有振動が、たとえば木管であれば、かつて生きていてイオン水が流れていた細い無数の管が、今は空気を湛えて、その硬度に固有の周波数と共鳴しあう。木管楽器の優しい音色は生物体が生み出す癒し……。

 音源からでた振動(音)は、空気(気体)と床や壁(固体)と聴衆(半流動体)と共鳴しながら伝わり、その速度は介在物によって違い固体になるほど速く、空気の振動波として『直接音』が届くより先に、側の壁からはより低い音圧レベルで共鳴音が先に出ている。直接音は、ホールの壁、天井、床で『反射』と『屈折』を繰り返しつつ時差遅れを生じた空気振動、即ち『エコー』となって直接音の後に付帯する。指向性が強くエネルギーの弱い高域は『吸収』され易く、逆に指向性が小さくエネルギーの大きな低域は介在物を『共鳴』させ、まっすぐに届いた高音によってその位置と方向感が得られる。

 『再生音響』の場合、高域は『定位感』形成上の主要な役割を果たし、低域と、『ホールの大きさによって異なる時差遅れ』のエコーと、介在物の共鳴は『音場感』に重要です。『再生機器』である『電気増幅機』の中では、電流とともにイオンが光速近い速度で駆け抜け、トランジスター素子に行き当たってスピードダウン。ケーブルの中でも同様、ましてや異種金属接合部である端子なんかは、障害物のオンパレード……。そこからは発熱とイオンが飛び散り、エネルギー転換によるきわめて微細な振動が生じ、源信号の電圧も電流も常に揺らがせる……。

 こんなイメージを描いてみると、きわめてシンプルな増幅ラインでの試験を別にして、周波数帯域もダイナミックレンジも刻々と変動し続ける音楽再生において、部分理論で成り立つ位相も変動し続けるに違いない。
整音(ヴォイシング)だの、振動制御だのいっても、これらの要素と条件を整えるなんて勇み立っても、いかに高価な機器をもってしても不可能と達観して、五官が感じるまま快い音だけを選んで受け止めましょう。それがきっと、音楽ホールで体感する振動の総和に最も近いに違いない。                                                                       26th Feb.'05

 私のオーディオに係わる評価は、ほとんどの場合『感覚』、快さと不快感の基準で判定します。人はDNAの中に、光も音も、生存に有益な情報を快いとする感性を遠い過去から引き継いでいます。バッハもモーツァルトもベートーヴェンも、いつかどこかで聴いた快い音響と感じます。デジャビュのように。

 逆に生存を害する毒物も瞬時に判別します。爆音には聴覚を麻痺させ、見てはいけない危険には反射的に目を閉じ…、私は異様な味の薬は飲みません。人は、精密(と考えられている)測定器より、遙かに精密な感覚を備えています。